第8話 能力鑑定(ギャル美)

 翌朝。

 宿屋酒場で簡素な朝食をいただいたのち、おれはギャル美に切り出した。

 その内容は、この世界で生きていくには金を稼ぐことが急務であり、その方法を考えようというものである。

 ギャル美はおれの話を聞き終わると、すっと片手を挙げた。


「はい。うち、冒険者がやりたいです!」


 冒険者か……。

 正直、それはおれも考えていたことだ。手っ取り早く金を稼ぐ方法としては、冒険者になることくらいしかいまのおれにも思いつかなかった。

 しかし、冒険者には危険がつきものだ。昨日おれはスライムにボコられたことによってそのことを痛感した。ギャル美はそのことをどう考えているのだろうか。


「一応訊くけど、なんで冒険者をやりたいと思ったんだ?」


「だって、楽しそうじゃん? 昨日スライムをシバいたときも楽しかったし!」


 やはりなにも考えていなかったか……。

 おれは小さく咳払いをした。


「でも、楽しいことばかりじゃないと思うぞ。冒険者の仕事の多くは、魔物やら盗賊やらと戦う必要がある。危険と隣り合わせの仕事なんだ」


「なるほどー。オタクくんって、結構しっかり考えてるんだね」


 ギャル美は感心したような顔をした。


「けど、うちも一応ちょっとは考えてるんだよ?」


「そうなのか?」


「うん。うちね、昔から、人を助けるヒーローみたいな仕事に憧れてたんだー」


「ああ、ニチアサ観てるっていってたもんな」


「それもあるけど、ほら、うちの親って警察官と看護師じゃん? だから、将来はうちもそういう感じの、人を助ける系の仕事をしたいと思ってたんだよねー」


 なるほど。なにも考えていなそうなギャル美にしては、将来のビジョンだけはしっかりと持っていたというわけだ。


「そうか。なら、とりあえず一休みしたら冒険者ギルドに行ってみるか」


「さんせーい!」


 ということで、おれたちは宿屋で体を清拭せいしきするための水とタオルを借りたあと、冒険者ギルドに向かった。



「はい、ギルドへの登録ですね。できますよ」


 冒険者ギルドの受付嬢――ディアンナさんという名らしい――は昨日と変わらぬ見事な営業スマイルをたたえていた。笑った猫のように愛嬌のある笑顔だ。


「ガチ? やったー! じゃ、よろしくね、ディアなん♪」


「『ディアなん?』」


 ギャル美の発言に、ディアンナ嬢は怪訝そうに眉をひそめる。


「こ、こら。ディアンナさんに失礼だろ」


 というか、「ディアンナ」と「ディアなん」では略にもなっていないじゃないか。

 ……なんてことはさておき。


「あの、それで、ギルドへの登録ってお金とかかかるんですか?」


 おれが尋ねると、ディアンナ嬢はすぐに営業スマイルを取り戻した。


「いえ、登録自体は無償で行わせていただきます。ただし――」


「ただし?」


 首をかしげたギャル美の方を向いて、ディアンナ嬢は言った。


「ご存じかもしれませんが、冒険者ギルドで扱う依頼にはランクというものがございます。そこで、いまのあなたがたが受けられる依頼の適切なランクを見定めるため、冒険者としての登録の前に能力鑑定を受けていただきます」


「のうりょくかんてー?」


「どうぞ、あちらのお部屋へ。鑑定士が控えております」


 と手で示された方には、それなりに立派な扉があった。

 受付嬢に礼を言い、扉にむかう。ノックをすると「どうぞ」という女のような子どものような声がした。


「しっつれーしまーす!」


 と、ギャル美は大して失礼に感じてもいなさそうに元気よく扉を開けた。

 その小部屋は、応接室のような造りだった。扉の正面に窓。左右の壁に本棚。そして部屋の中央には応接セット、つまり向かい合った二人掛けくらいのソファと、その間に低い木製のテーブルが置かれている。

 そのソファの片側に座っていた小柄な人物が、立ち上がってこちらに一礼した。


「初めまして。能力鑑定士のチロルと申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」


 口調こそ丁寧だが、チロルと名乗った人物は単に小柄というよりも、まるきり子どものようにしか見えなかった。声も顔つきも十歳の子どものようであり、ショートボブの髪型も相まって、男なのか女なのかも判然としない。低い鼻の上にちょこんと乗った丸眼鏡だけが、〈能力鑑定士〉という肩書きに相応しく思えた。


「えっと、男の子? それとも女の子?」


 ギャル美がそう尋ねたのも無理はない。


「むっ、失礼な。ボクはれっきとした男です!」


 チロルは胸を張ってそう主張した。その仕草がますます子どもっぽい。


「ひょっとして、ホビット族とか?」


 おれがそう言うと、チロルの顔が見る間に真っ赤になっていった。


「ちーがーいーまーすー! ボクはれっきとした人間ですっ! 背が低いからって馬鹿にしないでください!」


 両手をぶんぶんと振り回して怒りをあらわにする姿は滑稽そのものだ。出会って数分で、当初の威厳めいたものは消え失せていた。


「ごめんごめん。そんで、チロたんが能力鑑定? してくれるんだよね?」


「チロたん?」


 チロルは不審そうな顔をしたが、ギャル美の期待のまなざしを受けて少し頬を赤くした。


「まあいいでしょう。おふたりとも、どうぞお掛けください」


「はーい」


 言われておれたちはチロルと対面するソファに収まった。


「それではさっそくですが、鑑定を始めて参ります。まずはそちらの女性の方、お名前をお教えいただけますか?」


「うち? うちはギャル美でーす☆」


「ギャル美さんですね。ふむ……」


 チロルは不意に真剣そうな顔つきでギャル美の顔をのぞき込みはじめた。


「ちょ、なに? そんなにジロジロ見られると恥ずかしいんだけど」


「お静かに。もう少々で終わりますから」


 いまさら言う話でもないかもしれないが、そもそも能力鑑定とはいったいなんなのだろう。それに、本当にこうして顔を見るだけで人の能力が測れるものなのだろうか。

 そうした疑問が浮かんだが、それらはすぐに解消されることになった。


「むむっ、これは……!」


「え? チロたん、急にどしたん?」


 チロルは興奮したようにソファから立ち上がった。


「ギャル美さんのステータスが判明しましたよ。これから冒険者を始める方にしては、とても素晴らしい能力をお持ちです」


「え、ガチで? ヤバー、めっちゃ嬉しいんだけどー!」


「はい、ガチです。ギャル美さんの現在のレベルは15。これはひとりでEランクの依頼クエストを、三人ほどのパーティーでしたらDランクの依頼を受けることができる強さです」


 ちなみにEランクの依頼とは低~中レベルの魔物の討伐などに、Dランクの依頼とはゴブリン討伐などに相当するそうだ。


「個々のステータスの解説をさせていただきますと、まず攻撃力と素早さがずば抜けて高いですね。防御力や回避力もなかなかの高さです」


「えへへ、運動神経には自信あるんだよねー☆」


 そういえばギャル美は、昨年に高校で行われた体育祭でリレーのアンカーを務めていたっけ。三人抜きをして一着でゴールしたのを見た記憶がある。


「また、〈剣術〉のスキルレベルが5と、ルーキーにしては非常に強力なスキルをお持ちです」


「でしょー? うち、小さい頃からずっと剣道やってたから!」


 ギャル美は自慢げだ。ギャルと剣道というのがいままで結びつかなかったが、そういえば今朝ギャル美は親が警察官だと言っていた。おそらくその繋がりで習わされていたのだろう。


「それと、んん? 見たことのないスキルがありますね」チロルは続ける。「ええと、〈コミュりょく〉のスキルレベルが10、〈メンタル〉のスキルレベルも10。つまりこれらのスキルは最大レベルに達していることになります」


「ガチ? うちってば超ヤバいじゃん!」


「ただし」とチロルは言った。「魔法系のステータスは微妙ですね。魔力は意外なほど高いのですが、賢さが絶望的です。魔法の習得は諦めた方が賢明でしょう」


 ……おい、こいついまサラッと酷いこと言わなかったか?


「あはは、賢さは絶望的かー。まぁ、うちバカだからねー」


 ギャル美はまったく気にしていないようだ。脳天気なヤツである。


「総じて、ギャル美さんには前衛職の適性がおありのようです。戦士や剣士……まぁどちらも似たようなものですが、要するに前線で剣をふるって戦うスタイルが向いているということですね」


 チロルはそう結論づけると、今度はおれのほうを向いた。


「それでは、次の方の鑑定と参りましょう」


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