20.約束

 先程の激戦を終え夕暮れ時が近づいてきた三人は、オアシスで休息を取っていた。

 「ねぇ、瞳。一つ聞いていい?」

 「どうしたの?」

 「以前瞳がこの世界に来た時の事。黒龍が言いかけたのを止めたでしょ?どんな約束をしたのか気になって。」

 その言葉にギクリとする瞳。言いたくなさそうな表情を浮かべていたが、此処まで共にしてきた仲間に真実を話そうと思い、瞳は口に出そうとする。しかし黒龍がそれを止めた。自身の口から言うのはきついだろうから俺から話そうと。その言葉を聞いた瞳は少し強張っていた顔が緩む。

 「ありがとう黒龍。お願いしてもいい・・・?」

 「大丈夫だ。よし、あの日の事を話そう。」


─── 十二年前のあの日 ───

 あの日も俺はいつものように広場で素振りを続けていた。鍛練を重ね新たなる剣技を取得する為にな。すると、突然若い女性の悲鳴が広場の横から聞こえてきた。

 「ひっ!た、助けて!!」とな。

 毎回間に合わず目の前で消滅していく人達を目の当たりにしていた俺にとって、初めてこんなに近い場所で人が現れた事に驚いたんだ。それと同時に必ず守るという気持ちが働き、体がその場所に吸い込まれるように勝手に動いていた。そして彼女に向けて鎌を振り下ろそうとしていた化け物を間一髪斬り倒し、無事に彼女を助ける事が出来た。

 「大丈夫か!」

 俺は女性に声を掛ける。彼女は弓道着を着ており、とても美しい容姿をした女性だった。『よかった。助ける事が出来て。』と思いほっとしていた俺だったが、彼女が震えた声で喋りだす。

 「あ、貴方・・・は?此処は・・・何処?」

 「あ・・・俺の名前は黒龍。此処に来る人を守る為に戦闘を続け、多くの化け物を制裁してきた者だ。そして此処は死後の世界。天国でも地獄でもない化け物に襲われる世界だ。」

 「私、死んだの・・・?」

 「あぁ、生憎だがそうだ。お前・・・いや、君の名前は・・・?」

 「わ、わわ、私・・・は、腹を・・・裂かれ・・・死・・・」

 彼女は俺の『お前はたった今死んだ』という発言にパニックを引き起こした。それもその筈。突然死んだ宣告される事など普通あり得ないからな。しかし頭を抱え、泣き喚く彼女を放っておく事が出来る訳ないと判断した俺はどうする事も出来ず、ただ抱きしめ慰めの言葉を掛けた。

 「辛い気持ちは分かる。俺も志半ばで事故によって死んだから。それがどれだけ苦しい事なのかも。だけど君を消滅させたくない。だから共に化け物討伐への道を歩んでくれないか?」と。

 しかし彼女は無理矢理俺を弾き飛ばし、泣きながら馬乗りになり俺の顔面を殴り始めた。

 「痛て!どうした!」

 「貴方もどうせ私を!!」

 「おい!やめろ!!」

 彼女は目が錯乱しており、冷静に物事を考える事が出来ない状態だった。精神に異常をきたしていたのだ。生前を上手く生き抜く事が出来なかったのだろう。しかしこうなってしまっては仕方ない。俺も実力行使として彼女の腕を掴み投げ飛ばし、つい怒鳴ってしまった。

 「おい、やめろって言っているだろ!どうしたんだよ!」

 「くっっ・・・。貴方に私の気持ちが分からないだろ!!」

 「俺が君自身の心を読める筈がないだろ!!でもそんな悲しげな表情を浮かべている君をなんとしてでも救いたい。その気持ちは嘘偽りのない証拠だ!!」

 俺は真剣だった。その気持ちが彼女に伝わったのか。その言葉を聞いた彼女は抱え込んでいた物が一気に解き放たれたのかその場にへたり込み、小声で助けを求めてきたのだ。

 「助けてくれますか・・・?初めて会った人を何発も殴った私を。」

 「あぁ、絶対に。何が起きても君の事を守ってやる。」

 その言葉を聞いた彼女は、土下座をしながら何度も「ありがとうございます。」と言った。

 「礼はいい。ひとまず広場へとついてくる事は可能か?」

 彼女は黙って頷き、俺の後をついていく事となった。

・・・

 「先程はごめんなさい、取り乱してしまって。私、ストーカーに腹を裂かれたの。その・・・男性が今は怖くて・・・。」

 「そうだったのか・・・。思い出させてしまって悪かった。そういえばまだ君の名前を聞いてなかったな。教えてくれないか?」

 「山本・・・瞳。」

 「瞳か。名前を教えてくれてありがとう。その無責任な発言で悪いが、気が落ち着くまで此処で休んでくれ。その、君の過去を詳しく知らない分際で言うのもなんだと思うが。」

 「・・・。」

 瞳は俺に対し名前を教えたと同時に広場の隅にちょこんと座り、口を開かなかった。ただひたすら生前の事を嘆いていたのだろうと判断した俺は、何も聞かずにそっとしておく事にしたのだ。

 しかしそれを察知したかの如く、化け物達が広場の入り口に群がってきた。

 「嘘だろ!?」

 『くそ、瞳はまだ戦い方を知らない・・・。それにまだ俺の剣技は発展途上だ。考えろ、考えろ!!」

 あり得ない数に気が引き、逃げだしたい衝動に駆られる。しかし俺は瞳の事を守りたかった。自身を犠牲にしてでも。するとある事を思い出した。それは生前剣道の師範が生徒達に見せていた居合という技だ。

 その構えはただ刀を鞘に納め、敵の攻撃と同時に反撃の一撃を繰り出すというもの。師範曰く極限の集中力が試されるらしい。だが、そんな余裕はなかった為、生前の記憶を元に即座に居合の構えをし、叫ぶ。

 「俺に力を貸してくれ!!黒焔斬刀よ!!」

 一斉に俺目掛けてくる化け物達。焦っていた俺だったが、何故か一体一体の動きが予測出来た。居合の構えをする事で空気の揺らぎを察知出来る。極限状態に陥っていたからだろう。

 『今ならやれる!!』

 原理は分からない。ただやれる気がしたからやっただけだ。ある一体が俺の額に尖った爪を突き刺そうとする。その瞬間に一撃を繰り出した。すると黒い暴風と共に前方にいた全ての物を吹き飛ばし、沢山いた化け物達が塵となっていた。


 これが初めて繰り出した居合となった。


・・・

 それからは毎日地獄だった。一日最低でも千人もの人達がこの世界に出現し、俺の目の前で血を吹き出しながら消滅していく。何故か居合も出来なくなっていた。そんな日々が三カ月続き、絶望に伏していた俺を見た瞳が突然口を開いた。

 「なんで私の事を助けたの?」と。

 その言葉を聞いた俺はまさかの言動に驚きながらも、聞き間違いかと思い、瞳に対してもう一度言うように言った。すると瞳が怒鳴り声を上げたのだ。

 「なんで助けたと言っているのよ!あの時、あの得体のしれない者にやられていれば私自身消える事が出来たし、今みたいに貴方が私に気を遣う事もなかった!大体私以外の沢山の人達を助けられなかった癖になんで私みたいな弱虫を守ろうとするのよ!」

 瞳は自身がこの世界に存在している事を拒絶していた。実際消滅する事が当時出来る最大限の気遣いだったのだろう。自身が消える事で俺が戦いに集中出来ると。だがその言葉を俺は許せなかった。人は存在するからこそ意味を成すと考えていたからだ。だから、刀を投げ捨て瞳との言い争いを繰り広げた。

 「その言葉本気で言っているのか!確かに俺は俺の意思でお前を助けたが、それはお前自身の無念を救ってあげたいからだと言っただろう!」

 「それが余計なお世話だって言っているでしょう!大体赤の他人である貴方が私を助ける義理なんてない!ここ数カ月危険と隣り合わせだったじゃない!私を見捨てれば他の強い人を助ける事が出来た筈!なのになんでそこまでして私を助けようとするの!」

 「それは・・・お前以外の人間を助ける事が出来なかったからだ。」

 「だからそれが分からないと言っているの!貴方みたいに殺伐としたこの世界に放り込まれて肝が据わっている人の方が少ない!貴方は人間の心を持ってないの?異常よ!そんなに澄んだ顔をしているなんて!」

 正直に言うと瞳の言っている事は正しかった。俺がこんなにけろっとしているのは、この世界に長く居すぎたからだ。

 「そうか・・・。俺は人の心を持っていなかったんだな。きっとこの世界に長く居すぎた結果だな・・・。分かった。瞳、そこに錆びた刀が落ちている。覚悟があるのならそれを使って自身の首を斬れ。一緒に消滅しよう。」

 落ちていた錆びた刀を拾い、首元に持っていく俺を目の当たりにした瞳は絶句する。瞳は「嘘でしょ、待って!」と言ったが俺はその手を止めようと思わなかった。覚悟が決まっていたからだ。しかし首から少し血が出たところだったか。瞳が刀を握り、俺を止めた。

 「消滅しないで、お願い。お願い・・・!」

 泣きながら俺の首元に刺さりかけていた刀を止める瞳。その行動に驚きつつも俺は今しようとしていた行為によって瞳の心を傷つけていた事に気がつく。

 「・・・悪かった。」

 「・・・いいの。私が間違っていた。なんでこれまで冷静でいれたのかやっと分かったわ。冷静にならないと精神がどうにかなっちゃうからでしょう?」

 此処に来て八年。見殺しも同然の事をしてきた俺は、消滅していく人から散々罵倒を受けてきた。その人達は何も悪くないが故に、消滅直前にそう言葉を俺に対して放ったのだろう。だからその人達を見捨てる事で俺の精神が保たれると考え込んでいた。そう、逃げる事が正解なのだろうと。

 しかし心が荒んでいくと同時に瞳が現れた。あの時瞳の助けを求める声で体が勝手に動いた。なんとしてでも助けなければならないと。それに気づいた俺は錆びた刀をその場に落とす。

 「瞳って優しい人なんだな。」

 「・・・え?」

 「い、いやなんでもない。ありがとう、教えてくれて。」

 「・・・。」

 「・・・もし瞳が絶望し、消滅したいと言い出したら全力でフォローするし、死に物狂いで戦う。だが不慮の事故で瞳を助ける事が出来なかったら、俺も自決する。これはケジメだ。」

 「駄目だよそんな事・・・。」

 「いやこの約束は絶対に守る。瞳を殺したそいつを抹殺する為にもな。勿論この約束が本当になってしまわないように瞳も約束してくれ。共に戦い、無事にこの世界を終わらせると。」

 「・・・分かった。私の力でどこまでいけるか分からないけれど、貴方のサポートをする。命の恩人の心を救う為に!」

・・・

 「とまぁこんな感じだ。それから俺達二人は全力で努力を続け、此処に来る人々を助けようとしたが現状は今のままだ。今もこの世界の何処かで消滅していく人がいる。だが俺も瞳も覚悟が決まった。だからこそ俺達は和人の事を守りたい。」

 「私も。実の弟を見捨てる訳にはいかない。だから全力で戦い続ける!」

 二人の約束事を聞いた和人は言葉が出なかった。若い二人が此処に来る全人類の希望となって今も戦い続け、自らを犠牲にしてでもこの世界を終わらせようとしている事に。

 「ありがとう、教えてくれて。僕も二人の為に全力を尽くすよ!」

 和人はその言葉しか出せなかった。

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