第6話 ふりだし

 大きくひらけた平地に2つの影が、けたたましい声と共に素早く動き回っている。少し離れたところには大きな建物があり、側から見ればこの平地はまるで校庭のようである。しかしその大きな建物は学校でもなければ、体育の授業が行われている訳でもなかった。


「さア、ヒョウカくン?まだマだこんなもンじゃあないでしょウ?」

「はぁはぁ・・・」


 ーーここに来て、どれくらいが経つだろう?ーー

 ふと、そう思う時がある。


「・・・くっ!うおりゃあっ!」

「ウん、そのチョウしだネ!」


 ーー俺は、強くなれているのだろうか?ーー

 ふと、自分に問いかける。


「だぁ!こんにゃろっ!」

「ほア?コンニャク?」


 ーーまた、昔みたいにーー

 ふと、気付く。


 目の前の、拳に。


「あっ・・・フグっ!?」

「オう・・・」


 氷戈はノーガードで顔面パンチをくらい、少し吹っ飛んで尻餅をついた。そしてそのパンチを放った大柄な男は呆然と立ち尽くす。

 すると建物のある方から別の男の声が聞こえた。


「フィズに氷戈、自分らぁそこまでにしときぃ」


「うン?もうソんな時間カい、リグ?」


「もぉ昼なんてとうに過ぎとるで。ってあんれ、氷戈のやつどないしたん?」


「おオ、そうだった!申シ訳なカった、このトおり!」


 そうしてフィズと呼ばれた大柄で筋肉質な男は礼儀正しく頭を下げる。


「いやいや、やめてって。元はといえば俺がボーッとしてたのが悪いんだから」


「なんやぁ氷戈。稽古中によそ見しとったんか?」


 このエセだかマジだか分からない関西弁を喋る『リグ』と呼ばれた男は「おー痛そ」と言わんばかりにニマニマとした顔でこちらへ歩いてきた。


「うっせ、普段のあんたよりはマシだろ」


「ひっどいわぁ。うたばかりの時はもっと可愛げがあったんやけどなぁ」


「・・・」


 氷戈はムスッとしながらも、この『リグレッド・ホーウィング』と出会った時のことを思い出していた。

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「いつまでも同じ場所にいてくれるなんて、なってないねぇ!さあ、ケージアップ!」

「はしゃいでないで、さっさと対象を回収しやがりますよ。ジェイラさん」

「そこまでや。期待のニューフェイス殺してもーたら自分らも怒られるんちゃうん?」

「いえ、8割型間違っていないかと」

「コンぐラッチュレーショん!」

「ふむ、私を圧倒する存在か・・・」

「この俺が、『最強』だ」

 ________________________


「__い。おーい、氷戈?」


「・・・ん?ああ」


「なんや、ボーッとして。・・・さしづめボクらが出会うた時のことでも考えとったってところか」


「ったく。なんでそんな察しがいいのさ」


「まア、そレがリグ唯一の取リ柄だカラな!」


「じゃかしぃわ、お歌も上手やわ。・・・んな事どーでも良くてなあ」


 リグレッドは非常に早いツッコミをかましつつも、話を本題へ移した。


「ついに決まったで。対フラミュー=デリッツ防衛作戦とフレイラルダ=フラデリカ殺害計画の詳細が」


「・・・そう」


 『フレイラルダ=フラデリカ』。それがこの世界での野崎 燈和の名前である。

 彼女は現在、フラミュー=デリッツという小国の焔騎士として目覚ましい活躍をしていると聞く。

 とはいえ、彼女にはもう2年近く会っていないのだが。


 氷戈が神妙な顔で考え込んでしまったのを横目にフィズは明るい声で


「オお!とうとうカ・・・というコとは午後は講堂デの総員会議カ!」


「せや、任務に行っとる奴ら全員戻ってきたら開始や。2日前から伝えとるから集まると思うんやけどなぁ」


「遅刻常習犯ガ既に現場に居ルのは大きイな!ハハっ!」


「せやから一言多いねん」


「はハっ!ヒョウカくんも今まデの修行の成果、存分に発揮でキルな!」


「・・・ああ、全部この時のためにやってきたんだ。絶対に取り戻してみせる」


 いつにもなく意気込む氷戈の様子を見て目を丸くする2人。それだけ氷戈が真剣であり、今回の作戦を重要と考えているということなのだろう。

 これを悟ったリグレッドは案ずるように


「せやからはよメシ済ませときぃ。多分今回の話し合いは長なるで」


「おう、分かった」


 こうして男3人組は大きな建物の方へ歩いていくのだった。


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介戦組織『茈結』入り口にて_


「おおー」


 建物の中に入ると普段では見られないほどの人数がホールに集まっていた。

 氷戈もこの組織『茈結しけつ』に属して2年近くが経過し、殆どのメンバーの顔を知っているものだと思っていたが、初対面の人間もちらほらと伺えた。


 そうしてホールを通過し、食堂へ向かおうとした氷戈達一行に気づくなりほぼ全員が声をかけてくるのである。否、『氷戈達』というよりは『リグレッド達』のほうが適切か。


「おう、リグにフィズ!元気だったか?えっと、そっちの青い坊主は?とにかく宜しくな!」

「ご無沙汰です、リグレッドさん!1年ぶりですか!?」

「ちょっとリグレッド、後で面貸しなさい!この前の任務では良くもだましたわね⁉︎」

「ホーウィングにフィッツバーグか、久しいな。・・・変わり無いようで何よりだ」


 相も変わらずコミュ力お化けといったところか。フィズは持ち前の性格とノリの良さで人気があるのは分かるが、リグレッドはそれ以上に声をかけられ、そのひとつ一つに「おう、久しゅうな!」だの「ほな後でな!」と一言返答する形で対応している。

 さすがは変人集団『茈結』を取りまとめるリーダーなだけはあると、氷戈は改めて感心する。

 因みに『茈結』とは


 そうこうしているうちに一行は食堂への入り口にたどり着いた。

 ここでリグレッドが口をひらく。


「ほなボクはここまで」


「うン?リグはモう済まセたノかい?」


「昼は食べへん主義でなぁ、最近は。やることあるし」


「んー、君ガ良いナら良いンダが・・・」


「お気遣いおおきに。ほなまた後で〜」


 そう言ってリグレッドは来た道を折り返し、玄関の方へと姿を消した。

 2人になった氷戈達は


「『おおきに』ってドういウ意味だい?」

「ん?『ありがとう』ってことだね」

「ふむフむ。・・・ヒョウカくん、教えてクれテおおきに!」

「あーっと、ね。・・・フィズは使わないほうがいいよ、ホントに」


 と他愛もない会話をしながら空いている席へと座った。


 他にも、色々な話をしているとまもなく茈結専属のシェフと共に食事がやってきた。


「おい!テメェらおせえわ。メシが冷めちまっただろうが!アア!?」


 シェフとあろうものがヤンキーのように捲し立ててくる場面もそう見ない。茈結ここ以外では。

 とはいえ、いつものことなので手慣れたようにフィズが対応する。


「いヤはや、クラウくンの料理は冷めテテも絶品だかラな!恐レ入る」


「んなっ・・・。チッ!次からは早くきやがれってんだバカ・・・」


 クラウと呼ばれた青年のシェフはそう言い、食事をテーブルへ置くとそそくさとキッチンの方へと引っ込んでしまった。


「情緒どうなってんだ、あれ」


「ハは!なぁに、可愛いじゃナいカ」


 -男のツンデレって需要あるんかな?-

 とは思ったものの口にはしなかった。


 正午を大幅に過ぎていたからか2人は黙々と食事にがっつくのであった。無論、クラウの作る食事が非常に美味というものあるのだが。


「モグモグ・・・いやはや、奴の料理は実に美味だ!王族専属のシェフとして雇いたいものだなガハハ!」


「ッ!?ウップ・・・ゲホゲホッ!」


 2人の座るテーブルには4席あり、そのうちの2席にそれぞれ氷戈とフィズが斜めに向かい合って座っている訳なのだが、いつの間にか氷戈の真隣に見覚えのない男が座っているではないか。

 驚いた氷戈は食事を喉に詰まらせ咽ぶとその男は即座にハンカチを取り出して渡してくれた。


「突然悪かったな、使うが良い」


「ケホッケホッ、ああ、どうも・・・」


 フキフキ・・・


「フキフキ・・・じゃナくって!何でこンなとコロにウィスタリア国王ガ!?」


「ふんっ!・・・少し、話があってな?」


 綺麗な紫色の髪をストレートに長く伸ばした大柄で強面の男、一言で表すならば『魔王』か。

 今までに遠目から何回か見てことがある程度だったため、氷戈は直ぐに隣の国の王様だということには気づけなかった。が、すぐに納得しフキフキを続けた。


 ウィスタリア国。

 この世界における七大国のうちの一つであり、『茈結』の財政的なサポートを担ってくれているらしい。逆にウチは軍事力を提供しているだとか。

 氷戈は自分に興味のないことには全くの無頓着なため、そこら辺が曖昧である。大国の王が真隣にいるのに何の反応も示さず、ただただフキフキを続けるのには流石のフィズもドン引きするのであった。


 しかしそんな大層な人間が話だなんてどんな要件なんだろう?と気になり氷戈は聞き耳を立てた。


 フキフキ・・・


「・・・」


 フキフキ・・・


「・・・」


 フキフキ・・・チラッ・・・

「ッ⁉︎」


 いつまで経っても話が進まないので隣にいる国王をチラ見すると、その国王は自分のことを笑顔でガン見しているではないか。

 流石に驚いた氷戈は恐る恐る


「えと・・・話は?」


「うん?拭き終わったか?」


「あ、うん」


「では話を聞こう」


「え、俺?・・・ど、どうぞ」


 国王がわざわざ出向いて話というので、てっきり名の知れ渡った実力者であるフィズと話すと思っていたが、どうにも違ったらしく驚いた。


「フレイラルダ=フラデリカ、否、真にはトウカと言ったか?」


「燈和!?燈和が何だって!?」


「おーイ!ほレ落ち着イて」


 珍しく声を荒げ、体を前に乗り出した氷戈を机越しに必死に止めるフィズ。そんな状況にも関わらず国王は「ほぉ?」と不敵な笑みを浮かべた。しかし直ぐに真剣な眼差しとなり、続けた。


「フレイラルダ=フラデリカとなる前の彼女、トウカは・・・」


「燈和は・・・?」


 ゴクリ・・・


「・・・貴様の、婚約者であるか?」


「・・・はぁ?」


 時間と緊張を返して欲しかった。


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