14.瞳と黒龍の過去

 「あまり言いたくなかったけれど分かった。私も過去について詳しく話すわ。私は生前弓道部で毎回優秀な成績を残した上に、かなり偏差値の高い大学に行けるように、両親が後押ししてくれた。両親は私が弓道や勉学で良い成績を残すと、毎回宴をするかの様に喜んでくれて本当に嬉しかったし、その場が楽しかった。もう本当に『親ばかなんだから。』というレベルだったわ。でもそんな楽しいひと時は、ある日突然絶たれた。以前話した通りストーカーに抱きつかれて、腹を裂かれたからよ。」

 瞳は自身が死ぬ寸前、ストーカーの顔を見ていた。その瞬間の顔が怖くて今も脳裏をよぎるらしい。

 「あともう一つ話しておこうと思った事があるの。それはある子供の事。・・・私が大学三年生だった時に仲の良かった親戚が交通事故で亡くなり、三歳になる男の子だけが生き残ったという情報が私達家族の耳に入ってきたの。こうしちゃいられないと思い、早急にその子の元へと行った。でもその空間は凄くどんよりしていたんだ。年配のおばさん、おじさん達が『子育ては大変だ、うるさい餓鬼はいらない、どうせ我儘で横暴なんだ。』と三歳の子供を蔑んでいてね。そんな理由で・・・そんな理由で!!こんなに小さな子供を見捨てるなんて酷い事が出来る訳ないじゃない!だから私はその親戚に対して「人の心がないのか!」と一喝した後、私がこの子を守る!と両親を説得し、無事にその事を引き取る事が出来た。その子の名前は和人。そう、貴方の事よ。」

 「・・・は?ちょっと待って、瞳が僕の姉・・・?」

 突然のカミングアウトに驚く和人。そう、瞳は和人の義姉だったのだ。

 「今まで黙っていてごめんね。顔が幼い時と変わっていたとしても、和人が此処に来た時一目で分かったわ。私、人の観察力が優れているの。相手がどう考えているのか分かる。」

 瞳は和人が義弟である事を逢った瞬間から分かっていた。しかし和人は瞳の言動に衝撃を受け、立ち上がりつい大声を出してしまった。

 「ふざけるな!なんでそんな大事な事を黙っていたんだ!」と。

 「ごめんなさい、和人。草原で貴方を助けた後一言発してすぐ走り抜けたでしょう?あの時本当にショックでたまらなかった。私が貴方を守れなかったからこの世界に来てしまったと責任を感じた。しかも自殺って聞いた時、本当に心が握り潰される感覚に襲われたの。だからこそ今まで黙っていたんだ。本当にごめん。」

 声を震わせながら頭を下げる瞳。しかし和人は納得いかず、今まで黙っていた事に対して苛立ちながら瞳に詰め寄る。その瞬間黒龍が肩を掴み止めた。

 「やめてやれ。瞳は今精神が蝕まれている状態。勿論赤の他人であるこの俺がこれに介入する事はおかしいが、許してやってくれ。俺からも頼む。今はその手を引いてくれ。」

 「・・・分かった。僕の方こそ急に大声を出してごめん。」

 和人は十五歳だとはいえ、まだ精神的に子供な部分がある。黒龍が止めなかったら瞳を殴り飛ばしていたかもしれない。だからこそ黒龍は和人の手を止めた。

 「ありがとう。俺も過去の話をしよう。聞いてくれ。」

 その言葉を聞いた和人と瞳は何も言わずただ頷いた。

 「二人共相槌ありがとう。俺は貧しい家庭に生まれて、日々山菜と魚を取る生活をしていた。毎日生きるのが大変だった。それ程お金がなかったからだ。だが、それだけの生活をしていると新しい事に挑戦したくなるだろう?そこで小学三年生だったある日、いつもの山菜取りをする山をひっそりと越え、隣町に出たんだ。そこには剣道場があり、師範が教え子達に剣技を教えていた。それを見た瞬間俺の世界が変わった気がした。いつの間にかその辺に落ちていた木の棒を手に取り素振りを始めていたんだ。」

 刀を握り締めながら話を続ける黒龍。

 「結局金がなかったから、その剣道場で剣技を教わる事が出来なかった。だが、素振りだけは死ぬ直前までずっと続けていたんだ。なにかに憑りつかれたようにな。そうして過ごしていたが、遂に命が尽きる日がやってきた。あれは俺が二十三歳の新年の事。俺の住む村で餅つき大会がある事を知って、住民達の手伝いをしながら餅を食べたのだが、本当に美味しくてな。お腹いっぱいになるまで食べようとしたのだが、突然息が詰まる感覚に襲われ、数分後にはこの世界にいた。人は儚い生き物だと身に染みて分かったよ。」

 淡々と話を進めていた黒龍だったが、その話を聞いていた二人はそのあっけない死因に何も言う事が出来なかった。

・・・

 和人が過去を打ち明けてから数時間後の事。落ち込んでいた瞳を寝かせ黒龍と和人は話していた。

 「黒龍の剣技って自己流だったんだね。」

 「あぁ、そうだ。ただこの世界で戦術を学んだからこそ、ここまでくる事が出来た。それは紛れもないあの師範のお陰さ。和人は人を守る為の空手だと言っていたが、俺にとっての剣技も自身を守る為のものだ。仲間を守りながら自身を守る。その為にあるのがこの刀だ。」

 黒龍は刀を抜き、幽界への扉の方向に刀を向けながら喋る。その刀は夜の真っ暗な闇の中でも輝いていた。

 「さぁ、明日は早朝に出るぞ。俺が見張っているから和人は瞳の横で寝てくれ。」

 そう言い残すと黒龍は暗闇の中へと入っていった。

 『なんか複雑な気持ちだなぁ・・・。瞳は僕の義姉だったし、黒龍も死を受け入れている。たった数時間しか経っていないのに凄い情報量だ。もう寝よう。』

 そして和人は瞳の横で寝た。

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