19.黒焔
黒龍は血を吹き出しながら、倒れ込んだ。
「う、嘘・・・。」
「っ・・・。和人、覚悟を決めて。私にはある秘策があるの。だから餓鬼の注意を引いて。」
その言葉を聞いた和人は絶望しかけていたが、黙って頷き餓鬼の元へと走っていった。
「だからさぁ。君達には興味ないって言ったでしょ?もう黒龍君は死んだも同然。弱いんだよ君達は。何も考えずに走ってくる辺り馬鹿だね。」
餓鬼は走って向かってくる和人に呆れていた。それもその筈。和人の足では餓鬼のスピードについていけないからだ。ため息をついた餓鬼は和人から姿を消し、瞳の目の前に迫っていた。
「あっ・・・。」
和人が後ろを振り返ると同時に、餓鬼は突っ立っていた瞳の胴体を斜めに斬り裂いた。
「所詮雑魚は雑魚。苦痛を味わいながら死・・・あれ?」
餓鬼が呟くと同時に、瞳の形をしていた物が消え失せた。どこ行った!?と辺りをキョロキョロ見ながら焦る餓鬼。和人も何が起きているのか分からない様子だった。すると突然餓鬼の上空に影が映る。なんと瞳が上空で弓を射る態勢に入っていたのだ。
「・・・は?」
餓鬼はそのあり得ない光景に唖然とし、動けなかった。理解が追いつかなかったのだ。そのチャンスを見逃さずに瞳は餓鬼の両目を二本の矢を使って撃ち抜く。
「し、しまった!!何も見えない!見えないと移動すら出来ない!!」
餓鬼のワープ能力は視界に入っていればその中の何処にでも一瞬にして移動出来るというもの。しかし瞳が目を射抜いた事で、ワープ能力を失った。それからは一瞬の出来事だった。地面に降りた瞳が餓鬼の首を斬り、致命傷を負わせたのだ。
「な・・・なにを、し、た・・・。あ、阿修羅、様・・・。」
餓鬼は首から血を吹き出しながら消滅した。
・・・
「えっと・・・瞳、だよね?」
和人は先程の戦いに動揺していた。瞳の秘策というものがこれ程なものだと思わなかったからだ。すると何事もなかったかの様に瞳は話しだす。
「うん。さっきの技を見て驚いたと思う。あれ私の必殺技なんだ。最強の回避技・完全零時間(偽りの木枯らし)よ。その名の通り意識を無にする事で宙を舞う枯れ葉の様な動きが出来るの。」
「な、なるほど・・・。どういう事・・・?」
「この世界のバグを利用しているの。意識を完全に無にする事で体重がその瞬間だけ無となる。これは私だからこそ成せる技。極限の集中力を引き出せるなら、その逆も可能。これは阿修羅が後先考えずにあの本にむかって唱えたから起こった欠陥なのかもね。」
瞳の必殺技・偽りの木枯らしは、寝ている状態を無理矢理引き出す事で発動する。これは精神を安定化した上で、やられる覚悟を持っていないと引き出せない。長年黒龍と組み手をした結果、身についた能力なのだ。
「さっき餓鬼の攻撃を受けたように見えたと思ったでしょう?あの時斬り上げた風によって上に吹き飛ばされたんだ。和人、試しに私を殴ってみて。」
そう言い、ガラッと雰囲気を変える瞳。例えが悪いがそれは綿の詰まっていない干からびた人形のようだった。目は真っ黒で色彩がなくなり、恐怖すら覚える顔をしている。
「う、分かった。しっかり当てるつもりでいくね。」
和人は本気で瞳に殴りかかる。しかし拳は当たらなかった。勝手に瞳が後ろに下がったのだ。それと同時に意識が戻る瞳。
「今、私の顔面に向かって正拳突きをしたよね。放たれた拳の微力な風がこの体に伝わってきたのが分かったわ。ちなみに吹き飛ばされたと同時に意識が戻るから、すぐ攻撃態勢に入れるよ。」
「凄い・・・。瞳にも必殺技があったんだね!」
「うん。あと黒龍の事なんだけど・・・。」
「あ・・・。致命傷喰らってもうこの世界にいないんだよね・・・。」
「いや、黒龍は生きているわ。」
その言葉に驚く和人。どういう事かと和人は質問した。
「彼の刀、妖刀って前に話してたよね。黒龍は私がこの世界に来る前人々を救う事が出来なかった事を憂いて、何度も自決を試みたらしいのだけれど、その刀が黒龍自身を守っていると言えばいいのかな。これまで一度も自決出来なかったらしいの。普通の人は簡単に消滅してしまうというのに。」
瞳は遠くで倒れている黒龍を見ながら話を続ける。
「ただ、倒れている時に絶対近づいてはいけない。何度か黒龍が力尽きて倒れた事があるのだけれど、黒い炎を纏ったと思ったら周りの光を吸い込んで傷口が再生した。日記に書いてあった魂を吸い込んでいるんだと思う。少し不気味よね。でもそれが彼の強さの秘訣になっているのかもしれない。だから今見えている炎が消え去ってから近づこう。」
そう言いながら黒龍の回復を待つ瞳。それにしても黒龍だけが致命傷を負ったとしても、消滅しない事に関しては不可解だ。
・・・
「はっ!」
黒龍が目を覚ました。それに気づいた二人は駆け寄る。
「体調は大丈夫そう?」
「あぁ・・・また、あの力が勝手に発動してしまったのか。」
自身の回復を引き換えに沢山の魂を使ってしまった事を後悔している黒龍。しかし、もうそれは過ぎた話であるので、取り返しがつかない。
「瞳、あの能力で倒したんだな。ありがとう、助かった。」
「いいえ。黒龍のあの動きには驚いたわ。瞬間移動する敵に順応するなんて・・・。」
「実はよく分からないんだ。あの速さについていけた事が。自身でも驚いている。」
黒龍は体の変化に気がついていた。自身の体が自分自身の意思をもって動いていないのではないかと。
「そう・・・。とりあえず近くにあるオアシスで休みましょう。私達三人も戦闘で疲れた事だし・・・ってあれ?斧が光っているよ?」
餓鬼が持っていた斧が突然光りだした事に気づいた三人。近くに寄っていくと斧は小さな正三角形の石に変わった。
「これは・・・もしかして手先を倒す事で扉の鍵となるのか・・・?」
「そんな気がする・・・?」
「そうね?黒龍、今後の事を考えて貴方が持っているといいわ。」
無事に阿修羅の手先の一人、餓鬼を倒す事が出来た三人は初めての強敵との闘いに疲れ、オアシスで休む事にした。
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