01.幽界へ招かれざる者

 「此処は何処だ?」

 少年は口ずさむ。辺りを見渡すと壮大な草原が広がっており、草木が生い茂るその大自然のど真ん中に少年はポツンと立ち尽くしていた。しかも何故か生前に使っていた空手の道着を着ている。

 「この世界は一体・・・?それに加えてあのでかい門・・・いや扉?なんだろう?」

 少年は照りつける光の刃に瞼を閉じつつも太陽の温かみを感じていたが、あるものが視界に入った。その視線の先には、高さ十キロメートルはありそうな扉があったのだ。その扉には禍々しい文字で、霊歴六百六十六年と刻まれている。その存在感はあまりにも大きく、何か招かれているのではないか?とさえ感じさせる風貌をしていた。

 「ちょっと待って。僕は死んだ筈じゃ・・・?うんそうだよね。」

彼は状況を整理しつつ自問自答をする。そう。彼は高い所から落ちて死んだのだ。しかし体の感覚は今も尚健在しており、怪我をしたであろう箇所も治っている。五体満足だ。頭から落ちた筈なのに。

 「此処は死後の世界・・・なのかな?もしそうなのであれば、周りに亡者達がいる筈。探してみよう。」

 彼は緑色に染まった台地を踏みしめ、四肢の感覚を確認しながら歩きだす。不思議と体は軽く、すんなりと動いた。

 「驚いた。体が軽い!それにしても綺麗な場所だなぁ。此処が天国って場所なんだな。」

 彼は天国に来たと思い込みながら歩き続ける。天国は本当に神秘的で色彩溢れた場所だと現世で語り継がれているが、まさにそれを体現したかのようだった。そして少年は今目の前に広がっている世界に魅了されながらも、人探しを始めた。そして一歩一歩ゆっくりと歩いていると、突然左斜め後ろ方向の草むらからガサガサと音がしたのだ。

 「おぉ?人かな?あの・・・!!」

 人だと思った少年は音のした方向へ振り返る。しかしそれは人間ではなかった。

 「っ・・・え?」

 言葉が詰まると同時に恐怖心が体の底から湧き上がってくる。そこに立っていた者は真っ赤に染まった体、とんでもなく細い四肢、飛び出した眼球、鋭利な牙と爪。それは言ってしまえば、人ならざる者だったのだ。

 「グァァァァァ!!!!」

 その得体の知れない者は彼を凝視したかと思うと突然奇声を上げながら飛びかかってきた。

 「うわぁぁぁぁ!!誰か助けて!!」

 危険を感じた彼は逃げ場のない草原の中を無我夢中に走り回る。しかしパニックを起こして呼吸が乱れた結果、すぐに体力が尽きかけた。

 「なんなんだよこの世界!!!!天国じゃないの!?ハァハァ・・・あっ・・・」

 間近に迫るナイフのように尖った爪。もう彼の体力は残っていない。おしまいだ・・・。

 すると突然後ろから何かの音が聞こえてきた。

・・・ヒュッ・・・カン!!!

 体力が尽き、絶望に瀕していた少年だったが、その音に気がつき振り返る。すると化け物は既に倒れており、一人の女性が立っていた。その女性は白の弓道衣と紺色の袴を着ており、弓を持っている。スラリとした体型、黒髪のショートヘア。仙姿玉質というべきか。とても美しい容姿な上に何か懐かしさを感じる出立ちをしているその女性は、化け物を仕留めた事を視認すると突然声を掛けてきた。

 「此処は危ない、今すぐについてきて!!」と。

 「え、ちょっと待って・・・」と言いかけるがそれを遮るようにその女性は走りだし、訳も分からず後をついていく事になった。

 そして走っている最中に感じた事が一つだけある。

 『あれ、おかしいな。僕ってこんなに足速かったっけ?』

 

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