第9話 能力鑑定(オタク)

 チロルに名前を尋ねられたおれは、少し迷ったのちに「オタクです」と名乗った。自分でオタクを名乗るのにはあまり気乗りはしなかったが、さりとていまさら本名を名乗っても話をややこしくするだけだろうと考えたからだ。ギャル美はおれのことを「オタクくん」と呼んでいることだし、この世界では今後とも「オタク」と名乗ることにしよう。


「ふむ、オタクさんですか」


 チロルはおれの顔をじっと見つめはじめた。つぶらな瞳に真剣そうな色が宿る。

 その態度に感化され、おれは思わず居住まいを正した。緊張が胸から喉元へとせりあがってくる。

 ほどなくして、ふいにチロルは下を向いて小刻みに体を震わせはじめた。


「ど、どうかしましたか?」


 おれが尋ねると、その小さな能力鑑定士は耐えかねたように身をよじって、


「ぷふっ……あは、あははははっ!」


 と狂ったように笑い出した。


「れれれ、レベル1って! ……ぷくくっ! あ、あなた、いままで何もせずに生きてきたんですか? そのへんの農夫でもレベル4くらいはありますよ? ぷふふ……い、いくらなんでもザコ過ぎるでしょう。はぁ、はぁ……。あー、おなか痛い」


「こ、このガキ……!」


 おれは思わず拳を握って立ち上がる。


「おっと、ギルド内での暴力行為はご法度ですよ? それにボクだって一応レベル3はありますので、仮に戦ったとしても負けるのはあなたですからね?」


「くっ……」


 振り上げた拳を下ろすしかなかった。目の前のガキ――チロルは、曲がりなりにも初対面であるはずのギャル美の能力を正確に言い当てた能力鑑定士。その鑑定スキルには疑いがない。だとすれば、おれがチロルに勝てないというのも事実なのだろう。ムカつくが、認めざるを得ない。

 それにしても、よりによってレベル1とは……。あまりに情けなすぎて泣きたくなってきた。力が抜けたようにソファに沈み込み、がっくりと俯く。


「ドンマイ、オタクくん! レベル1ってことは、伸びしろがめっちゃあるってことじゃん? うちが稽古つけてあげるから、これから一緒に強くなろ?」


 ギャル美が明るくフォローしてくれたが、チロルはさらに追い打ちをかけてきた。


「残念ですが、それは難しいですねぇ。オタクさんのステータスの内訳を説明しますと、まず攻撃力と素早さ、防御力がレベル1の平均値よりもだいぶ低いです。言い換えればクソザコってことですね。あ、回避力だけは無駄に高いようですが。とにかく、鍛えてもザコに毛が生えた毛ザコになるだけだと思います」


 毛ザコ、て……。

 ザコザコと繰り返す目の前のクソガキに殺意めいたものが芽生えたが、反論はできなかった。おれは元の世界でも運動全般が苦手だったのだ。攻撃力や素早さが低いというのも頷ける。回避力だけ無駄に高いのは、ドッジボールでいつも避けてばかりいたからだろう。


「というわけで、オタクさんの前衛職適性はゼロですね。皆無です。諦めてください」


 と、とどめを刺された頃には、おれは干からびた小魚のようになっていた。


「ちょっと待ってよ!」


 ギャル美の声が響き、おれはわずかに顔を上げる。


「前衛職の適正? がなくても、他の適正ならあるかもしれないじゃん! 諦めろなんて、そんな簡単に言わないでよっ!」


 ギャル美はおれの代わりに怒ってくれているようだ。その気遣いはありがたいと思いつつ、おれはすでに半ば諦めムードだった。

 チロルはギャル美の怒りにあてられてタジタジとしながら、まるでステータスが書いてある紙面でも確認するかのようにおれの顔を見直した。


「そ、そうですねぇ。一応、魔力と賢さは平均よりも若干高めのようですから、魔法職ならワンチャンあるかもしれませんねぇ」


「ガチ? オタクくん、魔法使えるようになるの!? ヤバー!」


 ギャル美はまるで自分のことのように喜びをあらわにした。


「ええ、その可能性はわずかながらあります。ですが――」


「ですが?」


「申し訳ありませんが、オタクさんを見ていると、精霊様のご加護を得られるとは思えませんけどね。ぷくくっ!」


 チロルはおれの顔を見ながら再び嘲笑した。

 さすがのおれも、ここに到ってはぶち切れざるを得なかった。

 目の前のクソガキの胸ぐらをつかみ、低い声で言う。


「おい、このクソガキ。精霊様のご加護を得られないってのはどういう意味だ?」


「ちょ、オタクくん!」


 ギャル美のたしなめる声を無視すると、同時にチロルが悲鳴を上げた。


「ひぇっ! ぼ、暴力はやめてください!」


「いいから答えろ」


「ご、ご存じないんですか? 魔法を使うためには術者が精霊様のご加護を受けている必要があるのですよ」


「それはどうすれば受けられる?」


「こ、このアシュタットの町を南門から出て、街道を南西に行ったところに精霊様のほこらがあり、そこで四大属性の精霊様の加護を受けられます。ただ――」


「ただ、なんだ?」


「ご加護を受けるということは、精霊様に気に入られるということですので。あなたのような陰気そうな方を精霊様たちが気に入ってくださるかどうか……」


 つかの間の沈黙が室内を満たした。

 おれは黙考する。

 魔法を使えるようになるためには精霊とやらに気に入られる必要があるのだという。そしておれは、他者に気に入られるのが得意ではない……。


「……クソっ」


 おれはチロルを解放した。

 腹立たしかった。チロルにも、自分自身に対しても。

 ギャル美は昨夜、おれがいろいろなことをできるようになるように一緒にいて応援すると言ってくれた。しかし……。


「結局、おれにはなにもできないのかよ……」


「オタクくん、まだ諦めちゃダメだよ」


 声のした方を向くと、ギャル美が真剣な眼差しでこちらを見つめていた。


「精霊様の祠、だっけ? うちも一緒に行って、精霊様? に頼んであげる。オタクくんが魔法を使えるようになりますようにって」


「そ、そうか。ありがとう……」


 少しだけ、気分が楽になった。ギャル美の口添えがあれば、精霊様とやらもひょっとしたらおれを気に入ってくれるかもしれない。なにせ、ギャル美は〈コミュりょく〉のスキルレベルが最大なのだから。


「あのぅ、お取り込み中のところ恐縮なのですが」チロルがおずおずと手を挙げた。「あなた方の現在の装備では、精霊様の祠に行くのは危険かと思われます。南街道には稀に魔物が出ることがありますので」


「そーなんだ。じゃあ――」


「まずは軍資金を稼ぐ必要があるってことだな」


 ギャル美とおれは頷き合った。


「あっ、申し上げ忘れておりましたが」チロルが言った。「オタクさんのレベルだと、受けられる依頼は最低ランクのGになるでしょうね。これは豚小屋の掃除など、全く危険性のない雑務がほとんどです。当然、報酬も低くなります」


 またいちいちムカつくことを言いやがって、このクソガキが……。


「ですが、ギャル美さんとおふたりでパーティーを組めば、Fランクの依頼クエストまででしたら挑戦しても大丈夫でしょう。これはおもに、森林などでの採集系の依頼となります。町から出るので魔物と遭遇する可能性はゼロではありませんが、このあたりの森林は深入りしなければ危険な魔物が出ることはほぼありません」


「それなら、うちの“いい感じの棒”でも追い払えるね!」


「でも、ギャル美はたしかひとりでもEランクの依頼を受けられるんじゃなかったか?」


 おれが指摘すると、チロルは首を横に振った。


「それは装備が万全な場合です。現状のあなた方の装備では、やはりFランクの依頼が適切でしょう」


「採集系の依頼か」


 たしかに、現状のおれたちにはそれが妥当なように思えた。


「うん、それで決まりっ!」


 ギャル美は膝を打ち、元気よく立ち上がった。

 そして、テーブル越しのチロルに手を差し出す。


「ありがとね、チロたん。いろいろ教えてくれて」


「いえいえ、これがボクの仕事ですので」


 チロルは差し出された手を握り、ひと仕事終えた満足感を幼い顔ににじませた。


「それじゃオタクくん、さっそく依頼受けに行こっか!」


 そう言って駆け出そうとしたギャル美を引き留めて、おれはチロルに言った。


「待った。最後にひとつだけ訊きたいことがある」


「はい、なんでしょう?」


「その、おまえの〈能力鑑定〉スキルではステータスが数値としてわかるのか?」


「そうですよ」


「だったら、それを紙かなにかに書き出して見られるようにしてもらったりはできないか?」


「はい、できますよ」


「できるのかよ。なら最初に言ってくれよ」


「おふたり分ですと料金も二倍になりますが、それでよろしいですか?」


「金取るのかよっ!?」


「はい、慈善事業ではありませんので」


「ちなみに、ひとり分でいくらなん?」


 ギャル美が尋ねると、チロルはニンマリとしながら人差し指を立てて示した。


「1000クロネ? そのくらいならまぁ――」


「10000クロネです」


「高っ! ふたり分だと2万もすんじゃん!」


 というわけでステータスの詳細を紙に書き出してもらうのは諦め、おれたちはFランクの依頼を受けることにした。





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