郵便受け
染谷市太郎
郵便受け
趣味を聞かれれば散歩と答えている。
実際のところ私は無趣味なのだが、正直に答えると相手を困らせてしまうから。
ともかく無趣味な私の趣味は散歩であり、無趣味とばれない程度に通勤路を歩き回っている。
そんな折、勤務先の程近くで奇妙な郵便受けを見つけた。
その郵便受けは、およそ郵便受けとして機能していなかった。
なにせ投かん口と取り出し口の両方に木の板がありったけの釘で打ち付けられているのだから。
釘は相当な力で打たれたのか、ひしゃげたものもあれば頭が潰れたものもある。
しかしよく見れば釘事態はまだ新しく、郵便受けの下には錆びて曲がった釘がいくつも落ちていた。
私は金づちを手に、何度も何度も何度も釘を打ち付け郵便受けを閉じようとする持ち主の姿を思い浮かべた。
いったい持ち主はなにに追われてこのような行動を起こしたのか。好奇心が刺激された無趣味の私は、それから郵便受け観察が趣味になった。
郵便受け観察をはじめてから、気づいたことがある。
郵便受けの釘は少しずつ、ただし自然現象にしては性急に抜けているということだ。
およそ二日に一本、釘は抜けている。朝は深く刺さっていた釘が、夜は数センチ頭が出て、明くる日には地面に落ちている。
何十、いや何百の釘が刺さっているため気づけないが、朝晩毎日観察している私は見つけることができた。まるで、内側から執念深く釘を押し出すような、そんな抜けかたを。
内側、そう、私は観察を続けているうちにとうとう内側に興味を持ってしまった。
いや気になって当然だろう。郵便受けの塞ぎ方はチラシの投函を防ぐには過剰だ。それでも撤去せずに郵便受けを閉じているのなら、その中に閉じなければならないなにかがあるはずなのだ。
それに確信があった。
なぜなら聞こえてくるのだ。その郵便受けを観察していると、カリカリ、カリカリ、と微かになにかをひっかく音が。
車の走る音や人の足音に紛れてしまうその音は、私の頭に郵便受けの内側から懸命に釘を抜こうとする姿を伝えてきた。
今日もほら、朝は深く刺さっていた釘が数センチ頭を出している。
釘は抜けてしまってもすぐに新しいものが刺される。郵便受けと持ち主のイタチごっこだ。
しかしその追いかけっこはきわどいバランスで成り立っている。例えばほんの少し、天秤を指で押せば。
私の好奇心はそこまで来ていた。数センチ頭を出している釘が目の前にある。カリカリ、と催促するように内側から音が鳴った。
私は釘の頭を指でつまんだ。
あれから、趣味を聞かれれば変わらず散歩と答えている。
実際のところ私の趣味は郵便受けに釘を打つことに変わったのだが、正直に答えると相手を困らせてしまうから。
郵便受け 染谷市太郎 @someyaititarou
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