第3話 エドラヒルの言い伝え


「この星の生命体全種が争い事をしないのには、大きな理由があるんだ。」



そう切り出したパヴェルに、浪曼は顔を上げた。



「ここエドラヒル星には言い伝えがあるんだよ。

それを全員が信じてる」


「言い伝え?」


「ある日突然、ほかの惑星の生命体に支配され、エドラヒルは滅ぼされるという言い伝えだ。」



浪曼は目を見開いた。

それって地球で言えば、なんとかの大予言的なやつだろうか?



「だからこの星内部で争いをしている場合じゃないのさ。誰もがその日を恐れてる。」


「なるほど……だからその日に向けて、この星の住民は一致団結しているわけだね」


浪曼は考え込むように下唇を触った。

これは幼い頃から浪曼の癖だった。

その様子を、パヴェルがジッと見つめている。


「ねぇ、その話ってもっと詳細はないの?

いつ頃かとか、どんな生物なのかとか」


その質問に、パヴェルは首を振る。


「じゃあただの御伽噺みたいなもので、真実じゃないかもしれないじゃないか」


地球でも、なんとかの大予言とか伝説のナントカとかたくさんあった。

しかしそのどれもが、結局は誰かが作り出した戯言だったりして、現実となったことはほぼない。

だから昔から、科学で証明できないような類のものは、にわかには信じ難いのだ。



「……ついてこいよ」


疑っている浪曼にムッとするように、パヴェルはそう言った。

そうして家を出た瞬間、出くわした人物にくらりと目眩がした。

なぜならそれはこの世のものとは思えないくらい美しいエルフの女性だったからだ。


パヴェルにそっくりな容姿。

白い肌にエメラルドグリーンの瞳、白銀の長くストレートな髪に、桜色の整った唇。


「なんだよパウリナ。ビックリしたじゃねーか」


「裏庭にある物体は何?

また何か妙なもの作ってるの?」


エルフは声まで美しいのかと思った。

まるで歌声のように透き通っていて、口の悪いパヴェルの声でさえも、妙な気分にさせられるほどだ。



「っせぇな、お前に関係ねーだろ。

つーか魔法で隠しといたのに勝手に探り目使ってんな俺ん家で!」


「まっ、魔法?!」


つい大声を上げてしまった。

浪曼がこの世で一番信じていないもの……それは、まじないや魔法や手品などといった類のものだ。


「?あーそぉか。人間は魔法使えないのか」


「にっ人間ですってぇえ?!」


「シーっ!」


今度はエルフの女性が大声をあげてしまった。



「なっ、なんで人間がこんなところにっ……!

バレたらマズイわよっ。70年前のこと忘れたの?」


70年前……?

一体何があったというのだろうか?


「仕方ねぇだろ。なんか地球がヤバいらしくて、ここに来るしかなかったっぽいよコイツ。」


「なっ、なによそれ」


「あーとにかく今話してる暇ないから。

あ、浪曼。コイツは俺の妹のパウリナ。」


「あっ、い、妹なんだ!

こ…んにちは……突然すみません。木葉浪曼です……」


「………。」


警戒心しか持たれていない目だ。

まぁ当然だよな、と浪曼は肩を落とす。



とりあえずパヴェルに着いていく。

ここで、1つの疑問を抱かざるを得なくなってきていた。


「ねぇ……どうしてさっきから、僕ら以外に誰もいないの?」


そう。先程から誰にも会わない。

時間感覚は無いから今この地が何時なのか分からないが、もしかして夜中ってことだろうか?

空は曇っていてそこんところもよく分からない。


「……いずれ分かるさ」


パヴェルはそれしか言わずにずんずん進んでいく。

川に辿り着くと、パウリナが美しい無表情のまましゃがみこみ、地面に手を置いた。


「えぇっ?!」

とつい声を出してしまうほど、信じられない光景を目の当たりにした。


パウリナの手を置いた範囲の草花たちが、たちまちニョキニョキと成長し凄い勢いで橋を作り出したのだ。


パヴェルもパウリナもその橋を渡っていくので、浪曼も恐る恐るついて行く。


そういえば……と浪曼は思い出す。

昔子供の頃、父に言い聞かされていた御伽噺があった。

エルフやドワーフ、ホビットや人魚たちといったファンタジー世界の話だ。

彼らそれぞれの種にそれぞれの特徴がある。


その中でエルフは、小さな魔法ならば使うことが出来るとされていた。

そして、植物や花といった自然と意思疎通ができるのだと。




そうして着いた先で、浪曼は目を見張った。

まさに言葉を失ってしまい、なんの感情も湧いてこないほどの衝撃を受けた。


「ここは、ヒルオブライツ」


「ライツ…ヒル……。光の…丘?」


Hill of Lights

その場所は、彼の家から歩いて5分もかからなかったと思う。


一見すると、何の変哲もない、広大な草原のような僻地。

草が生い茂っているだけの何も無い場所なはずなのに、その中央にぽつんと佇んでいるのは……

誰かの銅像。

そして、その周りには、四方八方取り囲むように数え切れないくらいたくさんの星型の何かで埋め尽くされていた。


「10万以上の星々がある」


「じゅ、10万も……」


ゆっくりと近寄っていく。

星型は金属でできたようなものや、木製のものなど明らかに手作りだ。

ネックレスやブローチ的なものなど、星型ならばどんなものでもあり、それぞれ埋め尽くされるほど大量に置かれている。


まさに、星でできた丘といった表現がピッタリだ。


「……この人は?」


銅像を見上げて浪曼は言うと、パヴェルは答えた。


「この銅像は70年前にほかの惑星から来た生命体。

ここエドラヒル星の伝説の救世主、茂光しげみつ

彼は科学とやらの力でこの星を発展させた。

つまり、俺たちの今の平和があるのは、この茂光のおかげなんだ。」


続いて、パウリナがしゃがみこんで木製の星型を触りながら口を開いた。


「彼はこの地の7つの種族をまとめあげて平和を築いた伝説の生物なの。

彼が来る前は、それぞれの種族はいがみ合っていた。

互いが敵同士と見なして、領土や食料、水を巡って戦争をすることもあったわ。

当時それらは、まだとても貴重な資源だったの。

それを増やす知恵を与えてくれたのが、どこかの惑星から来た、この茂光さん。」



……そうだったのか!?

今のこの平和は、初めからではなく、この惑星も戦争を繰り返し、地球と同じような歴史があったんだ!



「だがある日突然、空から別の星の生命体がやってきた。

奴らはこの星を支配することが目的だった。

大混乱に陥った俺たちエドラの民をまとめあげ、先頭に立って奴らに立ち向かったのも茂光。

茂光は様々な力を駆使してやっつけてくれたんだよ。

それでも、たくさんのエドラの民が死んだ。」



よく見ると、その星型にはメッセージが書かれていた。

「この地が光で満たされますように」「永遠に平和が続きますように」「二度とあの惨状が起きませんように」

そのような類の言葉がたくさん書かれていて、ゾクッと鳥肌が立った。

きっとここで、かつてたくさんの誰かの大切な存在が死んだのだろう。



「何かを祈る時、その度に皆がここに来る。

そして、一つ一つ星に願いを込めて置いていくんだ。それが70年の間で積み重なっていつの間にか丘になった。」


荘厳なこの場所だけ、辺りの静寂を全て吸い込むような不思議な存在感がある。

空を見上げると、たくさんの渡り鳥がアートを描くように並んで飛んでいた。

耳を済ませると、川のせせらぎと木々が揺れる音しか聞こえない。

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