03.組み手

 「よし、武具の準備は整ったな。ところで質問なんだが、此処まで全力で走ってきた際に違和感に気がつかなかったか?」

 和人は「ん?」と思いつつも身体能力が向上している事を思い出した。

 「そういえば死ぬ前に比べたら足が速くなっている気がする・・・?」

 この広場まで瞳と駆け抜けてきた時に、足が速くなっていた事に気がついていた和人は、気のせいなのかなと思いつつも黒龍に聞いてみた。

 「そう、その通り。この世界では何故か現世の二倍の身体能力が引き出せる。生前に比べて刀を振る速度が増している事に気づいた時は正直驚いた。」

 「そうなんだよね。私も生前に比べて正確に弓を射る事が出来るようになったし、矢自体のスピードが加速していたわ。」

 それを聞いた和人は何故そうなのかと眉を顰める。

 「何故か?と聞きたそうな顔をしているな。実はそれも明確には分かっていない。これはあくまで俺の推測だが、一度死に霊体になったからだと考えている。一度本物の肉体から魂が抜けて、この世界で魂が仮の肉体に具現化されたというべきか。体重が低下していたり、身体能力が二倍になっているのは、この世界に来た時に完全に元の肉体を作り出す事が出来なかったからだろう。この世界の事を知りたいと言っていたのに、不明な事ばかりですまないな。」

 「なるほど・・・。いや大丈夫!」

 都合の良い世界だなと感じつつも、なるほどねと和人は理解する事にした。

 「それよりついてこい。」

 「何処に行くの・・・?」

 「実戦場だ。」

 「えっ!?ちょっと待って!まだこの世界に来たばかりなのに!?」

 黒龍は急に戦闘練習しようと和人に対して言い、それに驚く和人。

 「なんだ。まだ緊張しているのか・・・。まぁ無理もない。此処に来たばかりだしな。本当はゆっくりした方がいいと俺も思う。だが、此処もしょっちゅう化け物に襲われる。今は大丈夫であっても、急に化け物が襲ってきたらお前を助けに入れない時が来るかもしれない。やられたくないだろう?」

 黒龍はこの世界に長年いるだけあって、行動力が凄い。それにその言葉は正論だった。だから和人はその発言に否定する事が出来なかった。

 「う、うん・・・。出来るだけ痛い思いはしたくない・・・。」

 和人は冷や汗をかきながら言う。

 「本当に黒龍は刀を愛しているよね。肌身離さず持ち歩いているし。」

 瞳は黒龍に対し微笑む。しかしその言葉を聞いて黒龍は立ち止まった。

 「いや正直に言うと、化け物を倒す為に持っているだけだ。化け物を斬った時に内臓が飛び散るのを見ると、いつも吐き気がする。瞳は弓矢がメインだから羨ましいよ。グロい部分見なくて。」

 弓矢の方が戦闘上楽だと言ってしまった黒龍。しかしその発言に瞳はムッとする。

 「え!そんな風に思っていたの!?酷いよ・・・。弓だって相当な集中力が試されるんだから!しかも仲間に当たらない様に慎重に立ち回らないといけないんだからね!!」

 「悪い、今の発言取り消す・・・。」

 黒龍はふと言ってしまった事に対し、申し訳なさを感じ、瞳に謝る。

 「今度言ったら許さないから!・・・まぁでも黒龍の実力を信じているからこそ私自身も集中出来るから、その・・・頼りにしているよ!」

 瞳は黒龍の事を信頼していた。その様子を見ていた和人は凄く素敵な事だと心の底から感じていた。絆というものに。

 「おう!よし、じゃあ実戦場へと向かうぞ。」

 二人のやりとりをぼんやりと眺めていた和人はその言葉でハッとし、黒龍の後を追った。

 「あの建物が実戦場だ。」

 「なんか見覚えがあるような・・・?あ、あれローマのコロッセオに酷似している!」

 「やっぱりその反応になるか。そういや瞳も最初に見た時同じ事を言っていたな。」

 「そりゃそうなるよ!実際にローマに行って見た事あるから本当に驚いた。」

 その建物は社会の教科書に載っていた世界遺産にとても似ていた。それは剣と剣がぶつかり合い、どちらかが死ぬまで戦い続ける闘技場。本来はこの世界にあるべきものではないと身に染みて分かる。やはりこの世界は天国ではないのだ。

・・・

 「さてと、準備運動は終わったな。さぁ和人よ。手加減は無用だ。全力でかかってこい。」

 黒龍は武器庫にあった木刀を振り回しながら和人に声を掛ける。

 「う、うん!よろしくお願いします!」

 一瞬で二人の間の空気が変わる。それを見ていた瞳は心配そうにしていた。空手と剣道が交わるとどうなるのかと。

───さぁ実戦開始だ。───

 和人は黒龍の立ち姿を観察していた。『黒龍は木刀を正面に向けている。ということはそのまま前に振り下ろして来る筈。それなら正面に突っ込むとみせかけて・・・。』

 「行きます!」

 全力で黒龍の元へと走る。足が速すぎて黒龍にぶつかりそうな勢いだ。

 「なに・・・!?」

 黒龍は一瞬にして自身の間合いに詰めてきた和人に対し驚く。しかし斜めに躱して正拳突きを仕掛けてくるだろうと予測し、後ろに下がった。

 『隙が生まれた!』

 そう思った和人は更に距離を詰める。しかし黒龍は冷静さを保っていた。

 「ふっ、甘いな。」

黒龍はにやりと笑いそのまま敢えて木刀を縦に振った。和人はそれを左斜め前方向に躱し、右ストレートのカウンターを狙う。しかし黒龍は顔面へと迫る拳をしゃがんで躱し、横薙ぎのカウンターを仕掛けてきた。

 「っ!はや!」

 気力を振り絞ってお腹をくの字に曲げ避けたが、あまりの速度に驚き姿勢が後ろに崩れる。しかしなんとか足を踏ん張り、背中を向けたと同時に後ろ回し蹴りを黒龍の右手に向かって放つ。

 「痛った!」

 和人の放った後ろ回し蹴りは見事に右手の甲に直撃し、木刀を落とす黒龍。その隙を和人は見逃さなかった。

 「もらった・・・!」

 次の瞬間には黒龍の顎元に拳が入っており、勝負は確定した。

 「っ・・・!驚いた。見事だ。空手段持ちだとはいえ、この世界に来て少ししか経っていないから、体が慣れていないだろうと油断していた。相手の弱点を速やかに理解し隙に入るとは・・・。流石だ!」

 油断して勝負に負けた黒龍だったが、負けを認め和人を褒め称えた。その言葉を聞いた和人は照れる。

 「えへへ・・・。一応道場で木刀や槍といったリーチの長いものに対する攻略を得る為の特訓もしたからこそ黒龍の動きを読めたのかも。」

 生前和人の通っていた空手道場では、基礎的な技は勿論、様々な武術に対する行動の仕方にも取り組んでいた。その為黒龍の気迫に押されつつも、一方的にやられる事なく戦う事が出来たのだ。

 「そうだったのか。それで躊躇なく俺の間合いに入ってくる事が出来たんだな。だが一つだけ駄目なところがある。それは極真空手であるというのに俺を殴らなかった事だ。」

 黒龍は戦闘する時の和人の実力を認めていた。しかしこれから待ち受ける戦いの事を考え、痛いところを突いたのだ。

 「・・・ごめん。」

 「ぷっ、ははははは!まぁこれから共に戦う仲間として期待しているぞ!」

 黒龍は高笑いをしながら和人の背中を叩く。すると和人は数十メートル吹っ飛び壁にぶち当たった。

 「あ、力入れすぎた。・・・悪い。」

 「ちょっと黒龍!力入れすぎ!!」

 「痛てて・・・。」

 和人は立ち上がりながら『何故そんなに威力があるんだよ!』と突っ込みたくなったが敢えて言わなかった。

・・・

 「さぁ瞳。次はお前が和人の相手をしてやれ。」

 黒龍は瞳に言葉を投げかける。

 「分かった。私もやるのね。」

 承諾した瞳は弓矢を持ちながら準備を進める。そして弓を射る体勢へと入った。

 「よし、準備が整ったわ!さぁ和人。かかってきて!」

 瞳は照準を和人に合わせながら言う。

 「いいの・・・?その、女性相手だと・・・。」

 和人はなよなよしていた。『女性を傷つける事なんて出来ない』と。

 「何をぐずぐず言っているの。この世界では男も女も関係ない。どれだけ強いかで決まる世界なの。さぁ!」

 瞳の気迫に押された和人は中々気が進まなかったがその言葉を受け入れ、弧を描きながら瞳の間合いへと詰め寄る。その様子を見ていた黒龍は笑っていた。それに気づかず弓使いの弱点である至近距離に和人は入り込んだが、それと同時に首に違和感を覚える。

 「え・・・?」

 なんと和人の喉元に木ナイフが当たっていたのだ。

 「和人。アーチを描きながら私の間合いに入ってくる戦法は正しかった。しかし相手をよく見なさい。私が弓矢だけを持っているとは限らないわ。」

 『ナ、ナイフ!?一瞬すぎて何も見えなかった・・・!』

 本物だったら確実にやられていたと感じた和人は余りにも一瞬の出来事に驚き、「うわっ」と小さな声を出しながらその場に倒れ込んだ。

 『この人、基礎戦闘力は勿論、不意打ち能力がずば抜けている・・・!』

 「ふふっ、完敗したね。でも大丈夫。私達は貴方の救世主だから!あ、二人だから救世主って言い方はおかしいか。んー・・・。私達は貴方の味方と言った方がいいわね。」

 手を差し伸べながら言った。そして手を引っ張り、和人を立たすと同時に黒龍は語る。

 「ふん。流石に不意打ち能力に関しては瞳に軍配が上がるな。俺は刀を囮にして別の攻撃を繰り出す事なんて出来ない。それが俺と瞳の戦闘スタイルの違いだ。」

 黒龍は瞳を戦闘の天才だと言った。

 「まぁ黒龍は剣捌きだけで私達を上回っているからね・・・笑」

 それを聞いた和人は黒龍の持っていた日本刀の事を思いだす。そして是非剣技を見せてほしいと黒龍に対して言った。

 「いいだろう、見せてやる。これから共に戦う戦友だからな。」

 黒龍はそう言いながら腰に身につけていた刀の柄に手を持っていき、赤い鞘から銀色に輝く刀を抜いた。

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