23.懺悔

 「グハッ!!」

 血を吹き出しながら崩れ落ちる和人。なんと和人は自身の腹を掻き斬ったのだ。それを見た黒龍と瞳、達郎は顔が青ざめる。

 「和人!なんで!自身を刺したの!!」

 瞳が我に返ったのか、和人の心配をする。黒龍も只事じゃない事に気がつき、和人の傍に寄る。

 「良かった・・・。いつもの・・・瞳に、戻ってくれて。こんな事・・・お姉ちゃんには・・・似合わない。人で・・・なくなっちゃうのは・・・駄目だ。両親が・・・悲しむ。どうか、その人の話を・・・聞いてあげて・・・。」

 和人は激痛に耐えながら話す。瞳は急いで止血しようとその辺にあった紙で押さえるが、和人の血は止まらない。

 「そ、そんな・・・。黒龍!なんとか出来ないの!?」

 涙目になる瞳。しかし黒龍は下を向きながら「無理だ。」と言った。それに絶望しへたり込む瞳。

 「私のせいで・・・私のせいで・・・!」

 瞳は絶望する。すると泣いている瞳の頬に和人が手を当てた。

 「僕の事は・・・いい。ただ、仲間じゃない・・・って言うのは・・・駄目。黒龍と共に・・・幽界への扉を・・・開けて。それが・・・僕達と、化け物達・・・の・・・願い。」

 今さっきまでやっていた自分自身の行為を猛省する瞳。心が蝕まれていった。しかし時間とは無慈悲なもので、和人の体が消えかかってきた。

 「最後に・・・黒龍。」

 黒龍は和人の顔を見る。とても穏やかそうな顔をしている和人を見た黒龍は悟った。自身の言葉で和人が消えてしまうという事に。

 「なんでも言う!約束する!だから・・・!」

 「黒龍の・・・本当の名・・・前を。」

 「俺の、俺の名前は翼だ!暁翼!!」

 黒龍の本名を聞いた和人は、嬉しそうな表情を浮かべ消えていった。

 「和人ーーーーーー!!!!!」

 瞳が和人の身につけていたナックルを手に取り、泣き叫ぶ。それと同時に達郎は黒龍の本名・暁翼(あかつき つばさ)という名前に悲しそうな表情をみせていた。

 「ごめん、瞳。この状況を打破するべきだったのは俺だった。俺が間違っていたんだ。」

 しかし黒龍の謝罪は届かず、瞳は絶望のあまり気絶してしまった。

 「あ・・・。」

 倒れ行く瞳の姿を目の当たりにした黒龍は、自身の行動が間違っていた事を嘆き、手を震わせ歯を食いしばる。家に入ってたった数分で、仲間の絆が完全に絶たれた瞬間であった。

 「黒龍さん。いや、暁翼さん。」

 達郎が黒龍の事を呼びかけるが、無言で家を出て行こうとする黒龍。もはや誰の言葉も届かない状況であったが、達郎の二言目で歩みを止める。

 「暁沙也加さん。貴方の大切な妹さんですよね?」という言葉に。

 黒龍の妹の名前を知っていた達郎は、敢えて黒龍のトラウマを引きずり出したのだ。すると黒龍は椅子に座っていた達郎に近づき、胸ぐらを掴み怒鳴る。

 「お前ら化け物が何故俺の妹を知っている!あの日二度も俺の前で死んだ妹の事を!!!」

 「・・・私の能力は、目に入った人間の過去からこれから起こる事、つまり未来の事までの全てを知る事が出来ます。たとえ貴方がなにも言葉を発しなかったとしても。聞きたいですか?貴方自身の未来の事を。」

 達郎の発言は本当の事であった。何故なら黒龍は自身の本当の過去を誰にも告げなかったからだ。それが故に達郎の発言が黒龍を激昂させる要因となった。

 「ふざけるな!お前が、お前ら化け物のせいで消滅していった人間は、この世界を憎んでいる!沙也加も俺の両親も同じだ!それを俺が救おうとして・・・救おうとして・・・。」

 達郎の胸ぐらから手を放し、崩れ落ちる黒龍。

 「・・・救えなかった。俺が、弱かったから。みんなを笑顔にさせたかったのに。罵倒を数えきれない程受けて、精神がもう、崩れ落ちそうだった。唯一の救いだった二人も、守れなかったのに・・・なんでこんな弱い俺だけが残っているんだ。もう・・・この世界から・・・消えたい。もう、お前の手で・・・俺の首を落としてくれ・・・。お願いだ。」

 精神がズタズタに引き裂かれてしまった黒龍は、持っていた自身の刀を遠くに投げ、達郎に消滅させてくれと懇願した。それを聞き入れた達郎は自身の右手を化け物の手へと変形させ、鋭利な爪を黒龍に見せつける。

 『やった。これで俺も此処で終われる。』

 黒龍は消滅を恐れる事なく首を差し出し、下を向きながら斬られるのを待っていた。しかし次の瞬間温かみのある手が黒龍の手を掴んだのだ。

 「ど、どうして・・・?」

 「暁翼さん。貴方の過去を知ってしまって殺す事が出来なくなりました。共感してしまったのです。私は生前も今も大勢の人を殺し、もう取り返しが尽きません。しかし貴方の皆を助けたいという想いはとても強く根付いていた。どんな時も努力を尽くし、私達化け物の殲滅を目指していた。その強い想いをこんなところで消滅させてはいけません。」

 それは化け物とは思えない程、温かみのある言葉だった。その言葉は黒龍の精神を真摯に受け止めていた。何故黒龍の首を斬らなかったのか。それは達郎自身も精神が死にかけていたからだ。

 「少しお話をしませんか?貴方の全てを受け入れます。勿論貴方が話している間も、この地を旅立とうとする時も、後ろから狩ろうなどとはしません。後ろから背中を押し、明るい未来に向けて、送り出したいと心の底から思っています。」

 「・・・わかった。」

 黒龍は達郎の要求を受け入れ、近くにあった椅子に座る。

 「提案を受け入れて下さりありがとうございます。では、私からお話しします。私は放火をした瞬間赤く立ち昇る炎に喜びを隠せませんでした。熱い苦しみに悲鳴を上げる人に快感を持っていたからです。薬物もしていないのに、自身を人とはかけ離れた化け物だと思いました。あの時は本当に後悔など微塵にも思っていませんでした。・・・その後、その場から離れる事もせず、駆けつけた警察によって取り押さえられ、死刑判決が下されるまでは全く罪を反省しようとしませんでした。しかし死刑判決が下された瞬間、火によって殺された人の遺族が泣いて喜んだのです。私が死ぬ事を喜んでいたのです。それは当たり前ですよね。こんな殺人鬼を生かしておく方が不自然です。そしてその瞬間を目の当たりにした私は、大声で遺族に対し「ごめんなさい。」とただ一言だけ発していました。私のせいで亡くなった人達に謝りたいという気持ちがその瞬間働いたのです。勿論そんな事では許される事もなく、独房で死に襲われる恐怖を植え付けられました。その期間は約五年ほど。ですが死を恐れながらも遺族に対して謝りたいという想いは無くならず、毎日毎日長文の謝罪の手紙を刑務官に渡していました。遺族様に届くようにと。そして遂にその日が来ました。死刑執行の日です。私は今までお世話になった刑務官の方々に「お世話になりました。」と告げ、死刑になる直前に懺悔しました。それは『亡くなった方々の苦痛を地獄で永久に味わう事』です。心からそう思いました。これが私の前世でのお話です。」

 達郎は自身の犯した罪を黒龍に向けて懺悔した。一方黒龍は特に何も言わずただ話を聞いていた。

 「ですが本当の地獄はこの世界に来てからでした。まさか地獄に向かう道が閉ざされているとは思っていなかったのです。そればかりか阿修羅と名乗る人物に気に入られ、他人の全てを知る能力を得て、この地に来る人達を皆殺しにしてしまいました。それ程私の力は強く、冷酷でした。本当は殺したくなかったのです。私はそんな為に存在しているのではないと。そしてその生活を数十年続けたところでしょうか。ある事を思いつきました。それはこのジャングルにいる化け物を食べてしまえば、安全に強き者達がこの地を渡り、あの扉を開けてくれるであろうという事に。ですのでこのジャングルには化け物が居なかったのです。」

 達郎は最悪な運命を永久的に強いられる事を拒んでいた。阿修羅という長に反発していたのだ。それを黒龍に伝えると、黒龍が口を開いた。

 「達郎よ。お前のような化け物に逢ったのは初めてだ。お前の生前犯した罪は消えない。それは残された遺族の心に深く突き刺さっているからだ。しかしお前はなんとしてでも罪を償いたいと願っている事が身に染みて分かった。だからこそ俺がお前を地獄に導いてやる。」

 その言葉を聞いた達郎は涙を流しながら感謝し、さっきトラウマを思い出させてしまった事を謝った。

 「ところで暁翼さん。私が言うのは変ですが、貴方の過去は本当に可哀想で救いようがないものだと、見た瞬間に分かりました。死ぬ直前まで家族を守ろうとした事を。しかし私の能力は断片的にしか分かりません。もし差し支えなければ真実を教えてくれませんか?その事件について。」

 黒龍は驚いた。しかし達郎の過去を聞いた事で、自身の本当の死の真相を伝えようという想いが浮かび上がっていた。

「・・・重い話だ。耐えられるか?」

「はい。覚悟は出来ています。」

「分かった。」

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