第9話 石橋署の許しがたい天然ボケ
日産から息子の退職願提出をしょっちゅう求められていた両親は11月24日にかかって来た正和からの金の無心の電話に対して「金を振り込むから退職願いを書いて出しなさい」と命じていた。
その前には正和の寮に行って、家財道具を運び出している。
自分の意志ではないとはいえ、二か月近く職場に顔を見せていない息子が復帰できる見込みはないし、これ以上日産に迷惑はかけられないという意識がこの時にはあったのだ。
そして、この頃になると正和に金を貸した人間からの相談が須藤家に連続して来るようになり、両親はその返済のための金策にも追われるようになる。
連れ回されている正和が言わされているであろう金の無心の電話もこのころは集中的に来るようになっており、両親は追い詰められていた。
両親はとにかく息子の居所を知ろうと金を振り込んでいる足利銀行に協力を要請する。
事情を話して、振り込んだ金がどこで下ろされているか教えて欲しいと頼んだのだ。
すると25日、栃木から遠く離れた東京丸の内の足利銀行東京支店から金が下ろされたという報告が入った。
しかも知らせてくれた同行の支店長によると、四人の男と共にやって来て窓口で金を受け取った人物はフードを深くかぶっていたが、顔に明らかに分かるほどの火傷を負っているという。
そしてそれら一連の様子は監視カメラに収められているとも話した。
四人の男?顔に火傷?
三人だと思っていた犯人が一人増えているし、正和と思われる人物は顔に火傷まで負わされているとは!
足利銀行の支店長は警察への通報を勧め、いざとなったら監視カメラの映像も提供するとも言ってくれた。
「今度こそ動いてくれるだろう」と信じて両親は石橋署に電話したが、「その車の持ち主の村上の親が捜索願を出したら、刑事事件になあるかもしれないと思うけどな」などとボケた返答しかしてくれない。
警察を頼りにできない両親は独力での解決を強いられたため、車のナンバーによって知った村上の家の電話番号にまず電話をかけ、これまでのことを話した結果、村上の親たちと会うことになった。
同時に梅沢の母親にも電話して11月30日に宇都宮市内のファミリーレストランで会合を開くことが決定した。
30日午後1時、正和の両親は梅沢の母親とその叔父(梅沢は母子家庭)、村上の両親にこれまでの経緯を説明して事情を聞いた。
すると、梅沢の親も村上の親も息子たちの行方が分からず困っており、管轄の宇都宮東署に捜索願を出したが受け付けてもらえなかったことを知る。
そして何より、ここで正和を連れ回している第三の男の名が萩原であることが分かった。
梅沢の親も村上の親もこの萩原に金を巻き上げられていると主張しており、この時点では同じ被害者側のような顔をしていたようだ。
とりあえず三家の親たちは合同で宇都宮東署に改めて相談に行ったが、ここも石橋署同様やる気がなく、「その正和さんの捜索願を出した石橋署に行けばいいでしょ」とつれない。
仕方なしに一行は石橋署に向かうことになった。
「何だよ須藤さん。こんなにいっぱい人連れてきて。何の用だよ?」
石橋署生活安全課のいつもの非協力的なムカつく刑事である。
父親の光男は彼らは息子を連れ回しているとみられる人間の親たちであり、足利銀行の防犯カメラに映る息子の正和は顔に火傷まで負わされていることなどを訴えて捜査を懇願したが、対応はあいかわらず冷ややかなままだ。
その時、光男の携帯に着信があった。
正和からであり、要件はいつものとおり金の無心。
電話の中で正和は精気のない声で「電車賃だけでも振り込んで欲しい」と懇願した。
またか…いつまで続くんだ。
「そんな金あるわけないだろ」「電車賃がないと帰れないじゃん!」「だから迎えに行ってやるから」となどと泣き始めたらしい正和と押し問答を始めた光男だったが、それら一連の会話をいぶかしげに見つめるくだんの刑事を前にひらめくものがあった。
ムカつく奴だが、腐っても刑事だからこういう場合は頼りになるはずだ。
「ちょっと待ってろ。ここに父さんの友達がいるから、その人と話してみろ」と刑事に携帯を渡す。
刑事は一応聞いていたらしく、それにうなずいて受け取って代わりに電話に出た。
「もしもし、須藤か。今どこだ?早く帰ってこなきゃダメじゃないか。みんな心配してるぞ。え?ナニ?」
こいつは腐っても刑事でいかにもこういうことに慣れたような口調だったが、刑事としては腐りきっていた。
「誰だ?だって?石橋だ。石橋署の警察官だ…あれ、切れちゃったよ」
信じられない、唖然とした。
正和は監禁されている可能性が高いのに、「友達」とわざわざ言ったのに、警察に知らせていることを刑事自ら犯人たちに知らせてしまったのだ。
これでは正和がどうなるか分からないではないか!
許しがたい天然ボケである。
「…とにかく村上の車の手配はしましょう」
ボンクラ刑事はバツが悪くなったのか、それまでとは一転して協力する姿勢を示すようになった。
しかし、遅すぎであった。
この天然ボケは業務上過失致死ばりに罪深いものとなる。
これで警察に知られたことを萩原の方は悟り、正和の口封じを決意することになるからだ。
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