第9話 ホビット王の家


着いた先は、普通の可愛らしい一軒家だった。

庭先の花々には、地球では見たことのない不思議な形をした蝶が舞っている。


「あがってくだろう?2人とも。」


イザは当たり前のようにコンコンと杖の先端で戸を叩いた。

すると自動的に扉が開いた。


「おう。もともとクルト爺さんに会いに来たからな」


パヴェルに続いて「おじゃましまーす」と背を縮めて戸をくぐる。

中に入ってまた禁句を口にしてしまいそうになった。

小さな椅子やテーブルに、小さなキッチン。

全てが小人サイズでつい目を輝かせてしまった。


「よぉ、クルト!元気だったか?!」


「ん?」と新聞のようなものから顔を上げて眼鏡をかたむけたのはこれまた可愛らしい小さなお爺さん。

御伽噺に出てくる、絵に描いたような小人だ。



「まさかもうボケたか?勘弁してくれよ」


「……ほぉ!パヴェルか!おめぇ何をしてたんじゃ最近顔すら出さんで失礼な子供じゃ」


「もう子供じゃねぇっての!俺今年で120歳なんだぞ?!ある意味アンタより歳食ってんだわ!」


笑い合う2人を見ていてハッと浪曼は気がついた。

エルフは圧倒的に長寿だと聞いた。

ということは……だ。

このホビットたちと実は同い年、もしくは歳が近いとか年上とかなんてことは全然有り得る。

とはいえ、エルフは何十倍も成長が遅いとも聞いた。


「……????」


しかしそれを考えだすとややこしくて頭がこんがらがりそうなので今はやめておくことにした。


「今日来たのはコイツを紹介したかったからなんだよ」


パヴェルはそう言って浪曼を引き寄せた。


「じゃーん!地球から来た人間でーすっ!

浪曼は太陽を作る奴なんだぜ!!」


「「!!!」」


突然そんなことを言われてしまい、3人とも目が点になる。

しばしの沈黙の末、最初に口を開いたのはクルトだった。


「そそそそそれは本当かっ!本当なんだろうな?!」


スクッ!と立ち上がり、よろよろと浪曼に近づくクルト。

とてつもなく希望に輝いた目で見つめられてしまい、うっ…と言葉に詰まる。


「まぁまぁ、アンタ落ち着いて。

また腰をダメにしますよ」


イザがクルトを椅子に戻してから、テーブルに1つずつカップと茶菓子のセットを置いた。

もちろんそれらは全て小人サイズで、また浪曼の心を踊らせる。


「ぅわぁ〜……かっ…!」


ジロリと睨んでくるパヴェルの視線に気付き、慌てて口を噤んだ。


席に座って礼を言い、ひとまず全員でティータイムを始める。

パヴェルは事の経緯を手短に説明した。



「な、なるほど……」


いや、絶対納得してないでしょ今の説明で。

急にこの星に迷い込んできて、パヴェルの勘と僕の覚悟で今に至るって……多分誰も納得するわけがないよ……


「ふむ。本当に良かった…!感激じゃ!よう見つけたのぅ」


や、してるんかいっ!


「クルトとイザに、1番に紹介したかったんだ!」


いや、結婚相手の紹介みたいになってない……?



聞くところによると、クルトはホビット族の王で、イザは彼の奥さん。

そして2人ともどうやらパヴェルの幼なじみらしかった。

とはいえ何十倍も成長が遅いパヴェルは随分長いこと子供のままで、何十倍の速さで歳を重ねていく彼らとは、ほんの数年の間だけ子供時期が被っていたというような、なんとも摩訶不思議な話である。



「おかわりはいるかい2人とも」


「あ、ありがとうございます……」


イザがお茶を注いでくれたのだが、正直二口くらいで終わってしまう。


「そのカップの内側なんだけど、茶の色が着いてしまって落ちないのよ。孫が作ってくれたお気に入りのカップなんだけどねぇ」


えっ?!こんなに精巧で立派な柄の美しいカップがお孫さんの手作り?!やはりホビットは生まれつき職人気質なんだ!?

と浪曼は驚いたのだが、問題はそこではない。

内側を覗くと、確かに茶渋の輪が広がっていた。


「あぁ、これは茶渋といって、苦味成分であるポリフェノールの一種、カテキンが水に含まれる成分と結びついて色素沈着を引き起こしてるってわけなんです」


ペラペラと言ってしまってから、皆が疑問符を浮かべて目をパチクリしていることに気が付き、ハッとなる。


ダメだ、気をつけなくちゃ。


昔から悪い癖だ。皆が理解できないことを勝手に喋りっぱなしになって1人の世界に入ってしまう。

だからずっと親しい友達ができなかったのも仕方ないと思う。



「……えっと、レモンやお酢はありますか?それでも落とせますし、重曹や洗剤も、このタンニンを中和させる成分が入っていれば効果的なんですよ」


「それならうちに全部あるわ!」


それから浪曼は全ての使い方をイザに教え、家にある食器類だけでなく、全ての物が新品同様にピカピカになった。



「まぁあ、ありがとう浪曼くん!

すごいわ!こんな工夫で家中の掃除が楽になるなんて!」


「いえいえ。これも科学の力ですよ!」


誰かに喜ばれるって、どうしてこんなに満たされる気分になるんだろう。


「その調子で太陽の方も宜しく頼むぜ浪曼」


期待されるとプレッシャーを感じるけれど、同時にそれが叶った時の暖かい気持ちも想像してしまうから、人は頑張ろうとするのかもしれない。



「そういうことならば、浪曼。

腕のたつ職人を紹介しよう。

必要なものがあれば、なんでも頼むといい。

ほれ、コレ儂の名刺!」


「あ、ありがとうございます…」


「まぁ、とはいえホビットは儂も含め凄い職人だらけなんじゃがのー

儂もこの通りまだまだ現役じゃから、なんでも言ってくれ」


なにやら誕生日パーティーかなにかの凄い格好をしてバブルピースをしているホビット王の名刺を大事にポケットに仕舞う。


親切な人たちで心底ホッとした。


帰り際、「ご飯を食べていけばいいのに」と言ってくれたイザに対し、「あんたらの食事で腹が膨れるか!」とめちゃくちゃ失礼な発言をするパヴェル。


外まで送ってくれたイザが、玄関先の不思議な花や虫たちを見てこう言った。


「この子たちも、本物の太陽があれば、きっと嬉しいでしょうね……」


よく見ると、植物だけに効果を成す太陽光を模倣しているのであろう装置が土からたくさん顔を出している。

こういったものは現代の地球にもあった。


パヴェルによると、茂光の提案した道具たちはほぼ全てホビットが作ってきたという。

やはり御伽噺の中の、ものづくりが得意だというホビットの特徴は本当なのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る