第三話 冒険者ギルドには美人受付嬢を



 あのあと、結局抵抗の甲斐なく俺の股間には大きなシミができた。

 目の前で見ていたニキには「流石の英雄も生理現象には勝てんか!」と大笑いしながら肩を叩かれたが、その優しさが逆に心の傷に沁みる。

 どうやら、ニキはこのあと冒険者ギルドに報告をしに行くらしい。

 ラノベではお約束の名前が出てきたことに興奮しながらも、冒険者になるために同行することを決めた。


 ◇


 冒険者ギルド。

 ファンタジーな世界観のラノベにおいては、一般的で市民からの依頼を受けてギルドに所属している冒険者に仲介する組織。

 冒険者にはたいていランクが付けられ、ランクによって受けられるクエストの難易度が変わる。

 所属している冒険者は荒くれ者が多く、ギルドへ現れた転生者に絡むのはもはやお約束だろう。

 そして、受付。冒険者ギルドの受付といえば、冒険者に寄り添い、優しくサポートしてくれる美人な受付嬢が定番だ。

 それはこんな世界でも変わらないらしい。

 

 肩口までまっすぐ伸びた紫紺色の髪。

 顔立ちは綺麗で美少女というよりは美女。

 黒縁の眼鏡をしていて、まさにできる女といった感じだ。

 身にまとっている受付嬢の制服には、ウルザと書かれたプレートが付いている。

 人気があるのか、何人かの冒険者が遠くから眺めたりちょっかいをかけたりしているのを見かけた。

 そんな女性は今――。


「ぶふっ……!」

「返り血ですが?」


 俺の股間にできたシミを見て笑いを堪えきれず噴き出していた。

 

「……いやいや、そんな返り血の受け方しないって!」

「返り血ですが?」

「何があったか知らないけど、人生そんなこともあるよ。元気出して!」

「返り血ですが……ッ!?」


 この女ァ……!

 明らかにからかってやがる……!

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、股間のシミを凝視する姿には揶揄する以外の意図を感じられない。


「まあ、そこまでにしてやってくれ」


 からかわれているのを見かねたのか、ニキが仲裁をしてくれる。

 受付嬢はニキの存在に今気づいたかのように目を丸くした。

 

「こんにちは、ニキさん。魔王軍の侵攻はどうなりました?」


 こいつ……!


「おう。いつも通り追い返した、と言いたいところだが……。こいつ――ケイタっていうんだが、こいつがドラゴンをぶっ飛ばして大活躍してな」

「ドラゴンを?」

「おう。他の冒険者も英雄が現れたーって盛り上がってるぜ」

「この人が……」


 ニキの言葉に受付嬢が値踏みするような眼で俺を見る。


「失礼いたしました、ケイタ様。私は、ギルドの受付嬢を行っております、ウルザと申します」

「あ、はい。俺はケイタって言います……」

「ようこそ。冒険者ギルドベルジア支部へ! 今日はどういった御用でしょうか? 魔王軍を襲って武器や食料を調達する強奪クエストですか? それとも、魔王軍の街で安穏と暮らしている魔物たちを襲う奇襲クエストですか? もしかして、魔王城を攻撃して破壊する破壊クエストですか?」


 先ほどまでの態度を一変させて、想像する冒険者ギルドの受付嬢を行うウルザ。

 しかし、その口から吐き出されるのは冒険者ギルドで聞くものとは思えない言葉だった。


「強奪……奇襲……破壊……」


 何? 魔王軍を襲って武器や食料を調達するって。

 そんなに切羽詰まってるの? 人類は。

 何? 魔王軍の町で安穏と暮らしている魔物たちを襲うって。

 魔王軍の街があるの? 人類取って代わられてるじゃん。

 何? 魔王城を攻撃するって。

 敵の本拠地へ突っ込むの? もうただの特攻じゃん。


「あの、俺冒険者じゃないんで……」

「……そうですか」


 予想外の事態にいったん冒険者になることを考え直す。

 え……俺これになるの……?

 冒険者というよりかは山賊なんだけど。


「こいつ、冒険者になりたいらしくてな。登録してやってくれ」

「わかりました。……こちらが、冒険者カードになります」


 ちょっ……。

 俺が頭を悩ませている間に作成された、冒険者カードを差し出される。

 押し付けられるように渡されたカードを渋い顔で見てしまう。


「それにしても、ウルザが人をからかうとは珍しいな」

「そうなのか?」

「おう。美人で誰にでも優しく丁寧な対応をしてくれると評判のギルドの看板受付嬢だ。……意外と気に入られたのかもな?」


 後半は受付嬢――ウルザに聞こえないよう囁きながら、ニキがからかうような笑みを浮かべる。

 そう言われると、悪い気分ではない。

 前世ではお近づきになったことすらないほどの美人だ。例え表面上だけだとしても、仲良くなれるなら一度や二度騙されたとしても許せるだろう。


「いえ、そんなことはありませんよ? 受付嬢であるならば、優しく丁寧な対応を心掛けるのは基本中の基本。他の受付嬢も行っていることで、看板受付嬢などと呼ばれるほどではありません」


 微笑みながら流れるように出てくる言葉は、謙虚さに溢れていてできる女の雰囲気も合わさって人気受付嬢であることにも納得する。


「例えそれが、股間にシミを作ったままギルドに訪れるような人でも変わりません」

「おい。違うから、これ返り血だから」


 そこは、俺の名誉に係わる部分だ。絶対に譲らんぞ……!

 唐突に笑みを深くしながら吐き出された言葉を、もはや反射の域にまで高まった速度で否定する。

 例えそれが事実でなくても、言い続ければ真実に変わるのだ……ッ!


「っていうか、全然優しく丁寧な対応じゃなかったが?」

「気のせいです」

「気のせいじゃねえだろ」

「いいえ、気のせいです」

「気のせいじゃない」

「君のせいです」

「嘘を吐け……ッ!」

「シミのせいです」

「返り血です」


 くそっ! なんて綺麗なカウンターパンチを!

 思わず否定したせいで、攻め時を見失ったじゃねえか……。

 まあいい。今日のところはこれくらいにしといてやる!

 俺たちの激戦を口をあんぐりと開けながら眺めていたニキが、考え込むように顎に手を当てて何かを呟く。


「まあ、仲がよさそうで何よりだ。とりあえず、ギルドについて説明してやってくれ」

「わかりました。ニキさんはこのあと何を?」

「俺は酒のついでに飯を食おうかと……」


 ニキがギルド内にある食堂を親指で指す。

 というか、こいつまた酒を飲む気か……?

 訝しむような目を向けていると、周囲の冒険者を巻き込み本当に酒盛りを始める。


「それでは、冒険者の説明について行います」

「お、お願いします」

「冒険者とはかつて存在していた勇者が魔王に敗れた日から、急速に勢力を拡大する魔王軍に対抗するため活動を行う兵士のことです」


 ギルド内で突然始まった酒盛りを尻目に、冒険者の歴史について交えたウルザの説明を聞く。

 それにしても、その勇者が神様の言ってた転生者なんだろうな。


「主な活動内容としては、ギルドから発行されているクエストですね」

「クエスト?」

「はい。魔物が蔓延って、壁の外に出ることさえ危険な街の人に変わって薬草などを取ってくる採取クエストや、魔王軍の動向を把握するための調査クエストなどがあります」


 そういうところは、イメージ通りなんだよな……。


「特に人気なのは、さっきも紹介した魔王城を破壊する破壊クエストですね。テレポートで魔王場まで飛んで、魔法を打ち込んだり魔物を攻撃したあとにまた帰ってくるという高難易度クエストです」


 どんだけ、命知らずなんだよ。

 勇者を倒したラスボスの城だぞ。普通いかないだろ。


「人気の理由は、魔王城に常に攻撃を仕掛けることで魔王にプレッシャーをかけられるからとか、少しでも人類の恨みを晴らせている気がするからとか」


 ……確かに、魔王への恨みを考えたら人気になるのか。


「魔王のくそ野郎に嫌がらせをするのが楽しいからとか、超強い力を持った魔王を挑発するのはスリルがあるからとか、合法的に建物を破壊出来て気持ちいいからとかですね」


 おぉい! 明らかに後半おかしいだろ!

 最後に至っては魔王関係ねえし!


「基本的に最後の感想を言う人は、この街にいる人ですね」


 あまりにもたくましすぎる……。

 人類滅びかけてるのに、人生楽しそうだなぁ。この街の冒険者……。


「それって、魔王が怒って攻めて来たりしないか?」


 俺だったら、怒ってこの街まで滅ぼしに来るけど……。


「このクエストは、他の滅ぼされてない地域にある冒険者ギルドでも受注されてますけど、そういった話は聞かないですね」


 他の冒険者ギルドなんてあるのか。

 もうこの街しか残ってないのかと思った。

 それにしてもーー。


「何か違和感あるよなー。魔王が滅ぼしに来ない理由か……勇者との戦いで深い傷を負ってるとか、勇者によって魔王城から出られない呪いをかけられてるとか……」

「恥ずかしがり屋なんじゃない?」

「んなわけねーだろ」


 恥ずかしがり屋な魔王って何だよ。

 魔王としての威厳皆無じゃねーか。


「クエストを達成した際の報酬はギルドへ報告に来ていただいたときにお渡しします。クエストは、あちらの掲示板に張り出されます。受注する際は、受注したいクエストを受付に持ってきていただければ手続きを行います」


 ウルザが差し出すように向けた手の先には、確かに掲示板があった。

 何人かが掲示板の前に立っていて、クエストを見ているのがわかる。


「クエストの達成ってどうやって確認するんですか? 正直、魔王城の破壊クエストとか魔王軍の街の奇襲クエストとかって達成したかわからないと思うんですけど」

「基本的には、こちらの真偽判定の魔道具に手を翳した状態で報告をしていただきます」


 ウルザが受付の机の上にある透き通った水晶に手のひらを向ける。

 

「嘘を感知すれば、白く発光するのでそこで判断しています。もし嘘をついていた場合は、詳しい話を聞いたあとに審議にかけられます。その審議の結果次第では、魔王城への特攻が下されることもあるので気を付けてくださいね」


 魔王城への特攻って急に物騒だな……。

 微笑みを浮かべるウルザに、俺は引きつった笑いを作ることしかできない。


「以上で説明を終わります。何か質問があれば遠慮なくどうぞ」

「じゃあ、武器とかないんだけど貸してくれたりとかってできない?」


 異世界に転生して金がないからな。武器を貸してもらえると助かるんだが……。


「構いませんよ。何になさいますか?」


 何にしようか。

 遠距離系の武器は、技術が要りそうだからなしだな。

 槍とかも長さがあって技術が要りそうだし……。

 となってくると、剣だけど……。


「剣で何かいいのあります?」

「剣ですか? ちょっと待っててください」


 バックヤードに引っ込んだウルザを待って数分ほどすると、一本の剣を布に包んで持って帰ってきた。


「これなんてどうですか? ある冒険者が魔王軍の幹部を倒したときに使われていた剣なんですよ」


 差し出されたのは、剣というよりも憎悪や絶望で形成された何かといった風貌の物体だった。

 確かに、見ようと思えば剣のようにも見えるが……。


「これ、明らかに呪われてますよね?」

「そんな、まさか! ちゃんと持ち主が、二日に一回は教会に行って見てもらってましたけど呪われていませんでしたよ?」


 元の持ち主も疑ってんじゃねえか!

 二日に一回って結構な頻度だぞ!? 絶対見た目以外にも何かあっただろ。


「持ち主が原因不明の発狂死を遂げたことで、ギルドに流れてきたんです」


 明らかにその剣のせいだろ!


「いらないです」

「まあまあ、そう言わずに」

「いらない」

「きっと力を貸してくれますって」

「その代償に命を持ってかれそうだから、絶対にいらない」

「……そうですか」


 少し悲しそうなウルザを見ると、後ろ髪引かれるところはあるが自分の命には代えられない。


「……チッ」

「おい、今舌打ちしたろ! お前も、ヤバそうだと思ってんじゃねえか!」

「してません」

「したろ!」

「してません」


 押し問答をする俺たちと馬鹿騒ぎをするニキたち。

 酒場の盛り上がりと対をなすように夜が更けていく。

 こうして、俺の異世界生活一日目が終わる。

 これから先、どうなるかわからない世界で必死に生きていく。


「こんな気持ち悪い剣使いたくねええぇぇぇぇぇ!」



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