第6話 デート未遂

「ヤバー、超キレー! ガチでテンアゲなんだけどー!」


 おれたちは町の中心部である広場に来ていた。ギャル美が綺麗と言ったのは、広場の中央に配置されている大きな噴水のことである。

 噴水の周囲は女性たちのたまり場となっていた。水を汲みにきたついでに井戸端会議をしているらしい。楽しそうに談笑する姿がある。


「すみませーん、ここの水って飲めるんですかー?」


 ギャル美が女性たちのグループのひとつに尋ねると、彼女らは愛想のいい笑みを浮かべた。


「ふふ、もちろん飲めるわよ。神様のご加護があるからね。あんたたち、外から来た人?」


「そうなんです。だから、いろいろ教えてほしくてー」


 そのままギャル美は女性たちに交じって少しのあいだ会話を楽しんでいた。そのコミュ力の高さには毎度のことながら感心させられる。

 やがてギャル美は、少し離れたところで待っていたおれのところに戻ってきた。


「とりあえず水飲んで休憩しよ? うち、もう喉カラカラ~」


 言われておれも喉が渇いていることに気がついた。噴水の縁へ歩み寄り、手で水をすくって喉を潤す。久しぶりに飲んだ水は、よく冷えていて実に美味かった。


「はー、うまー♪ 生き返るわー」


満足そうに溜息を漏らしたギャル美は、


「そんじゃ、探検再開しよ? さっき通ってきた市場とか、もっとじっくり見てみたいし!」


 そう言って再びおれの手を取ろうとした。

 しかし、おれは無意識に手を引いてしまった。


「……どしたん? ひょっとして、うちと手繋ぐの嫌?」


「い、嫌ってわけじゃない。けど……」


 悩んだ末、おれはずっと喉につかえていた言葉を吐き出すことにした。


「お、おれみたいな地味で根暗なヤツと一緒にいたって楽しくないだろ? だから、その……探検は一人で行ってもいいんだぞ?」


 ギャル美は不思議そうな顔をして、


「? なんで? 楽しいよ?」


 と、当たり前のことのように言った。

 ふいに、目頭が熱くなる。

 ギャル美は、本当にいい奴なんだ……。卑屈なおれとは大違いで。


「オタクくんは、うちと一緒だと楽しくないの?」


「い、いや、そんなことは……」


「じゃあ、一緒に行こ? 楽しいことは、誰かと一緒にやるともっと楽しくなるんだよ」


 ギャル美は再び手を差し出してくる。

 おれはしばし逡巡した。


「わ、わかった……。けど……」


「けど?」


「その……嫌ってわけじゃないけど、町中で手を繋いで歩くのは少し恥ずかしい……」


「あー、そっか。ごめんごめん。うちってばスキンシップが激しいってよく言われるんだよねー」ギャル美は照れたように詫びた。「そんじゃ、一緒に並んで歩こ?」



 そうしておれたちは、広場に通じる大通り沿いに林立する市場を見て回ることにした。

 市場通りは歩いていると常に誰かとすれ違うほどの活況を見せている。

 まずもって目についたのは、人種――というより、種族の違う人の多さだ。亜人種、とでも呼べばいいのだろうか。


「ねえオタクくん、さっきからめっちゃ猫耳の人いるよね!」


「お、おう。犬耳っぽい人もいたな」


 市場にいる人で一番多いのはおれたちと同じような姿をした人間だったが、通行人であれ商人であれ、三割程度の人は獣の耳と尻尾を備えた獣人のようだった。普通の人間と獣人が楽しげに談笑している姿も見受けられる。種族間の対立じみたものは、少なくともこの町の中においてはあまりないようだ。


「あ、ねえオタクくん、あの金物屋さんっぽい人ってもしかして……」


「えーと……ひょっとしたらドワーフ族かもしれないな」


 金属製の様々な品物を並べた台の奥に男がひとり。背丈は小学校6年生の男子ほどで、ずんぐりとした体型をしており、口の周りにはモジャモジャとした髭が生え放題になっている。その特徴は元の世界の創作物で接してきたドワーフ族と一致していた。

 やはりここはファンタジー異世界なんだな、とあらためて実感する。


「あ、あれ果物屋さんかな? オタクくん、見に行こ!」


 駆けだしたギャル美に追いつくと、そこは色とりどりの果物を並べた店だった。リンゴのような見知った果物もあれば、見たことのないような不思議な色や形をした果物もある。


「えへへ、どれにしよっかな~?」


「って、買うつもりかよ?」


「だって、異世界の果物の味ってどんなか気になるじゃん? それに、さっきシケっちに分けてもらったお金もあるし」


 ギャル美はポケットから銀貨を一枚取り出してドヤ顔をした。


「で、でも、なるべく節約した方がいいんじゃないか? これからなにがあるかわからないし……」


「ちょっとくらいへーきへーき! さ、オタクくんも選んで?」


 おれは仕方なく店の商品により近寄って検分をはじめた。リンゴの棚についている値札を見る。


「リンゴひとつで150クロネか……」


 なぜか異世界の文字が普通に読めたことに関しては、この際気にしないでおこう。

 ほかの果物の値段もいくつか見てみる。洋梨らしきもの、ブドウらしきもの、正体不明の果物……。


「だいたい1クロネの価値が1円くらいってところなのかな……?」


 おれはそう見当をつけた。実にわかりやすくて助かる。


「え、なんでわかんの? オタクくんヤバー! 天才じゃん!」


「い、いや……リンゴの値段見ればなんとなくわかるだろ?」


「あはは、うちバカだから考えもしなかったし。一応、なんとなく文字は読めたんだけどねー」


 脳天気なヤツだ。こいつに金の管理を任せていたらあっという間に使い切ってしまうかもしれない。用心せねば。


「じゃあうち、このちょっとドリルみたいな形のやつにするね!」


「あっ、お、おい……」


 おれが制止する間もなく、ギャル美はドリル状の溝が刻まれた謎の果物を手に取って店主に支払いを済ませていた。値札を見ると300クロネとある。日本円にすると約300円か。果物一個の値段としては少し高い気がする。まぁ、元々はギャル美が稼いだ金なので文句は言うまい。

 ちなみに支払いは銀貨1枚で行い、釣りは銅貨7枚で返ってきたそうだ。とすると、銀貨1枚が1000クロネ、銅貨1枚が100クロネに相当しているのだろう。



 その後もおれたちは、パン屋や食べ物を売る屋台、服屋などを見て回った。ギャル美はどの店でも何らかのものを買いたがり、おれはそのたびになるべく節約するように言ったのだが、結局ギャル美は食べ物を中心にいくつもの品を買い込んだ。出費の合計は約2000クロネ。冒険者ギルドで受け取った報酬が10000クロネだから、残金は約8000クロネ。この程度の出費で済んだと喜ぶべきなのか、それともあと8000円程度しかないと危惧するべきなのか……。


 ひととおり市場を見て回ったので、おれたちはいったん中央広場に戻ることにした。噴水の縁に、ふたり並んで座る。

陽がだいぶ傾いてきており、おれはかなりの疲労を感じていた。思わずため息が漏れる。


「ねえオタクくん、ホントに食べないの?」


 ギャル美は先ほど屋台で買った串焼き肉を頬張りながら言った。


「……いい。あんまり食欲ないから」


 嘘だった。おれはかなりの空腹を覚えていた。だがその一方で、異世界の食べ物を口にすることに抵抗があった。そうしてしまえば、おれはこの世界を受け容れることになってしまうような気がしたからだ。おれはいまだにこの異世界で生きていくのだという決心がついていなかった。


「ふーん、そっか。うち、オタクくんと一緒に食べたかったんだけどなー」


「……なんでだよ?」


「だって、おいしいものは誰かと一緒に食べた方がおいしいじゃん?」


「…………」


 きっとギャル美の言うとおりなのだろう。家庭でも学校でも孤立していたおれには実感が湧かないが。


「ま、いっか。うちは育ち盛りだから、これくらい全部食べても太らないし☆」


 そう言ってギャル美は焼肉、パン、焼き菓子、果物などを次々とたいらげていく。

 実に美味そうに食べるその姿を見ているうちに、おれは空腹感がさらにかき立てられるのを感じた。思わずごくりと喉を鳴らす。

 そしてついに、不本意な身体現象が起きてしまった。

 腹が鳴ったのだ。それも、周囲に聞こえるほど大きく。


「えっ、オタクくん? いまグーって鳴らなかった?」


「き、気のせいだろ……」


「あはは、やっぱおなか減ってたんじゃーん! 強がっちゃってウケるー!」


 毒気のない揶揄やゆだったが、おれは顔が火照ほてるのを感じた。


「そんじゃ、ご飯食べに行こっか」


 ギャル美はすっくと立ち上がる。


「い、いや、いま食べたばっかじゃ……」


「うちじゃなくてオタクくんが食べるの。まぁ、うちもなんか食べるけど!」


「お、大食いだな……」


「絶賛育ち盛りだから! それに、うちはちょっとくらい太ってもかわいいし☆」


 かくして、夕飯を食べる場所を探すことになった。



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