第二話 チートには罰を


 

 人間だけでなく、エルフや獣人といったファンタジー世界の住人が街に背中を向けて戦っている。

 相手はゴブリンやオークといったラノベで言えば弱い魔物から、ドラゴンやグリフォンといった強い魔物まで様々だ。

 現在わかる情報から推測した状況は、数えきれないほどの魔物の群れに滅ぼされそうな街といった感じである。


 どうすんだこれ!

 異世界転生初日から住むところなくなりそうじゃねえか!


 内心切れ気味で頭を抱えていると、一人の人間が俺の横へまさに着弾といった様子で吹っ飛ばされてきた。


「お、おい、あんた! 大丈夫か!?」


 土煙の中にいる人物へ向かって、思わず声をかける。

 声をかけてから、その人物が死んでいるだろうことに思い至った。

 人間が大砲のような速度で地面に激突すればどうなるのか、考えずともわかることだ。


「あー……大丈夫、大丈夫」


 吐きそうになって口を抑えた俺の横で、呑気な声が上がる。

 想像していなかった応答の声に、思考が止まり大口が開く。

 土煙が収まるとそこには、体を起こした状態で赤いバンダナを巻いて髪を逆立てた頭に手を当てている男がいた。


「あ、あんまり動いたら駄目だ! とにかく救急車、じゃなくて医者を呼ばないと!」

「あん? 何でそんな慌ててんだ?」

「慌てるに決まってるだろ! あんな勢いで地面にぶつかって生きてたのは奇跡だけど、早く治療しないと……」


 地面にぶつかった衝撃で記憶が混濁しているのか男は首を傾げていたが、俺の言葉に納得したような表情をする。


「確かに、気分が……」

「やっぱり……! い、医者はどこに……!? すぐ探してきてやるからな!」


 戦場だったら、衛生兵の一人や二人くらいいるだろ!

 もし、いなかったら何とか街に入れてもらって医者を呼ばないと!

 口元に手を当てて俯く赤いバンダナの男を見て、半ばパニック状態で走りだした。


「……やっぱ、昨日飲みすぎたな。……二日酔いだわ、キモチワリィ」


 瞬間、後ろから聞こえてきたセリフに思考が停止する。

 ……は?

 ……二日酔い?


「……は? さっき地面にぶつかったことで気分が悪くなったわけじゃなくて、二日酔いで気分が悪いと?」

「ん? おう。っていうか、さっきぶつかったせいで二日酔い酷くなった気がする……吐きそう」


 目の前で顔を青くしている男を見ていると、腹の底からふつふつとしたものを感じる。

 その感情に突き動かされるように、俺は勢いよく近づき男の胸倉を両手で掴む。


「ふざけんな! 人が死んだかもしれねえと思って心配してたっていうのに、二日酔いで吐きそうだと!? てめえ今どういう状況かわかってんのか!? 戦ってんだよ! 戦場なんだよ!」

「お、おい。あんまり揺らすな……吐きそうォオエェェェェェ」

「ぎゃああぁぁぁぁ! 汚ねえ!」


 こいつ、マジで吐きやがった。

 目の前で吐いているバンダナの男に戦慄する。

 あまりにもふざけた姿は、戦場であることを忘れさせるほどに衝撃的だ。


「あー……スッキリしたかも……」


 吐瀉物を前に立ち上がった男は、思ったよりも大きかった。

 一八〇を超えるだろう身長に、俺の倍はあるだろう厚み。

 大樹を思わせる雰囲気は、威圧的ではないが存在感がある。


「……ったく。何でそんなに怒ってんだよ? っていうか、誰?」

「何でって……逆に何で街の危機にそんなに余裕そうなんだよ!」

「……街の危機? 何言ってんだ? これは毎週恒例の魔王軍の襲撃じゃねえか」

「は? 毎週恒例? 魔王軍の襲撃が?」


 何言ってんだこいつ?


「おう」


 意味が分からない……。これが普通?

 もし本当だとしたら、世紀末にもほどがある。

 もしかして――。


「人類ヤバい?」

「ヤバいというか、滅亡一歩手前だな」

「終わった……」

「ダハハハハハハ!」


 こいつは何で笑ってるんだろう……。

 もはや、理解したくもない現状に頭を抱える俺と笑うバンダナ男。

 混沌のあふれる空間に、ドラゴンが突っ込んでくる。


「危ねぇ!」

「ダハハハ!」


 大口を開けたドラゴンから逃れるように地面を転がる。

 ふと横を見ると、大笑いしながらバンダナ男が吹っ飛ばされていた。

 あまりの気楽さに、俺は若干の希望を抱く。


「おい、あんた! 余裕そうだがあのドラゴンを倒せるのか!?」

「俺の命もここまでか……」


 スンという音が聞こえそうなほどに、表情が抜け落ちて遠くを見始めるバンダナ男。

 再び、ドラゴンが大口を開けながら滑空してくる。

 標的は、俺。


「ふざけんな! 諦めてんじゃねえ! まだ、転生初日だぞ!? これからなんだよ、俺の異世界生活は!」


 どれだけ叫んでも、現実は変わらない。

 数秒後には、ドラゴンの口にかみ砕かれて餌になっているだろうことが想像できる。

 だが……。

 それでも……。


「こんなところで死ねるかああぁぁぁぁ!!」


 せめてもの抵抗に大声をあげながら、拳を振りかぶる。

 半べそを掻きながら振りぬかれた拳は、ドラゴンの横っ面をとらえて吹き飛ばした。

 放たれた矢のような勢いで、戦っている人たちの頭を超えて魔王軍側へとドラゴンの巨体が落下。

 多くの魔物を巻き込みながら地面を転がり、ようやく止まったころには戦場を静寂が包んだ。

 自分でも理解が追い付かないが、おそらくこれが俺のチート能力、万能者オムニポテンスなのだろう。

 ドラゴンを吹き飛ばしたところを見ると、この世紀末でも通用しそうで一安心だ。


「いやー助かったぜ。お前、スゲーつえーけど何者なんだ?」


 何とか生き残れたことに胸をなでおろしていると、バンダナ男が近づいてくる。

 何者、か……。


「俺はケイタ! いつか、魔王を倒す者だ!」


 チート能力で気が大きくなった勢いのままに宣言をする。

 響き渡った声に呼応するように、戦場からは声が上がり魔王軍に襲い掛かった。


 ◇


 俺がした宣言のあと、士気が上がった人類側はより苛烈に魔王軍に襲い掛かり撤退にまで追い込んだ。

 俺もチート能力を使って戦いに参加して、多くの魔物を討ち取った。


「ケイタ!」


 魔物の死体があふれる荒野に立っていた俺に、バンダナの男が話しかけてくる。


「大活躍じゃねえか!」

「ど、どうも」


 褒めてくれるのは嬉しいが、少し恥ずかしい……。

 何が、「魔王を倒す者だ」だよ……。

 くそっ……気持ちよくなりすぎた……。


「しかし、そんなにつえーのに聞いた事ねえ名前だ。……今まで何してたんだ?」


 隠す必要はないかもしれないが、一応隠しておくか……。


「……まあ、色々あって街の外から来たんだ。それよりも、あんたは?」

「ん? ああ、そういえば自己紹介がまだだったな。俺はニキ。よろしくな」

「よ、よろしく」


 戦場で浮かべていた笑みと同じような、人懐っこい笑みを浮かべるバンダナの男――ニキが手を差し出す。

 それに応えるように、手を取ったその時突然体の自由が利かなくなった。

 ちゃんと体の中にいるような、俯瞰するように体の外にいるような不思議な感覚だ。


(は? え? なんだこれ!?)


 予想外の事態に混乱するが、声を出すことすらできない。

 何とかしようと焦っていると、体が俺の意思とは無関係に弛緩する。

 それだけで、俺には何をしようとしているのかわかった。


(待てええぇぇぇ! くそっ……! 動けぇぇええ!)


 抵抗しようと必死に頑張るが、何の変化もおこらない。


『チートはその名の通り反則。使用すればペナルティを与えられるのじゃ』


 唐突に神様の言葉が脳裏を過った。

 確かに、万能者オムニポテンスを使ったのに恥をかくようなことが起きていない。


『実際にあった例を出すなら、街中でこけてパンツが丸出しになった女転生者とか、階段で足を滑らせてこけそうでこけないまま降りきったところを好きな人に見られた男転生者とかじゃな』


 わかっている。

 例えは例えでしかないことも。

 チートを使うしかない状況だったことも。


 だけど……。




 だけど……ッ!




(漏らすのはやめてぇぇぇぇえええええええ!!)


 

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