第2話 不時着した星

この謎の惑星には、実に様々な種族が共存しているらしい。


エルフ族、巨人族、小人(ホビット)族、砂漠族、妖精(ピクシー)族、ドラゴン族、人魚族……


エルフの村に、浪曼は不時着したらしかった。


最初に出会ったこのエルフの名前は、パヴェル。


「パヴェルはさ、年はいくつなの?ちなみに僕はちょうど今年ハタチなんだけど。」


彼の淹れてくれた独特な味のするお茶を啜りながら聞いてみる。

男の一人暮らしにしてはよく整理整頓された部屋だが、あちこち本だらけだ。

そして地球でよく見かける物や家具もチラホラあるから、もしかしたら人間界と文化は近いのかもしれない。

この星にも本やテレビがあるんだなぁなんて思ったりした。

何しろまだまだ知らないことばかりだ。



「俺は119歳。」


「ええええ?!119ぅう?!なにそれ!そんなにおじいちゃんに見えないけど!」


「はっ。エルフ族は一番長寿の種族なんだよ。

その代わり他の種族より成長が何十倍も遅い。

119っつっても普通にいったらお前と同い年くらいだよ」


「えぇ……そっか。タメなんだァ。宜しく…」


数字を聞いてしまうと混乱するのだが、確かにやり取りしているとタメなような感覚だ。

とはいえ自分よりも100年長く生きているなんて信じられない。



「で?お前はなんて星から来たんだよ?浪曼。」


「あぁ、地球っていうんだ。」


ガシャンッ!!


パヴェルの持っていたティーカップが落ち、砕けて中身の茶が散乱した。

地球では嗅いだことのない芳醇な香りが部屋に充満する。


「大丈夫?!怪我はない?!」


浪曼は急いで傍にあったナプキンでパヴェルの服を拭った。


「お前っ……ち、地球って言ったか?」


「……え?うん、地球だよ?」


その瞬間、パヴェルの顔色はみるみる悪くなり、目を見開いたまま固まった。


「……どうしたの?地球って星知ってた?」


「お前それ……マジなのか?地球…それってっ」


「へ?」


「地球ってことはお前、人間ってことだろ?」


「そ、そうだけど?」


パヴェルは困ったように頭をかいた。


「このエドラヒル星では、地球という星の生命体はこの世で1番野蛮で危険だとされている。

誰かに知られたらお前……殺されるぞ」


「えっっっ」


恐ろしい事実を知ってしまった。

しかし、自分が最初に出会った人物がパヴェルで本当に良かったと胸を撫で下ろした。

なぜなら目の前にいるパヴェルというエルフは、自分の軸をしっかりと持っていて、噂や他者の言うことは全く意に返さない性分の持ち主であるようだからだ。

こうして突然来た地球人を匿ってくれるくらいなのだから。


「この星にはな、さっき言った通り7種の種族がいる。

でも戦争なんて起きない平和な星だ。

それぞれの種族が上手いこといろんなことを助け合って交流して、それなりに仲良くやってるんだよ。」


パヴェルは壁に貼ってある、エドラヒル星の地図を見せてくれた。


エルフ族、巨人族、小人族、砂漠族、妖精族、ドラゴン族、人魚族……

それぞれの種族の集まっている地域が絵によって分かりやすく描かれてある。

確かに砂漠や海や森が広がっていたり、様々な地域があるようだ。

そして神秘的なエンブレムも大きく描かれていた。



「だが地球ではどうだ?

ほぼ毎日戦争をして、毎日大量の人種が死んでると聞いてきた。

なぜそんなに殺し合いを繰り返しているんだ?」



ドクッと鼓動が波打った。

それはもっともな話で、地球上に人間という生物が現れたのは、科学的には約200万年前だとされている。

最初の現代人であるホモ・サピエンスが現れたのは約20万年前だとして、おそらく戦争というものが勃発しだしたのは人種が増え始めた数万年前だろう。

その頃からきっと絶えず戦争を繰り返し、自然や他動物を穢し続けてきた。

地球一、いや、宇宙一罪深い生物は、間違いなく人間に違いないだろう。


「そうだね……僕らの星、地球は196の国に分かれてて、7000以上の言語があると言われてるんだ。それぞれ地域とかの方言を含めたら、数え切れないと思うけど。」


「ほぅ。聞いてきた通りだな。

にしても196もの種族の人間がいるなんて凄いな。」


「そうなんだよ……常に何十もの国が戦争をしていて、毎日どこかで人が死んでいたよ。

人間がいる限り、戦争は終わることがないと言われていてね……」


「それはなぜだ?」


「……君たちみたいに、人間は互いを分かり合えないからだよ。資源や領土、信仰や権力、そういったものを譲り合ったりできないのさ。人間はいつまでもね。」


だから……

これを機に、それらが全て消えてよかったかもしれないと一瞬考えてしまった。

これでようやく平和になったじゃないか。と。


よく考えてみたら自分は、どうかしているかもしれない。

普通、自分の星があんなことになったなら、パニックになって今頃こんなふうに茶をすすりながらお喋りどころではないはずだ。


あ……そうか……


「僕はもしかしたら……

自分が人間であることにウンザリしていたのかもしれないな。」


こんなことになって、こんなことに気がつくことになるなんて、誰も想像できないだろう。


「醜い殺し合いばかりして、同じ人間なのに、分かり合おうとすらしなくて、常に他者を攻撃し合うんだ。

恨み合い、蔑み合い、自分より幸せな人間が許せなくて蹴落とし合ったりして……

本当に幸せそうにしている人間なんて、地球上の1%もいないんじゃないかな。」



パヴェルは黙って浪曼を見つめている。

浪曼は茶の水面に映る自分の歪んだ顔をボーッと見つめていた。



「……人間というものはね、平和をと謳いながら、実はそんなもの目ざしちゃいないんだ。

誰もが皆、好き勝手に生きていたいからね。」



「へぇ。平和……ねぇ。

この星の住民たちみたいに、平和についてあんま考えてない平和ボケもどうかと俺は思うけどな」


「平和ボケ……僕の国は比較的平和な方でね。そんな言葉が一時期よく囁かれていたよ。」


戦争がないということだけが平和とは言えないのに。


「実際ね、人というのは、悪が生まれることも心のどこかで許していて、ただその犠牲者が自分でないことだけを祈り、他人の悲劇を見ては安堵している。

自分だけはひと欠片のリスクすら背負いたくない……それだけなんだよ。」



時計の秒針の音に気がついた。

時間だけは、万人に唯一平等なものだ。

その1秒1秒が、どんな善人も悪人も、等しく平等に死へと向かわせるものだ。

だからだろうか……



「常に自分さえ良ければと傲慢になり、どこかの誰かが平和を叶えると信じて人任せにし、自分は好き勝手に日々を送るわりに平和がどうと謳いだす偽善者……それが大半の人間。

誰も本気で平和なんて目指しちゃいないんだよ。」


そして僕も……

そんな人間の一人なのだということに、きっとうんざりしていたんだろう。


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