第6話 科学とは浪漫

「あれが最期だなんて、嘘だ…」


小さくそう呟きながら、幼いパヴェルはある日、茂光の銅像の前にポツンと座っていた。

この頃は、星型のものたちは100個に満たないくらいで、まだそこは丘ではなかった。



渡されたペンを取り出してクルクルと弄くり回す。


「………。」


これがなんだって言うんだよ…


どうしてこれが、俺だけが使えるたった一つの玩具なんだ?

使い方を教えてくれなきゃ意味がないだろ…


「教えてよ茂……これは一体なんなんだ…」


涙をこらえて茂光の銅像を見上げた。

薄暗さは際立っていき、茂光の顔がみるみる見えなくなっていく。



「…茂が死んだら、こんなもの、なんの価値もない…

俺の目の前は、真っ暗なまんまだ…」




"この世の生命体は、皆光でできているんだ。だから、闇なんて怖くない。"


パヴェルが真っ暗な夜に毎晩脅えるという話をした時に、茂光が言ってくれた言葉だ。


" 死んだら皆、星になって光に戻るんだよ。だから太陽がなくても、星はいつも無数に輝いているだろう? "



チラホラと出てきた星を見あげた。


綺麗だなぁ…茂もパパもそこにいるの?皆も?



しばらくして、朧気な月が出てきた。


月は、太陽の反射で輝いているから、月があるということはすなわち、太陽も存在するということだと教わった。

ならばなぜここには出てきてくれないのだろう。



少しだけ月が照らしてくれるペンライトを見つめた。

すると、ペンの一部分がぽわぽわと輝きだし、目を見開く。


「え……」


突然、ペン本体がブブッと振動したのだ。

パヴェルは調べるようにペンを撫で回した。

すると、まるで自分の手に反応したかのように、ペンの先から光が放たれたのだ。



「うわぁ……」



それは、自分の指紋と体温に反応するペンライトだった。


その光が照らす星たちと茂光の銅像は、この世のものとは思えない幻想的な輝きを放っていた。


そして……


" 光をもたらす者 "

と描かれた絵を照らすと、ハッと気がついたことがあった。


中央に描かれたこの光をもたらす者は、ずっと茂光だと思っていた。

でもきっと茂光ではなかった。今の自分でもない。


「これは……」


その人物は、よく見ると手に何かを持っていた。

それは、石のような何かだった。


このライトで照らした時にだけその石が光るため、今まで誰も気が付かなかった。




「俺は、これは間違いなく、お前だと思ってるよ浪曼。」


「えっ、どうして…?これが僕……?」


「だってお前、どことなく茂に似ているし、茂には最後まで成し遂げられなかったことを、やれそうな気がするんだよ」


「つまり、根拠はないってことじゃないかっ」


浪曼が困ったように唇を撫でている。

その様子に、懐かしげに目を細めるパヴェル。



「また地球人に襲われるかもしれないのよ。」


パウリナが眉をひそめて懇願するように訴えかけてきた。


「でもっ、地球はもう滅亡したから誰も…っ」


いや…待てよ…。

地球があんな状態になったからといって、人間が全て滅んだとは限らない。

自分のように、宇宙に出ていたり、地球を離れていた人間はいたかもしれない。

そもそも70年前にここに襲撃に来た地球人がいたわけだし。



「奴らは、ここにしかない資源を求めているらしいわ。だからまた襲撃に来る可能性は高い。」


「あぁ。茂が言うには、それは人間が昔から最も欲しがるものの一つらしい」


「え…?それは…なに?」


兄妹の言葉に、浪曼は嫌な予感しかしなかった。


「不老長寿の薬だ。」


「っ!そんなものが存在するの?!」


「厳密に言うと、我々エルフやエドラの他の生物の成分を抽出し、研究と実験を重ねれば、人間も我々のように不老長寿や不死身になる薬を作れると踏んでのことだろう。」



確かにどう考えてもそれは、昔から人間が欲してきたものだ。

歳を取らず、一生若いままでいられて、さらには不死身の体や長寿が手に入るなど、地球上の何もかもがひっくり返るほどの影響を与えるものだ。


人間は金儲けできるものに目がない。

昔から、人々のニーズに非常に貪欲だ。

それを手に入れるためなら、人だけでなく、自然や動物、なにもかもを惜しみなく犠牲にしてきた。




" 浪曼、科学は何のためにあるか、知っているか?"


かつての父の言葉が脳裏に反芻する。



" 生活を豊かにするためでしょう?"


" おぉ。子供にしては上出来な答えだ。"


父は、幼い浪曼の頭を満足そうに撫でた。

そして……



" 科学は、人を助けるためにあるんだ。"



キッパリとそう言った。



" 科学ほど人を救えるものはない。

命ある多くの生物を、何かから助けることができるからこそ、科学は皆の生活を豊かにしてきたんだよ。"



浪曼は目を輝かせて父を見上げた。

大きな太陽に照らされた父は、とても大きくて神聖な何かに見えた。



" 科学は、浪漫だ。"



" ロマン…?"



" そうだ、人間の浪漫から生まれたもの。それが科学だ。人間は、浪漫で何でも生み出すことが出来る。"



" ……ロマンって、何? "



" 浪漫は、愛や冒険、自然の美しさ、文学や芸術の中の理想化された要素のことだよ "



当時の浪曼には、難しくてよく分からなかった。

ただ一つだけわかったのは、自分の名前の意味だった。


浪漫とは、感情や想像力をかき立てる美しいもの。あるいは理想的なものに対する強い感情や憧れのことだ。



" 人は、浪漫によって進化してきた。

この世の全ての発展は、浪漫が創り出したもの。

浪漫は私たちにとって、一番大切なものなんだよ。"




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