第3話
そんな母親のタンスから、中学3年のときに書いたラブレターがでてきたのである。
事情はマモルが知っているはず。
それもそのはずで、晶子はそのラブレターを意中の男子生徒に渡すのを、当時中学1年だったマモルに託したのだった。晶子が想いを寄せていた相手とは、応援団長をしていた遠藤光彦だった。弟のマモルも応援団に所属しており、団長の遠藤とはほぼ毎日顔を合わせていた。
晶子は、マモルが会社のお昼休みになるのを待って携帯に電話を入れた。
「プルル、プルル、プルル、ピッ! あっ、もしもしマモル? 姉ちゃんだけど」
「ああ、お姉ちゃんか。どうしたの急に? 母さんに何かあった?」
「ううん、お母さんは大丈夫よ。今、和子と一緒に月に一度の診察に行っているわ。それより、あなたにちょっと聞きたいことがあるのよ。今、時間ある?」
「うん、あるよ。何、聞きたいことって?」
「だいぶ昔の話なんだけど、私が中学3年のときに、あなたに渡した手紙のことを覚えてる? 応援団長の遠藤君に渡して欲しいって、あなたにお願いしたこと」
「え? そんなこと頼まれてたっけ?……うーん、遠藤先輩への手紙……あっ、あれか」
「思い出した? あなた、あの手紙、ちゃんと遠藤君に渡してくれなかったの? お母さんのタンスを整理してたら中から出てきたのよ」
「そうか……ごめん、おねえちゃん、俺、おねえちゃんの手紙を遠藤先輩に渡してないんだ。渡しそびれたままカバンの中に入れておいたら、弁当箱を取り出すときにそれが床に落ちて母さんに見つかっちゃって、それでしかたなく、おねえちゃんに手紙を返してくれるように母さんに頼んだんだ」
「どうして? どうして渡してくれなかったの?」
「うーん、あまりよく覚えてはいないんだけど、きっと嫌だったんだと思う。おねえちゃんと遠藤団長がそういう関係になるってことが」
「どういうこと? 私が遠藤君を好きになっちゃいけなかったってこと?」
「違うよ。おねえちゃんの恋愛を邪魔するつもりなんて全く無かったよ。ただ、うーん、なんていうか、俺、団長には団長のままでいて欲しかったんだ。ごめん、うまく説明できなくて」
団長のままで、か。当時の中学校では、先輩と後輩の関係は厳しい縦社会であった。先輩でありしかも応援団長であった遠藤の存在は、弟にとって絶対的なものであったことは容易に想像できる。男気が強く硬派でしかも頭もきれる偉大な先輩としての遠藤のイメージが、晶子の手紙によって遠藤の全く別の側面を見せられて、あっけなく崩れ落ちてしまうのではないか、そんな風に思えてしまうことが嫌だったのかもしれない。
「そう、そうだったの……」
「本当にごめんね、おねえちゃん。それと、お母さんを許してあげてね。あの時期は父さんと母さんは大変だったからさ。確か母さん、入院もしていたよね」
それはマモルの言う通りだった。施工主に代金を持ち逃げされて多額の借金を背負わされた父親は、母親と一緒にほとんど休みなく毎日働いていた。そこに、晶子の進学の問題も重なり、相当の疲労と心労を抱えていた母親は、帯状疱疹が全身にでてそのまま寝込んでしまい、実家近くの病院に一週間ほど入院したことがあった。いろいろなことがいっぺんに重なり、しかも晶子本人に恨まれるようなことにもなって、母親は手紙のことにまで頭が回らなくなっていたのだろう。当時の母親の心境を思うと、晶子は胸が痛くなった。
「ええ、もちろんわかっているわ。それじゃあね。マモル、身体に気を付けてお仕事頑張ってね」
「うん、お姉ちゃんも、いつもお母さんのお世話お疲れ様、本当にありがとう。僕も和子もすごく助かっているよ」
「ううん、いいのよ。みなさんにもよろしくね」
晶子は通話を終えると、スマホを畳の上において、見つけた封筒を手に取った。
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