閑話、まっちゃんの過去
「はぁ。もうすぐ配信開始かぁ。緊張する。ってかあいつに振り回されるのは久々だったなぁ。昔はもっと振り回されていたのに。」
俺は
幼稚園からの付き合いで、いわゆる幼馴染。いつも一緒に遊んで、いつも一緒に居て、そんな中だった。クラスが離れて会う頻度が少なくなったりした時もあったけど、それでも仲が良かった。でも、中学3年生のとき。浹は一組で、僕は六組だった。だから、気づくのが遅れた。もはや言い訳だけどね。浹が、不登校になったと聞いた。『最近会わないなー』くらいとしか思っていなかったのに、その言葉を聞いた瞬間、急に血の気が引いて、もう会えなくなる気がして、その日は学校を早退して、すぐに浹の家に行った。おばさん(浹のお母さん)はすぐに入れてくれた。
「来てくれてありがとうね。ごめんねきょうちゃんが。急に部屋に引きこもって、『学校には生きたい。でも、吐きそうになる。誰にも迷惑かけたくない。階段が、登校が、息の上がることをしたくない。だから、暫く放っておいて。』って。急にどうしちゃったんだろうね。あの子ったら。いつもあんなに明るい子だったのにねぇ」
「いえいえ。僕が来たくて来ただけなので。部屋、行ってきますね。」
「ごめんねぇ。迷惑かけて。」
浹の部屋は二階だ。階段を登って、廊下の、一番突き当りの部屋。
コンコンコン
「浹ーーー。僕だよーーー。入っていいーーー?」
………カチャ
あまり日の当たらない廊下に鍵が開く音だけが、異様に暗く、重く響いた。
本当に浹は大丈夫なんだろうか。理由はあれだけなのか? そんなことを思うよりも先に、体がドアを開けていた。
閉めっぱなしのカーテン。無造作に破られたプリント。輪っかに結ばれたロープ。画面の割られたスマホ。開けっ放しのパソコン。明かりの殆どない部屋の中で、未だに光るモニターだけ異様に眩しくて。そして、ぐちゃぐちゃになった布団の中に、浹が居た。
「きょう? 大丈夫?」
「、、、、。」
ただただ無言で見つめてきた浹がフッと手を出して、自分の隣を、ポンポンっと叩いた。座れってことだろうか。同じく無言で腰を下ろすと、浹は後ろから抱きついてきた。そして、今にも消えそうな声で。
「、、、、今は、ただただこうして、、、居させてくれ、、、、、。」
その声を聞いた瞬間、どうしようもない何かが、心のなかからこみ上げてきて。バッと後ろを向いて、正面から抱きしめた。久々に見る浹の顔は、あまりにも悲惨だった。ひどいくま。赤く腫れ上がった目。それでいて生気の感じさせない瞳。声。下がりきった体温。こころなしか、痩せている気までした。自然と、言葉が溢れていた。
「生きてて、、、良かった、、、。今はただ、ゆっくりして、、、。」
自分でもびっくりするくらい、優しい声だった。なんとなく浹が何をしようとしていたのかわかっていたからこその、言葉だった。昔の自分の姿を重ねてしまって、それと同時に、『あぁ、浹も人間なんだな』なんて思った。思ってしまった。
僕の本名は、
「すぅ、、、すぅ、、、 すぅ、、、」
そんな事を考えているうちに、浹はいつの間にか眠っていたようだ。そりゃそうだろうな。最近寝れていなかったみたいだし。そっと優しく布団を被せてあげて、僕は、さっきからつけっ放しだったpcを眩しかったから切ってやろうと思ってモニターを見た。見てしまった。
そこには、いつも趣味で書いていた小説が、いや、小説とも言えない、嘆きの文章が、書かれていた。
「そうか、、、、そうだったのか、、、ごめんよ、浹。何もわかってやれていなくて、、、。もっと、寄り添ってあげるべきだった。もっと、相手のことを考えて話すべきだった。ごめんよ、、、 こんなに抱え込ませて、ごめん、、、、」
何でもできる人、常に明るい人、元気な人、天才、秀才、やればできる人、優しい人、そのどれもが、浹には重すぎたんだ。浹も他の人と同じ人間。もちろん失敗もするし悩むことだってあったはずだし、悩んで相談したい日もあったはず。でも周りの評価が、期待が、それを許さなかった。一番彼を知っていると思っていた僕ですら、気づいていなかった。気付けなかった。思えば浹はいろんなコンクールに落ちていたし、こないだの高校受験も、落ちていたのに。そんなことですら、どうにかなると思ってしまっていた。僕達が、彼をこんなふうにしてしまったんだ。
「そっとしておいてあげよう。」
あの日の僕が、そうされたかったように。同じく、褒められたかった、認めてほしかったって気持ちもあったけれど、多分浹はそうじゃないから。とことん、付き合ってあげよう。僕に、そうしてくれたんだから。たとえ、覚えていなくても、ね
ずっと、親友だよ。
「そう思って、ここまで来たんだよねーー。」
ずっと寄り添ってあげていた。いや、自分もなんだかんだで彼に依存している節があるから寄り添っていた、が正しいかな。でも、やっぱりきょうはすごいな。僕の何十倍も先に行ってる。高校に入って、自分は性同一性障害だって言ってもよかった。女の身体だけれど、心は男なんだよって。でもできなかった。やっぱり人は怖いよ。どれだけ正しくても、それを主張している人の何十倍という人がそれを間違いと言ったら間違いになる。数は暴力。白おも黒に塗り替える暴力だから。だから羨ましかったし、自分もそうなりたかったし、なにより、あの頃のように明るくしているきょうと一緒にいたかった。だから、
「さあ、今度は僕が踏み出す番だね。そして今度こそ全部打ち明けられるようになって、一緒に笑うんだ。」
でもなんでだろう。常にきょうのことが頭から離れないのは。ずっと、僕を救ってくれたあの日から。
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