第10話 断たれる正和の短い生涯

「警察?親父にかわってよ」


正和に携帯で親に金の無心の電話をさせ、その携帯の裏側に耳を当てて会話の内容を傍受していた萩原はその「警察」というワードを耳にしたとたん血相を変えた。


「切れ!電話切れ!」と電話の相手に聞こえないような小声で正和に指示して切らせると、「やべー!やべえぞ!」と騒ぎ出す。

これまで自分で手を下すことなく梅沢と村上にリンチをさせるなどして大物ぶってきたが、警察が動いていることを知ったとたん本来の小物ぶりをさらしたのだ。


「栃木にいるのやべーよ!おい、シャワー室に残ってるヒロヒトの血ィ拭き取れ。ここ出るべ!」と指示を出して午後6時前にホテルをチェックアウトしたが、自身は某組織の組員に会いに行くとして別行動をとって、その他の者は夜遅く再び同ホテルにチェックインする。

そしてこの晩、梅沢と村上は正和に最悪の残虐行為を行う。


熱湯コマーシャルをやった後、梅沢は火傷で皮がむけた正和の体を靴ベラで百発以上叩いた上に村上はポットで湯を沸かし、梅沢がそれをコップに入れて正和にかけたのだ。


「やめてください!あつい!!やめ…あっつういいい~!!!」


リンチはポットのお湯がなくなると再び沸かして再開され、それは四回にもおよび、ただでさえ広範囲に広がった火傷を余計悪化させ、正和の皮膚はささくれ立ったようになっていたという。

しかも信じられないことに、この最凶リンチは翌日12月1日朝に萩原がホテルに姿を見せて正和の惨状を目にするなり「オレにも昨日オメーらがやったやつ見せろよ」と言ったために再び行われたのだ。

この時点で正和の顔はこれまで殴られ続けたために完全に変形しており、熱湯コマーシャルなどによって負わされた第三度の火傷は全身の約80%に及んでいた。

いつ死んでもおかしくない状態だったのだ。

こんな無残な姿にした上に、なおかつ熱湯をかけることができる三人はサイコパスだったとしか思えない。


そしてこのサイコパスどもは警察にこれまでの行為が知られたら確実に実刑を受けることを予想していた。

しかも同日夕方、村上は西山と正和を乗せて自分の車を運転していた時にバイクに当て逃げ事故を起こしてしまい、それを聞いた萩原は余計警察の注意を引くであろうと確信。

何度か捕まって留置所に入れられたことのある萩原は逮捕された後いかに嫌な思いをしたか骨身にしみていた。

ましてや実刑となったら…。


この日の午後11時、一行は萩原と村上の車に分乗して鬼怒川の河川敷に到着、萩原は自分の車の中で今後について自分の考えを話す。

それは正和の殺害だ。


「帰しちまったらぜってー捕まるべ、殺っちまおう。どうだ?」

「うーん。オレどうすりゃいいかわかんねえよ」

「はっきりしろよテメー。まあいい、明日までに決めとけ」


萩原はこの日、自分だけ自宅に帰り、残りの四人は村上の車の中で寝た。

正和の親から巻き上げた金を使い果たしていたためにホテルに泊まれなかったからだ。


12月2日午前8時、萩原は河川敷に戻ってきて再び正和殺害の謀議が始まった。

今度は梅沢に加えて村上も交えた三人の話合いだ。


「で、どうするか腹くくったのかよ」

「うーん…どうしようか」

「あのな!テメーら捕まったことねえからわかんねんだよ!今回みてえなコトして捕まったら長えこと中入んなきゃなんねえかんな!女とも会えねえぞ!いいのかよ!?」

「いや!オレも捕まりたくねえ!やっぱ殺しちまおう」

「村上は?どうすんだよ?決めろよ」

「やっちまおう。生かしといたらやべえ」


正和の運命はこのように短絡的に決まった。

殺して捕まったらもっとヤバいことになるのがなぜわからないのか?


その後殺害方法は絞殺とし、死体は芳賀郡の山林に埋めることが決められた。

午前11時に一行は二台の車に分乗して河川敷を出発し、途中正和の最後の給料を足利銀行から降ろすと、その金を使ってホームセンターでセメント、砂、スコップなどの物品を購入。

掘った穴にセメントを流し込むつもりなのだ。


午後2時、死体遺棄現場として目星をつけていた栃木県芳賀郡市貝町の山林に着いた。

萩原は乗って来た車を駐車して、梅沢と徒歩で村上の車を先導して山林に入って行く山道に入った。

が、ここは完全に人里離れた場所というわけではなく、近くに駅はあるしゴルフ場もある。

時間的にも人が来てもおかしくなく、彼らが入って行った山道はハイキングコースにもなっていた。

なのに萩原は「ここでやるべ」と命令した。


村上の車からスコップを出して山道から右の斜面に降り、梅沢と二人で穴を掘り始める。

ある程度掘り終わった後、村上の車からそれを見つめる正和に「あの穴に車埋めんだよ」と言ったが、正和はそこに埋められるのが自分だと分かっていた。

「生きたまま埋めるのかな。残酷だな」とつぶやき、同乗していた西山に「悪いけど、セブンスターください」と言ったという(正和は未成年だったが、高校卒業後に喫煙を始める者はこの当時珍しくない)。

その時外から萩原が「オイ西山、セメント運べ」と指図してきたので西山はセブンスターを正和にやることなくに外へ出た。


「どれくらい運べばいいんすか!?」とやや大きい声で聞いたら、代わって穴を掘っていた村上に「声でけえよ」とキレられる。

穴を掘る者、セメントをこねる者、これから人を殺すことに誰もがピリピリし始めていた。


四十分後、全ての準備が完了する。


「チャッチャとやってこい」


藤原が梅沢と村上に命令し、自分は車に乗り込む。

梅沢は正和を車から降ろし、全裸になって座るよう命令。

「西山、テメーも車で待ってろ」と年少の西山も車に戻した。

この期におよんでも無抵抗な正和の首に、梅沢の私物のネクタイが巻き付けられる。

そしてそのネクタイの両方を梅沢と村上は力をこめて引っ張った。


「うぅぅうううぅうう~がはぁああぁぁあげぇぇ~」


断末魔の声を上げて苦しむ正和。

ガタイはデカいが肝っ玉が実は小さい村上は目をつぶって引っ張っていたが、その声にひるんで手を離してしまった。

正和はうめき、「げぼぼっ」と血を吐き失禁。

もう一回やり直しだ。


その声は車内にも聞こえており、萩原はカーステレオで音楽をかけ始めた。

この冷血漢にもその苦しむ声は耐えられないものであり、西山に「あいつらやべーよ。ああいうのオレはダメだ」と言っていたくらいである。


「もういいんじゃね?やべーよ」

「根性ねえなオメーよ!」


村上はひるんでまた手を放してしまったため、結局梅沢が一人で絞め続ける羽目になる。

さらに30秒ほど絞め続けたら、苦しみ痙攣していた正和は動かなくなった。


正和は死んだ。

あまりにも善良過ぎたために目をつけられ、苦しめられた末に殺されてしまった。

たった19年の人生だった。

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