第4話 初めての練習①

 昼休みを迎え、俺は教室でなるべく早く弁当を食べ終えた。食べながらのスマホは行儀悪いし、そもそも食べづらい。だから食事に集中したのだ。


後は保坂さんが声をかけてくれるまで時間を潰そう。彼女に加え、田辺さんも教室にいる。合流の手間はかからないはずだ。



 「目黒君、良いかしら?」


呼ばれたので顔を上げると、保坂さんがいた。時間みたいだな。


「もうそろそろやる感じ~?」


俺達とは少し離れたグループ内で昼食中の田辺さんが、大きめの声で訊いてきた。


「そのつもりだけど、田辺さんは準備良いかしら?」


「い~よ~。行こっか」


…このやり取りを、教室にいるほぼ全員が見守っている。すごく恥ずかしい。


「とりあえず、私に付いて来て」


「わかりました」


「はいは~い」


保坂さんを先頭に、俺・田辺さんも教室を出た。



 「ここなら、人目につかないと思うわ」


保坂さんが連れてきた場所は、周りに教室がない1階から2階に向かう階段の下だ。ここを通る人はほとんどいないと思うから、彼女の言う通りだな。


「そういえばさ~、ほさかさんは何でめぐろくんを選んだの?」


それは俺も気になっているが、田辺さんも同様だぞ。


「私の勘違いだったら悪いけど、目黒君が女子と話してるところを見た事ないのよ。それって、あの時の男子と立場が似てるって事じゃない? だからよ」


痴漢疑惑の男子は、女子と触れ合えるぐらい近付いた事がなかったらしい。俺と彼の立場が似てる以上、“練習すべき男子”と判断したか…。


「そういう田辺さんこそどうして?」


「めぐろくんは、陰キャの中では一番顔が好みだからだよ。いつも遊ぶ男子はリードしてくれるから、たまにはリードしてみたいんだよね」


つまり“使命感”と“消去法”で俺は選ばれたのか。特に驚く事はない。


「さて、おしゃべりはこれぐらいにしましょう。早速練習しないと…」


保坂さんが何を言い出すかわからない。とりあえず様子見だ。



 「この練習に参加するって事は、目黒君は電車通学なのよね?」

考え込んでいた保坂さんが訊いてきた。


「いえ、俺は自転車通学です…」


「そうなの? 私もそうだから、満員電車がイメージできないの。困ったわね…」


残りは田辺さんだが、彼女はどうなんだ?


「あたし電車通学だよ~」

空気を読んだのか、訊かなくても答えてくれた。


「それは助かるわ。田辺さん、満員電車内ってどれぐらい混雑するの? 実際に見せてくれない?」


「いーよー」


彼女は、俺の正面に対して“小さく前にならえ”をした。


「これぐらいかな?」


「これぐらいって…、手を伸ばさなくても相手に触れちゃうじゃない!」


「ガチの満員電車はこんなものじゃないよ~。服同士擦れるのが当たり前なぐらい近付くからね~」


「…電車に乗るのって大変ね」


「そうですね…」


保坂さんに同意だが、どこまで本当かは知らん。田辺さんが可能性も否定できない。


「じゃあその距離で私が前に立つから、田辺さんは後ろをお願い」


「りょーかい!」



 ついに、痴漢対策の練習が始まった。女子に挟まれるのって、こんなに緊張するのか…。この緊張感に慣れるまでが練習だから頑張らないと!

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