第8話 ホビット


その日は、パヴェルにエドラ中を案内してもらうことになったのだが、エルフ族にはもちろん浪曼のことは知れ渡っていた。


なんとこの星には、超特急の公共交通機関がある。

地球で言えば、新幹線みたいな感じだ。

それからモノレールのようなものもあり、簡単に星内を移動できるようになっている。


気がついたことは、パヴェルの住んでいた地区はエルフ族の地区の中でもわりと郊外で、少し外へ出れば地球のように発展した町が基本だということ。


飲食店やショッピングモール、スポーツジムや銭湯、ゲームセンターやカラオケ店、本屋や映画館などなど、人類が知っているものはほとんどあるように見えた。


「こういったものもほとんど、茂が提案してくれた知恵からできたものたちなんだぜ」


「へぇ……!」


茂光さん…一体彼は何者なんだろう?

記憶がないから出身地が分からないと言っていたらしいが、まさか地球人じゃないだろうか?

だだ、どうみてもこの星は、地球に近い……気がするけれど、生命体が住む地は実際どこも似たり寄ったりの可能性も高い。


「ほら、ホビット領域に入ったぜ」


乗っていたモノレールから見える景色に目を瞬かせた。


「うわぁ…かわいい…」


思わずそう呟いてしまうほど、上から見下ろすとそこは玩具の国のような場所だった。

カラフルで小さな建物に、細かく動く小さな生き物たち。


どうやら最初の目的地は、ホビット族(小人族)の地域らしい。


「お前、ホビットについてどこまで知ってる?」


「え?いや、知ってるも何も……会ったことないからなぁ」


「奴ら、根はいいんだが、沸点が低くてすこーし怒りっぽいっつーか…ちょいと小難しいところがあってな。だから、充分気をつけるように」


しょっぱなから結構不安なことを忠告されてしまった。


「僕さ……実は、昔から人をイライラさせやすいみたいなんだ……」


人をイラつかせたり怒らせたりする天才だと、子供の頃から言われてきた。


周りとは馴染めないというより、馴染まないで、好きなことを1人で黙々と楽しげにやっている変わり者。

同時に、他者とは違う視点や観点から発言したり、空気が読めないようなところがあったりして、気がつけば他者から距離を置かれていた。

だから20年間生きてきて、友達というものはあまりできたことがない。

できても、ただ自分の成績や功績を利用されたり横取りされたりしただけだった。

でも、それでもいいと思ってきた。

誰かの役に立ちたかったから。



「あぁ、なんかわかる気がするよ」


「……やっぱり?」


悲しげに笑って少しだけズキっとした心を誤魔化した。


「……俺も同じ感じだったからな。」


「え?」


パヴェルがそんな感じだったなんて想像がつかない。

なんなら自分とはだいぶ正反対のようにしか……


「まぁ大丈夫だろ。

禁句さえ言わなけりゃ」


「禁句?」


「ホビットが絶対に言われなくない言葉があるんだよ」



その禁句とやらを教えてもらったところで、モノレールが着陸した。

そして降りてからすぐ目の前に、今度はエレベーターのような入口があった。

中に入り、パヴェルがボタンを押す。

その瞬間、ブワッと一瞬気圧の変化を感じたかと思えば、ポーンと音が鳴ってものの3秒もしないうちに扉が開いた。


「ホビットのおさんとこ行くには、ここの出口が1番近いんだ。」


なるほど。と浪曼は感心した。

まるで "どこでもドア"のように、たくさんの出口から最適な場所を自分で選択できるということらしい。


そして降りた先で真っ先に目に入ってくるのは、カラフルで小さな家々やお店、そしてホビットたち。


初めて本物の小人族を見た浪曼の感情はというと、やはり一つしかなかった。


「わ〜ぁ。か、かわ…っ…!!」


バッ!と凄い勢いで振り返ったホビットたちに、ハッと慌てて手で口を塞ぐ。



" かわいい。これが禁句だ。"


" えぇっ?なんでそれ言われたら嫌なの?"


" 知るかンなこと!いいからそれだけは言うなよ。アイツら機嫌損ねるとなかなか治んなくて厄介極まりないんだよ、いいな?"


先ほどパヴェルとしたばかりのやり取りを、もう忘れそうになっていた。

なぜなら実は浪曼はこう見えて、昔から可愛いものに弱い。


「・・・」


ホビットたちの鋭い視線が注がれ、時が止まったようになっていたが、しばらくしてまたフイっと顔を背けてすぐ元の日常に戻って行った。


ふぅ〜……と安心したように一息つく浪曼を、パヴェルはため息を吐いて横目で見つめた。


「マジで気をつけろよな、お前……

っあ!イザ〜っ!ちょーどいいところに!」


パヴェルに呼ばれて振り返ったのは、これまた可愛らしい小人の老婆だった。


駆け寄ったパヴェルがすぐさまその重そうな荷物を持つ。

中にはたくさんの野菜や果物などが入っていた。


「おやまぁ、パヴェルちゃん。どうしたんじゃ急に。……ん?新しいお友達でも連れてホビット村のお散歩かい?」


「ハハハッ、まぁそんなとこだぜ。」


その様子に、浪曼はつい目を丸くして頬を染めてしまった。

この歳にして我ながら気持ち悪いと思うが、「友達」という単語に未だ弱い自分がいる。同時にもちろん嬉しくなった。


「ど、どうも……パヴェルの友達の、浪曼です」


ペコリと頭を下げると、老婆ホビットは「うんうん」と頷きながらニコニコと笑っている。


「パヴェルのお友達ならさぞイタズラっ子なんだろうねぇ」


「えっ」


「この子は子供の頃からイタズラばかりしてホビット属だけでなく、いろんな種族を困らせていたからねぇ」


「あっ、おいイザ婆!余計なこと言うなよ全く」


「あぁ、すまないねぇ。また友達無くすとこだったかねぇ(笑)

アタシはイライザ。イザと呼んでおくれ。」


いや、(笑)って……と苦笑いするも、浪曼はパヴェルのことを少し知れたような気がして嬉しかった。

自分自身も、パヴェルのように幼い頃は好奇心旺盛なイタズラ好きだったことを思い出した。

よく親戚や近所の大人を困らせていた。


パヴェルが荷物を持って世間話をしながらイザの目的地に向かう間、浪曼はキョロキョロと周りを見回しながら少し後ろをついて行く。

完全に外国人観光客のようになっていた。


昔、地球のなにかのおとぎ話で読んだことがある。

ホビットは基本的に、とても働き者の種族なのだと。

それは本当かもしれないと思えてきた。

なぜなら先程から目に見える光景は、せわしなく何かをしているホビットたちだ。

のんびりしているホビットは一人もいない。

老若男女みんな何かをしている。しかも鼻歌を歌いながら随分と楽しそうにだ。


「なんだか人間と大違いだなぁ……」


ついそう呟いてしまった。

自分が見てきた人間の世界では、誰もが仕事に対してストレスをためていた。

皆せわしなく飛び回り、身体や精神を壊しても死ぬまで辞めないような人種の中にいた。


自分も研究費用を稼ぐために、たくさんのアルバイト経験があるが、確かにどれも結構キツく、お金を稼ぐということの大変さを実感した。

けれど大学を卒業し、(現代社会は飛び級制度)フリーランスとして科学研究者となってからは、正直あまり苦痛を感じたことがなく、むしろ生き生きと楽しめていた。


そこで気がついたのだ。

きっと、お金のためにやる仕事は苦痛なのだろうと。

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