第8話 第四の犯人の出現

10月27日に正和は同級生である岡田から借りた金を返しに来たが、11月2日の午後8時ごろにまた来て、今度は金を借してほしいと頼んできた。

しかし今回は正和の父親である光男に頼まれていたとおり、岡田はきっぱり断っている。

その際、乗せられていた車のナンバーを控えることに成功し、岡田の父親は光男にそれを伝えた。


大きな前進であったが、岡本は正和の顔に前回にはなかった傷があったと証言しており、右手に包帯を巻いていた件も合わせて暴行を加えられている可能性が多いに考えられた。


11月3日、控えたナンバーを石橋署の生活安全課に伝え、手にやけどを負っていたことや顔に傷があったことから事件性が高いとして捜査を依頼したが、返答は相変わらず例のむかつく決まり文句である「警察は事件にならないと動けないんだよ」。

そうは言っても、ナンバーから車の持ち主は村上博紀であることは分かり、その住所も割り出してくれた。

両親は息子を連れ回しているグループが三人であり、そのうちの一人は梅沢であるらしいことをすでにつかんでいたが、これで村上の存在も知ったことになる。


光男は翌日教えられた住所に行ってみたが、くだんのナンバーの車はなかった。

近所で村上博紀について聞いてみたら、甘やかされて育った悪ガキで、名門校を暴走族に入っていたことが原因で退学になったりしたこと、悪そうな連中とつるんでおり、いつも夜遅く帰ってくることなどの情報を得る。

だが、まだ萩原の存在には行きついていない。


そもそもここまでしなければならないのは石橋署が信じられないくらい非協力的だからである。

そして正和の職場である日産も話にならなかった。

梅沢が絡んでいることは知っていたのに、まんまと梅沢の見え透いたウソを鵜吞みにして正和を悪者にし、両親には息子に退職届を出させるよう迫る始末。


その間にも正和は犯人グループに苛まれ続け、体の傷はますます目も当てられないほどになっていた。

普段から面白半分に暴行・凌辱していたが、友人知人から思うように金を借りれなかった時は当たり前のように制裁として殴る蹴るや熱湯コマーシャルのお仕置きをしていたのである。

また、正和の両親に金の無心の電話をした場合に下手なことを言ってしまったり、両親が思うような対応をしなかった場合は腹いせの暴行を食らうこともあったようだ。


11月中旬より須藤家からしか金を引っ張れないと萩原は判断したらしく、正和から連続して数十万単位の金を無心する電話がかかってくるようになる。

光男が「金は直接渡す」と言っても正和は「振り込みじゃなきゃダメだ」と言い張った。

「振り込めば帰れる」とは言うが、またほどなくして「また別の人から30万円借りてる」とか「最後のお願いだから」などと無心の電話が来る。

また、その口調はだんだん荒れてきたり、泣き叫ぶような哀願調だったりもしたことから分かるとおり、地獄のような暴行で精神的にかなり追い詰められていたのであろう。

須藤家もしかりで、いつかかってくるか分からない金の無心の電話に疲れるあまり電話のコードを抜いていたこともあった。


一方、正和を虐待しながら連れ回して東京まで来ていた三人の犯行グループに11月20日ごろから第四の人物が加わる。

それは東京都在住の西山啓二(仮名・16歳)という高校生だが学校に行かずにブラブラしていた男だ。

渋谷で開かれたあるイベントで萩原と知り合い、26日からは一行が宿泊していたビジネスホテルにも泊まり、本格的にグループと行動を共にするようになった。


西山は萩原たちと行動を共にするようになってすぐ、一味の中におかしいのが一人いることに気づく。

ずっとフードを深くかぶっているが、明らかに分かるほど顔が変形しており、火傷なのか変色してただれている奴だ。

ホテルに泊まる前に自分も含めた5人で銀行に行った時、窓口で札束を受け取ったそいつはその金を萩原に渡していた。


コイツは一体何なんだ?あの顔は何をされたんだ?

「ヒロヒト」とか呼ばれてるみたいだけど、この面子の中の立ち位置はどうなってんだ?


それは26日に萩原の泊まるホテルに自分も泊まってから思い知らされる。

「熱湯コマーシャルだ」とか言って、梅沢と村上がその「ヒロヒト」と呼ばれている男の服を脱がせると、ヒロヒトは体中火傷か何かでただれて化膿すらしていたのに仰天した。

なお信じられないことに、そんな重傷以外の何者でもないヒロヒトを無理やり浴室に連れ込んで最高温度にしたシャワーをかけるのだ。

浴室からはこの世のものとは思えないほど悲痛な叫び声がこだまし、やっと解放されて湯気を出しながらシャワー室から出てきたヒロヒトを梅沢と村上は殴るわ蹴るわ。

火傷で負った水泡がつぶれて血や体液が飛び散る。


大物ぶった萩原は手を出さず、そのおぞましい様子をウィスキーの入ったグラス片手にショーを鑑賞するように眺めている。

西山は思わず尋ねた。


「あれは何なんすか?あのヒト何であんな目にあってんすか?」

「あの須藤って奴はよ、俺らに不義理働きやがったからしつけてんだ。俺はあそこまでやれって言ってねえけどな」


そう言いながらも藤原はそのリンチを明らかに楽しんで観ていた。

実際に手を下している梅沢も村上も、体のあちこちから血膿を出して目をそむけたくなるような有様になった正和へのリンチを楽しそうに張り切ってやっている。

もはや人間のやることではない。


この西山は萩原のような冷血漢に気に入られてはいたが、まだ彼らほど墜ちてはいなかった。

「こりゃ、やりすぎじゃねえのか」と内心見ていられなかったのだ。

彼はグレてはいても、まだ人としての良心を備えていたのである。


だが、良心があっても行動に移す勇気はなく、この時点での西山はまさに「義を見てせざるは勇なきなり」の状態だった。

彼が勇気を発揮してようやく行動に出るのは、事件が取り返しがつかなくなってからとなる。

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