第4話 謎のオッサン
「ったく、うるせえな。なんの騒ぎだ?」
野太い声が聞こえ、見ればオッサンがひとり、こちらに歩いてきていた。
中肉中背。年齢は40代半ばといったところだが、意外と腹は出ていない。
どこにでもいるやさぐれたオッサンといった風貌だが、継ぎはぎだらけの茶色いマントを羽織っているところが〈この世界〉の住人であることをうかがわせた。
というか……普通に言葉が通じるんだな。
〈この世界〉の公用語が日本語だとは思えないので、なんらかの不思議な力が作用した結果なのだろう。おれは無理やりそう理解した。
しかしこのオッサン、いったい何者なんだろう。見たところ敵意は感じられないものの、かといって歓迎している雰囲気でもない。
おれは涙を拭いて、ひとまず静観することにした。
すると、ギャル美が一歩前に出た。
「ねえ、そこのおじさん。傷薬とか持ってない?」
「あぁ?」
「オタクくん……うちの連れが怪我しちゃって、ガチでヤバいから」
異世界の人間に言葉が通じることを不思議とも思わず、さらに初対面のオッサンに屈託もなく話しかけるギャル美。さすがはギャルだ。適応力が半端じゃない。
「んなもん持ってねえよ――って……」
はたとオッサンが立ち止まった。
「そのスライムの群れ、おまえらが倒したのか?」
「うん。うちがこの、いい感じの棒で!」
誇らしげに棒を掲げるギャル美。
「そんな棒きれで、こんだけの数をか……」
オッサンは驚いたように目を丸くしていたが、やがて声を低くして言った。
「おまえら、冒険者か?」
「へ?」
「冒険者かって訊いてんだよ」
「ぼーけんしゃ?」
ギャル美が首をかしげる。
「なんだ、同業者じゃねえのか……。ふぅ、ならちょうどいいや」
オッサンはどこか安心したように目を細めると、ギャル美のそばに歩み寄ってしゃがみ込んだ。
「ちょ、パンツ見ないでよ?」
「見ねえよ」
オッサンはスライムの残骸だらけの地面からなにかを拾い、麻袋に放り込んだ。
「な、なにしてるんだ……?」
おれが勇気を出して訊くと、オッサンは退屈そうに答えた。
「見りゃわかんだろ? スライムの“核”を拾ってんだよ」
「“カク”? なにそれ?」
ギャル美が尋ねると、オッサンは呆れたような顔をした。
「そんなことも知らねえで、よくこんだけの数のスライムを倒せたな……。“核”ってのはこれだ。スライムの中心にある心臓みてえなモンだよ」
そう言ってオッサンが拾ってみせたそれは、大きめの電球が割れたものに似ていた。白みがかった透明の球体で、ガラスのような質感が見てとれる。
なるほど、とおれは理解した。この世界のスライムは体内に“核”と呼ばれるエネルギー源を持っており、それを破壊されるか傷つけられるかすると死にいたるらしい。
「あー、その玉みたいなやつね。なんか、これ弱点っぽくね? って思って、そこばっか狙って攻撃してみたんだよね☆」
平然と言うギャル美に、おれは若干引いていた。
敵の弱点を直感で掴む眼力に、それを細い棒で確実に仕留める腕前……。
やはりギャル美の戦闘センスは非凡であると言わざるを得ないだろう。
「そんで? その“カク”? っていうのを集めてどうするの?」
「んなもん、冒険者ギルドに持っていって討伐報酬を受け取るに決まって――」
そう言いかけたオッサンは、しまったというふうに口をつぐんだ。
「とーばつほーしゅう?」
ギャル美にはなんのことだかわからないようだ。
だが、おれは頭にかっと血が上るのを感じた。
このオッサンは、ギャル美がスライムの群れを倒してあげた手柄を横取りしようとしているのだ。
「おいオッサン、スライムはギャル美――こいつが倒したんだ。報酬もギャル美のものに決まってんだろ」
おれは低い声で言う。
「ば、馬鹿なこと言ってんじゃねえ! この依頼は俺が受けたんだ! 報酬も俺のもんに決まってんだろ!」
「でも実際に討伐したのはギャル美だ。手柄は当然ギャル美のものだろ」
「な、なにおう~!」
オッサンとのにらみ合いになる。普段ならすくみあがってしまっていたかもしれないが、いまの俺は怒りが恐怖に勝っていた。ギャル美の頑張りの成果を、どこの誰とも知れないオッサンに横取りされるのは許せない。
「まーまーふたりとも。ケンカはそのくらいにして、仲良くしよ?」
ギャル美が間に割り込んできた。
「で、でも、報酬は本来なら全部ギャル美に受け取る権利があるはずで……」
「でも、そのこともこのおじさんが教えてくれなければわかんなかったじゃん?」
ギャル美はそう言うとオッサンの方を向いた。
「だから、報酬? の半分はおじさんにあげるね」
「は、半分だと?」
「うん。で、残りの半分はうちらがもらっていい?」
「な、なんでお前らなんかに……」
「だっておじさん、うちらのおかげでスライム倒す手間が省けたじゃん?」
「そりゃあ、まぁそうだが……」
オッサンは迷っているようだ。いいぞギャル美、あと一押しだ。
「ね? ケンカするより、仲良くした方がお互い良くない?」
「仲良く、か……」
オッサンはおれとギャル美を交互に見た。“こいつらと仲良くすることでなにか得があるだろうか”と値踏みするかのように。
そんなオッサンの心情を見透かしたかのように、
「てかさ、うちみたいな可愛い子と仲良くなれるってめっちゃ得じゃない? こんなチャンス、めったにないよ?」
にっこりと白い歯を見せてギャル美が笑う。
「……チッ、しょうがねえな」
ギャル美の胸元に視線を向けていたのが若干不快だったが、オッサンはようやく了承した。
かくしておれたちは、ギャル美のコミュ力のおかげで、この世界で生きていくのに必要となる資金を手に入れたのである。
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