第7話 あの日『最弱⁉︎師弟対決‼︎』

「トウカは・・・貴様の、婚約者であるか?」


「・・・はぁ?」


 予想だにしない質問に、思わず声が裏返ってしまった。

 しかしながら彼の透き通ったまなこに映るのは真剣の二文字。要するにコイツ、本気マジだ。


 暫しの沈黙が続き、痺れを切らしたのか国王は追い討ちをかける。


「・・・さあ、どうなんだ?」


「え、ああ。えーと、俺と燈和が婚約してるかどうかってこと?」


「左様」


「いや、してないよ。そもそも俺たちにはまだ無縁の話だし」


「無縁?婚約が、か?」


「うん。俺たちの居た世界では結婚て確か20歳くらいじゃないと出来ないんだよ。なんなら20歳でも早いほうだと思うし、ここにきた時は俺たち15だったし」


 流石は自分の興味のあること以外に知見が無いで定評な男である。実際、日本では18歳から婚約は認められているが、そんなこと知っている訳も無く。国王もその曖昧な言い回しが気になったらしい。


「ええい、婚約してないのは分かった!・・・では20になれば結婚したいという気も無かったということで良いな⁉︎」


「うん」


「ふむ・・・なら良い」


「え、燈和のこと好きなの?」


「んぉおっとーッ⁉︎・・・き、貴様かなりの無神経さよの。余でなければ死んでいたぞ」


 無論、死にはしないが氷戈が無神経なのも無論の極みである。

 氷戈は悪気なく疑問符を浮かべる。


「?」


「首を傾げるな阿呆!余が一人で盛り上がっているみたいではないか⁉︎」


「・・・」

 -みたい、じゃなくてそうなんじゃあ?-


 流石に空気を読んで口にはしないが、何ともまあ騒がしい王様だ。


 王様は深呼吸をし調子を整えると、話を戻す。


「・・・そうだ。余はフレイラルダ=フラデリカに恋をした。一目惚れであった。あの戦場で激しく燃え盛る炎の中、凛と立たずまう姿、表情に」


「おいおい王様。そりゃ人違いだって」


「何?」


「燈和を表すときに『凛と立たずまう』なんて副詞は使わないんだぜ・・・ん?形容詞か?」


「何を訳の分からんことをブツブツと。・・・いや、しかし次の論点は正しくそこである」


「どゆこと?」


「貴様の知るトウカなる者と、現在の彼女『フレイラルダ=フラデリカ』とでは全くの別物であるということだ」


 その言葉で氷戈はこの世界に来て間も無くの事であった『あの日』を思い出した。 野崎 燈和に、いや、フレイラルダ=フラデリカと出会ったあの日のことを。


 _____________________________

 今から約2年前...


「はてと、お次は...」

「はぁはぁ...」


 晴れ渡る空。生い茂る木々。その間を拭う気持ちの良い風。

 そんな典型的な森の中には2つの影があった。

 この世界に来て髪を青く染められてしまい、なぜか息を切らしている無連 氷戈と長髪でヒョロっちい長身の男、リグレッド・ホーウィングである。

 森の中とはいってもほんの十数メートル隣には『茈結しけつ』の拠点があり、ここは裏庭のようなものである。さて、なぜそのような場所に2人が居るかというと・・・


「ねぇ、なんでこんなところで特訓なのさ。表の方にだだっ広い平地があるでしょ」


 氷戈は今、リグレッドと2人でこぢんまりと『戦い』の基礎修行をしているのであった。しかし、どうにも森の中での修行が気に入らないらしく、ムスッとした表情で言った。


「アホ言え。あっちは今、自分よりめっさ強い連中がバチバチに修行しとるんやで?流れ弾で死ぬわ」


「いや、俺は大丈夫なんじゃ」


「ボクがアカンねん。それにな・・・」


 リグレッドはドガンッ!やバゴンッ!と音のする表の方を見ながら続けた。


「この世界で戦闘になるっちゅう時は大体がこないな場所や。慣れておくに越したことはないやろ」


「うーん、まあそうか」


 森は見たことのない虫がいたり動きずらかったりで嫌だったが流石に命には変えられないと思い、すんなりと納得した。


 氷戈がこの世界に来て1週間。未だ戦う術をほとんど持たない今、一人で出歩くことすらできないのである。

行方不明の幼馴染達を探すことなどもっての外である。故に茈結のリーダーであり、命の恩人でもあるリグレッドに戦闘を基本のキから教わっているわけなのだが、やはり幼馴染達の安否が気になって修行に身が入っていないのが現状だった。


 そんな状況を見かねたリグレッドはある提案をする。


「なぁ氷戈。ついさっきお友達の燈和ちゃんの特徴によぉ合った子が見つかったって連絡が入ってな・・・」


「なんだって!?燈和が!?どこに!」


 氷戈はまるで別人のように取り乱し、勢い良くリグレッドに聞き寄った。


「落ち着きや。まだ本人と決まった訳ちゃうで」


「だったら俺が直接確認しに行く!」


「・・・アカン」


「ッ!!なんでさ!?」


「・・・今はな」


「は?」


 全く話が読めない氷戈はキョトンとしてしまった。対しリグレッドはニヤっと笑い


「今からボクと真剣勝負して、勝てたらええで」

「ええ!?」


 氷戈はかなりオーバーに驚いたが、それもそのはず。この世界に来て1週間とはいうものの、基礎特訓をし始めたのは4日前だ。さらに1対1の真剣勝負などやるのは初めてだったからだ。


「安心せえ。初めてうた時に言うた通り、『茈結』じゃあボクはワースト張れるくらいに弱いねんやかましいわボケ」


「え、それって本当だったの?」


 確かにリグレッドは自分を助けてくれた時にそのようなことを言って自己紹介をしていたが、それはてっきり「本当は強い奴がカッコつけるために謙遜している、創作界隈でよく見るアレ」とばかり思っていた。


驚くほど自然にノリツッコミをスルーされたリグレッドは若干傷つきながらも、問う。


「・・・え?ボクが嘘つくように見えるん?」


「嘘というか、師匠みたいなキャラは強いって相場が決まって....」


「なんやキャラって?あと師匠ちゃうわ、弱いんやし。・・・まあええわ、やるん?やらへん?どっちや」


 氷戈は少し考えたが、答えは一つしかなかった。


「もちろん、やるよ。勝てば燈和に会えるんだ。万に一つでもチャンスがある方に賭けるさ」


「お?ええ意気や。・・・実際には百に一つってところやが」


「え?」


「いや、なんでもあらへん。ただの独り言や。・・・ほな、始めるで?」


 何事もなかったようにリグレッドは距離を取り、臨戦体制に入った。その姿、表情、構えはまるで歴戦の猛者そのものであった。


 ーー本当に、弱いのか...?ーー

 ・・・ゴクリ


 思わず固唾を飲む氷戈。しかし、もう後には引けなかった。

 氷戈も臨戦体制を取り、暫しの静寂が続いた。


 互いが互いを察したかのように、両者は同時に動き出す。

 リグレッドはその場で構えをとり、氷戈は少し大袈裟に後方へ移動し、ひとまず距離をとる。


「いくでぇ?智ノ段ちのだん炎法えんぽう点炎てんえん』!!」


 リグレッドは掌を空に向け、その上に拳大ほどの炎の玉を出現させてみせた。それをそのまま氷戈の方へ投球してみせた。


 氷戈へ一直線の火の玉は、それほど早くはないもののその距離はすでに5メートルを切った。

 しかし氷戈は避けるどころか、防御すらしようとしない。代わりに左の掌をその火球に見せるように突き出す。

 すぐに火球が氷戈の手に命中し火の粉が弾けるも、まるで氷戈を避けるように四散していった。


「・・・ふぅ」


「へっ!便利なもんやで、まったく。ほなこれならどやぁ!」


 火球を防ぎ安心したのも束の間、リグレッドは次の手に出た。

 大きく両手を広げて、唱える


義ノ段ぎのだん土法どほう岩纏いわまとい』!!」


 するとどこからともなく生成された人間の頭程の岩がリグレッドの周りを回り始めた。その数、10といったところか。リグレッドは自分の周りを衛星のように舞う岩を纏いながらこちらへ全力疾走を始めた。


「さて、今度はどう立ち回るんやぁ?氷戈!」


「・・・」


「な!?」


 対する氷戈も同じくリグレッドの方へ走り出した。迎え打つにしても氷戈がその場を動くことはないと思ったのか、リグレッドは驚いた表情を見せる。しかしすぐに表情を緩め


「確かに、ボクは弱いけど・・・まだ自分に体術で負けるつもりはあらへんでぇ!」


「・・・その考えの時点で」


「?・・・ッ⁉︎」


 初めは氷戈の発したセリフに疑問を抱いたリグレッドだったが、一瞬で別の感情へと移り変わった。


『恐怖』


 それが、リグレッドがたった唯一抱いた感情であった。

 氷戈の顔が、表情が、目が、まるで全てを凍てつかせるかのような『冷気』を帯びていたからである。


「ぬあっ!?」


 この、一瞬の揺らぎのせいか。

 リグレッドは自分の体制が大きく崩れていることに気づく。それと同時に、氷に厚く覆われた拳が自身の眼前に在ることに気づいた。しかしこの時点で


「・・・ゲームオーバーだ」


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