番外編(白山羊執筆)

番外編

「閻魔様、失礼致します」


早朝、裁判官の豪華な衣装を整え、着付け師の1人である利鬼(りき)という鬼が彼を迎えに行った。


「閻魔様?」


部屋の扉を開け視線を前に上げると、目の前には抜け殻になった布団があるだけだった。姿はなく、名を呼ぶも返答はない。


伊邪那岐様の御屋敷にでも戻られたのだろうか…


然し屋敷に戻るとなれば必ず声は掛けるはずだ。それに昨晩は仕事の残りを片付ける為に裁判所の自室に泊まると言っていた。利鬼は部屋を見渡した。布団はそのままで新品の煙草の箱が置きっぱなしだった。

たまにしか使わないスマートフォンが机の上にあり、

仕事の書類も置いてある。荒らされた形跡はなかった。

確実に直前までこの部屋にはいた…。

利鬼は足早に武雲と大河と元へ向かった。


「父上がいなくなった?」


利鬼から話を受けた武雲と大河が少し怪訝な表情を浮かべた。


「全ての裁判所内とその付近は」


「現在捜索中ですが、未だに…」


「伊邪那岐様の所にもいないのか?」


「そのようで…」


武雲と大河は顔を見合わせ、

そのうち武雲の方が口を開いた。


「…ここで悩んでいても埒が明きません。とにかく他の兄弟達にも伝えてきます。利鬼は一旦仕事に戻りなさい」


利鬼が去るのを見届けると、2人はそれぞれ他の兄弟に伝えに言った。


「閻魔が行方不明、だと?」


最初に報告を受けたのはカグツチと牛頭馬頭。

お互い驚いた表情をしており、特にカグツチは動揺しているのか炎の衣が大きく揺れている。


「父上が姿を消したのは今朝からなのか?」


牛頭の質問に大河が肯いた。


「そうらしい。利鬼から聞いた話だが、呼びに言ったら既にいなかったと」


その言葉に真っ先に動いたのはカグツチだった。

馬頭が呼び止める。


「カグ、どこへ」


「…父上の所に」


カグツチはそう答えると、自らの炎の中へ消えていった。


そのうち武雲から話を受けたゴート、スケープ、キサラギの3人が裁判所に駆けつけ、直ぐに何らかの異変に気付き周囲を見渡す。


「スケープ…」


「おう、こりゃあちとマズイ状況だわ」


「お父さんの気配そのものが…消えてる…」


ゴート、スケープ、キサラギは悪魔であり、誰よりも人の気配には敏感だ。どんなに離れていても同じ世界にいれば気配を感じる事が出来る。然しそれを全く感じないというのだ。それは閻魔の気配がこの世界から消えているという意味になる。

地獄を支えているのは主に閻魔であり、彼が居る事で地獄が成り立っている。その大きな支えを失っている今。

彼の子供達は勿論、獄卒や妖怪、高天原の神々にまで影響を及ぼすことは間違いない。

武雲と大河、牛頭馬頭はすぐさま八大地獄の長達を集め会議を開く事にした。


高天原の片隅、カグツチは実父である伊邪那岐の屋敷へ訪れた。既に閻魔の話が届いているらしく、カグツチが事情を話すと「分かっている」とだけ返ってきた。


至って冷静で落ち着きのある低い声。

何故、自分の恋人が消えたというのにこんなに冷静でいられるんだ…。

モヤモヤとした気持ちを抱えたまま伊邪那岐を軽く睨んだ。


「…なぜ儂がこんなに冷静か、気になるか」


カグツチが一瞬動揺する。


「ヤマを信じているからだ。彼奴は我らを、この国を見捨てたりは絶対にせん」


はっきりとした強い声音とまっすぐな眼差しに、ハッと目を見開く。


「お前もヤマが大切なのだろう?なら信じろ」


カグツチは閻魔に好意を寄せており、伊邪那岐はそれに気付いていた。だがそれに関してはお互い沈黙している。

二人は元々親殺しと子殺しの関係。

閻魔のおかげで良好とまではいかなくとも、普通に会話出来るくらいまで回復した。その関係を崩したくない。

他の兄弟ともせっかく良好な関係を築いているのだ。

再び亀裂が入るのだけは避けたい。


「…勿論信じるさ。父上こそ、その言葉を忘れるなよ」


炎の衣が大きく揺れる。

それを見て伊邪那岐は小さく笑った。


「相変わらず生意気な奴だ」


天照達も直に動き出すらしく、正装に着替えた伊邪那岐は彼女の屋敷へ向かった。

カグツチは父親の後ろ姿を見送ったあとに地獄へ戻った。


地獄では長達が集結していた。

人の姿をした八岐大蛇、九尾の狐、酒呑童子、大嶽丸等、

どれも日本を代表する妖怪と怪物の集まりなので、その光景は他から見たら当然異様だ。だがこの世界ではこれが当たり前らしく、後ろで控えている補佐や獄卒達は特に何も思っていない。それどころか、獄卒達も半分は妖怪や怨霊の集まりだ。


「武雲よ、閻魔が消えたというのは本当なのか?」


九尾の狐・仇嬋(グゼン)が問う。

武雲は利鬼や弟達から聞いた話を全て説明した。


「おいおい、そいつァかなり大事じゃねえか。十王でもいりゃあ何とかなるけどさ、うちは1人だけだろ。閻魔が行方不明になってる今、誰が代わりすんだよ」


胡座で頬杖を付いている大蛇が答えた。

緊急事態だというのに、なんとまあ呑気な格好だろうか。


「それについては、私と大河が父上の代わりをやります」


武雲の言葉に皆一瞬ザワついたが、彼らは補佐官以前に閻魔の息子だ。誰よりも一番近くで閻魔の仕事を見てサポートしてきている。特に不満もなく決定した。


「…ちょっといいか?」


酒呑童子が軽く手を挙げる。


「気になったんだけどよ、もし他国から攻撃とかされたら、どうすんの?」


それはその場にいる全員が考えていた事だろう。


「その時は全力で対応させて頂きます。まあ…何も起こらない事が一番ですが」


武雲の言葉に大嶽丸は「ごもっともだ」と頷き、

大蛇は「スーパーマンとかアンパンマンみてえなヒーローにはなれねえけどよ、そんときはやるしかねえわな」と笑った。


みな覚悟は出来ている。

武雲と大河はそれを感じ取り、閻魔が戻ってくる事を信じて仕事に戻った。


閻魔が行方不明になった話は瞬く間に広がった。

主に冥界の間では「閻魔大王には沢山の敵がいたから狙われたのでは?」と噂になった。

その話は当然サタンにも伝わっている。

サタンは閻魔のライバルであり友人でもある。


「閻魔さんが行方不明とかウケる」


スマホのネット記事を読みながら鼻で笑う。

あの世も現代に合わせているのでネットワークが普及しており、今回の件はネット記事に大きく掲載された。


「しかも僕が関連してるとか呟いてる奴いんの。全然してねーし。ニュース見るまで知らなかったっつーの。…ていうかあの人の気配マジで無いな。普段はムカつくほど感じるのに」


気配を感じない、ゴート達も同じことを言っていた。

やはり悪魔は誰よりも敏感に気配を察知する事ができるのだろうか。


「ま、いいや。スラム街行ってイケメン漁ってこよっと」


サタンは深く考えずにスマホを閉じて城を出ていった。



武雲達が捜索を続けて1ヶ月が経過した。

しかし一向に足取りは掴めていない。


「ぬあー!!兄者ぁ!!どこに行ったんだー!!」


印度の冥界にて。

1人の女神が唐突に叫びながら、ダンッと両手でテーブルを叩いて立ち上がった。

胸や尻を大胆に露出した格好が特徴的な彼女は、閻魔の双子の妹であるヤミーだ。


「こちらの部下も協力して探してくれているけれど、彼は未だに見つからないみたいね」


ヤミーの傍に1人の大女が話しかける。

ガラというコブラであり、ヤミーの側近。

彼女もヤミー程ではないが露出が多く、かなり大胆な格好をしていた。


「ぬぅ〜…、また我を1人にしおってぇ…」


今はそれぞれの地位について別々に暮らしているが心はいつも近くにある。

唯一2人が離れ離れになったのは、神になる前。

まだ人間だった頃。

成人を迎えてしばらく経ったある日、突然兄が死んでしまい現世にたった1人ヤミーだけが取り残されてしまった。

何日も泣き続けていたヤミーを見かねた神々が彼女を兄の元へと連れて行き再会を果たした。

その兄を失うかもしれない不安が再び脳内を過ぎる。


「我はもう兄者を失いたくない。絶対見つけてみせる」


広い天井を睨みつける赤い瞳は少し潤んでいた。


一方、日本・無間地獄にて。

地獄の最下層。轟音が鳴り響き、黒い炎が渦巻く漆黒の世界。ここは女王・伊邪那美の住処。彼女が我が子として可愛がっている八雷神と黄泉醜女以外、獄卒は誰もいない。完全に伊邪那美の領域。ここに堕ちる亡者は基本八雷神と黄泉醜女の餌になり、再生するので餌に飢えることも無い。彼らにとっては絶好の餌場だ。

今日も亡者の悲鳴を聴きながら可愛い子供達を眺めて過ごす。

一匹の八雷神が伊邪那美に近付き、蛇のような威嚇音を奏でながら何かを語りかけた。


「ほう。閻魔が消えてもうひと月が経ったのか」


八雷神が頷く。


「クク、仕事が嫌になって家出でもしたのかな?」


八雷神の顔を撫でながら笑った。


「このまま戻ってこなければ、所詮その程度の男だったということ。今は放っておけばいい」


伊邪那美は目を細め、漆黒の空をじっと見つめた。



それから更に1ヶ月半が経過したある日。

サタンが閻魔の裁判所を訪れた。

ヒールの音を響かせながら法廷内に入ると、丁度武雲と大河、そして補佐として数人の書記が仕事をしていた。


「あ、本当に息子くん達が裁判してるんだ」


「…サタン様、仕事中です。来る時は事前に連絡して下さい」


「ごめんごめん、あまりにも暇でさあ。全然閻魔さんが帰ってこないから気になって来ちゃった」


武雲は亡者の書類から目を離さずに「そうですか。こちらは忙しくてお相手できないのでご自由に見学なさって下さい。物は壊さないで下さいね」

とだけ言い放った。


「分かってるよお。閻魔さんに似て冷たい子だなぁ」


サタンは少し拗ねた様子で武雲を見た。

平静を装っているが、その顔には明らかに疲れが出ている。おそらく殆ど寝ていないのだろう。


「……」


大河と書記達にも視線を送ったが、皆同様にやつれていた。他にも忙しなく動いてる獄卒達があちこちで見受けられる。


「日本人まじ働き過ぎ」


周りに聞こえないくらいの小声でポツリと呟くと、ツカツカとヒールを鳴らして法廷内の奥へ入っていった。

サタンは何度も裁判所に遊びに来ているので建物の構造を殆ど把握している。迷わず真っ直ぐ閻魔の部屋へと向かった。


直後、サタンの歩みが止まる。


「……?」


自然と警戒態勢へと入った。

得体の知れない不気味な気配を感じ取ったからだ。

閻魔の気配ではない。

それは一歩、さらに一歩と部屋に近づく度に濃くなっていく。

微かに顔を顰めながら恐る恐るゆっくり扉に手をかけた。刹那、


ゾッッ ─────


重くおぞましい気配が全身を駆け巡った。

それはゴート達でさえ気付くことができなかった異様なもの…

サタンはこのおぞましい気配の正体が何かを瞬時に理解した。


「めんどくさいことになった」


黒い翼を生やし、一瞬で武雲のいる法廷まで飛行した。

亡者や獄卒がいてもお構い無しに、風圧で書類を撒き散らしながら武雲の目の前で停止した。


「息子くん、相手は邪神…クトゥルフだ!閻魔さんはクトゥルフに攫われたんだ」


突然の出来事に武雲は唖然とした顔で固まった。

同じく大河も理解が追いつかずに呆然と立ち尽くす。


「く、クトゥルフ…?」


やっと絞り出した言葉にサタンが頷く。


「何故クトゥルフだと…」


「閻魔さんの部屋に奴の気配が残ってて、それで分かった。つーか今まで誰も気付かなかったのが不思議なくらいだわ」


サタンは息を吐いて再び話し出す。


「僕の魔界にクトゥルフと少し関係のある悪魔がいるんだけどそいつと気配が似てるんだよね。昔クトゥルフ神話の話を聞かされた事があって、最初は適当に受け流してたけどまさかここで思い出すなんて」


はあ、と深い溜息を漏らして机に両手を着いた。


「多分だけど、閻魔さんは別の世界に飛ばされてる」


「別の世界…ですか。もしそうだとしたら助け出す事はできるのですか」


「その悪魔に聞けば分かるはずだけど」


「お願いできますか」


武雲が食い入るようにサタンを見た。


「う、ぐぅ……あんまし奴とは関わりたくないけど、息子くんのお願いならやるっきゃないよねえ…。閻魔さんにも何言われるか分からないし。準備出来たら連絡するよ」


ひとまず承諾してくれた。

サタンが去ったあと、武雲と大河は仕事を中断して兄弟を集め、伊邪那岐にも人を集めるように呼び掛けた。



サタンは魔界に戻り、魔女の谷へと向かった。

そこの長がクトゥルフと関係のある悪魔だという。


「あ〜、めっちゃ鬱だわぁ…」


魔女の谷。

魔女崇拝や魔女狩り、様々な理由で魔界へ堕とされた魔女達が集う場所。女の楽園と言ってもいい。

サタンはこの場所を毛嫌いしていた。

何せここの魔女達は長以外の悪魔を邪険に扱っている。例えそれが魔界の王だとしても。


憂鬱な気分のまま魔女の谷へ足を踏み入れた。

案の定あちこちから魔女達の視線や悪口が聞こえてくる。

さっさと用を済ませたいので構わず長がいる地下へ向かった。


石とコンクリートで出来た螺旋階段を降りていくと、下には鍾乳洞のような広い空間が広がっていた。さらに奥に進もうとした時、ふと大きな黒い影がサタンを覆い被さるように現れた。


「やっほォ、サタン様ァ」


サタンは呆れた様子で黒い影を見上げた。


「バフォメット、悪いけど今日はちょっと急いでるんだよね」


バフォメットはサバトの主催者。

彼女こそが谷の長であり、クトゥルフと関係のある悪魔だ。

そして、ゴート、スケープ、キサラギの生みの親でもある。


「あらそーなの、残念。んじゃァ用件を聞こうか」


相変わらず体を密着させてくる。

非常に鬱陶しい…


「閻魔さんが行方不明になった話、知ってるよね?」


「んー?あー勿論だとも。彼も災難だよねえ」


「あの人はクトゥルフに攫われた」


直後、ほんの僅かだがバフォメットがピクリと反応した。

サタンはそれを見逃さなかった。


「君の“母親”と同じ世界のクトゥルフかは分からないけど、君が奴らの血を引いてるのは変わらない。だから率直に言うけど、閻魔さんが飛ばされた別世界への行き方を教えて欲しい」


少し沈黙が続いた後、バフォメットが壮大に吹き出した。


「ははは、なーんだ。用件ってそれのこと。どんな真面目な話がぶっ込んでくるかと思ったら。いーよ、教えてあげる」


さらっと快諾したバフォメットに、サタンは困惑した。


「は?いいの?何でそんな簡単に教えてくれんの…」


「えー?別に教えたところで何も影響ないし?」


諸説あるが、バフォメットは地母神シュブ=ニグラスが産み落とした黒き仔山羊、もしくは原型だと言われている。


「でもさあ、サタン様が人助けするなんて珍しいじゃん。悪魔らしくないよー?」


「別に何だっていいでしょ」


「好きなの?閻魔大王のこと」


「何でそうなるのさ…マジ気持ち悪いからやめて」


嫌悪を孕んだ顔をするサタンを見て、バフォメットは笑いながら奥に引っ込んだ。少しして1冊の本を持って出てきた。


「これは?」


「クトゥルフさんに関する本、一応呪物だから気を付けてねえ。扱い方間違えたらサタン様でも死んじゃうよォ」


「何それ最悪なんですケド」


手にとった本の表面は赤黒く、特殊な加工が施されていた。

一通りバフォメットからやり方を教えてもらい、呪文らしきページを確認する。そこには複雑なクトゥルフ神話特有の言語が並べられていた。ギリギリ読める範囲ではある。

サタンは「分かった、ありがとう」とだけ答え地上へ向かった、筈だった。


背中を向けた瞬間、背後から強く抱き寄せられた。抵抗するもタトゥーが掘られた筋肉質な腕はビクともしない。


「なんっ…」


「最近ご無沙汰でさァ、溜まってんだよねェ…僕」


「ちょ、それは僕じゃなくて魔女とヤればいいでしょ」


「んーや、サタン様がいい」


バフォメットはいわゆる両性具有というやつで、主に男性器しか使っていない。基本女にしか興味無いが、サタンは特別らしい。背中に硬いものが当たる。


「ちょ、マジで今は急いでるから。後でヤらしてあげるから離してくんないかな」


サタンは苛立ち、何とか尻尾で抵抗してその隙に地上へ飛び去った。


「あーらら、行っちゃったァ」


バフォメットは口元に笑みを浮かべたまま奥へ消えた。



裁判所には閻魔の子供達と伊邪那岐、彼の子供達が集結していた。その後ろには獄卒達もいる。


「サタン様がもうすぐ到着するそうです」


戦闘用のラフな格好に着替えた武雲が連絡を受け、その場にいる全員に伝えた。暫くしてサタンが到着し、飛行しながら人混みを器用に避けて裁判所へ入ってきた。


「うっっわあ…神だらけ。きっつ」


大勢の神々を前に思わず顔を引き攣らせてしまう。

悪魔からしたら神は天使以上に厄介な存在なのだから当たり前の反応をしたに過ぎない。


「サタン様!」


唐突に一人の鬼の子供がサタンに駆け寄り抱き着いた。


「キサラギくん、久しぶりだねえ」


サタンはキサラギの頭を優しく撫でた。


「ゴートちゃん、スケープくんも久しぶり。元気にしてた?」


「はい。お陰様で」


「…サタン様」


ゴートが不安な顔でサタンを見上げる。

サタンは安心させるように彼女に笑いかけた。


ゴート三姉弟はバフォメットの子供、つまり彼女らもクトゥルフと関係している。閻魔含むここにいる全員はそれを知らないだろう。おそらく、本人達も…

教えるつもりはない。正直教えたくないのが本音だ。


「その本は?」


「例の悪魔から渡された本。これでクトゥルフと閻魔さんのいる別世界を見つける。まさか神と手を組むことになるなんてね…」


法廷のど真ん中、サタンはまず自身の手首を切って血を床に垂らす。かなりの量だがサタンは平然としていた。

次に血で目のような印を書いていく。


「こういうのってさ、ホントは人間がやるものだと思うんだよね。悪魔の血なんか使ってさ、爆発しないかな」


悪魔の血、それも魔王の血を使って呪術を行っている。

危険以外の何物でもない。

印を書き終えると本を手に取って呪文を読み始める。

本を持つ左手からは未だに血が流れ続けている…

それでも構わず続けた。


すると次第に床に描かれた印が蠢き出し、床が裂け始めた。


「皆の者、気を引き締めてかかれ」


伊邪那岐を中心に周りの士気が徐々に高まっていく。

もうすぐ開く────


刹那、衝撃波と共に勢いよく床が裂けた。

同時にサタンは吹き飛ばされ壁にぶつかった。

何人か獄卒が駆け寄る。全身を強く打ったせいで動けない。


「サタン様!」


「僕の事は気にしなくていいから」


「これは…」


裂け目から見えたのは広大な宇宙。

そしてクトゥルフと、二体の巨大な人影に弄ばれる閻魔の姿…


「お父さん!!!」


ゴートが叫ぶ。

瞬間、真っ先にカグツチが飛び出した。

向かう先は勿論、閻魔のところ。

両手を炎の衣の中に潜り込ませて刀を取り出し、閻魔の首を掴んでいる人影の腕を切り落とした。

カグツチとほぼ同時に牛頭馬頭が飛び出して別の人影に攻撃する。


伊邪那岐は降下する閻魔の体を間一髪地面に叩きつけられる寸前に受け止めた。


「ヤマ」


「……伊邪那岐…?」


自身の腕の中で見つめてくる愛おしい存在。

かつて伊邪那美と死闘を繰り広げてボロボロになった姿と重なり、優しく抱きしめた。


「もう大丈夫だ」


安心するいつもの匂いと温もり、閻魔はふっと笑って伊邪那岐の腕から降りた。顔を上げて空を見る。

世界の裂け目からこちらを覗く子供達と目が合った。


「親父…」


スケープが閻魔と目が合う。笑い返してくれた。

同時に全身から力が抜けた。


「スケープ、あとは兄らに任せて下がっていなさい」


武雲と大河が前に立ち、そのまま邪神共に向かって飛び出して行った。


「兄者ぁ!!」


ヤミーが兄に向かって叫んだ。

また会えた…


「良かった」


「ヤミー殿、このまま一気に攻めましょう」


神々がどんどん飛び出して行く中、

後ろから聞こえてきたのは落ち着きのある美しい声。

最高神・天照だ。


『まずいイ、天照大御神だア』


頭をぐしゃぐしゃにして震えた声を出す邪神の一人。


「閻魔は見つかりました。あとは元凶を倒せばいいだけ」


必死に視線を巡らせるクトゥルフと目が合った。

天照は堂々とした姿勢を崩さずに奴を真っ直ぐ見つめ返した。


瞬間、閻魔の拳がクトゥルフを捉えた。

天照とヤミーもクトゥルフに向かって飛び出して行った。



日本の神々が邪神と戦っている中、サタンは法廷内の壁に寄りかかってぼーっと裂け目の向こうを見つめていた。


「サタン様、大丈夫?」


キサラギが心配して近寄ってきた。


「一応ね。でも多分ヒビは入ってると思う」


視線だけを動かして先程の衝撃波で割れたであろう窓ガラスを見た。


「ガラス代、弁償しなきゃなあ」





聖戦から1ヶ月後

完全に回復した閻魔はいつも通りの日常に戻った。

自分がいない間に代わりに仕事をこなしてくれた息子達を称え感謝した。勿論サタンにも。

こっぴどく文句を言われたが、今回は笑って受け流してやった。もしまた何かに巻き込まれた時はサタンを利用していいと子供らに耳打ちしたのは内緒である。

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聖戦・隻眼の王 Re:make 白銀隼斗 @nekomaru16

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