第6話 両親に冷たい警察と日産

10月5日午前、正和の両親である須藤光男・洋子夫妻は日産の社員寮にやって来た。

もしかしたら息子がいるかもしれないと考えたからだったが、やはり姿が見えない。

携帯電話にも電話をかけてもみたが留守番電話のままだ。


だが、午前10時ごろ父親・光男の携帯電話に正和から着信が来た。


「おい正和か、今どこにいるんだよ?」

「今、宇都宮の先輩の家にいる」

「父さん聞いたぞ。なんで会社をウソついて休んでるんだ?」

「…」


正和は理由を答えないので、先輩の家にいるならば代わりにその「先輩」を電話に出すように要求。

電話に出た「先輩」に父親は「先輩ならば後輩が理由もなく会社を休んでいたら、出るように説得すべきではないですか」と注意した。


「申し訳ないです。今、ケガで休んでまして、話し相手が欲しかったので須藤君を誘ってしまいました。明日からは出勤するように伝えます」

「お願いしますよ。あと、正和に代わってください。…あ、正和か。もう社会人なんだからちゃんと上司の人に連絡して、会社に行くんだぞ。それと、父さんと母さん、今寮に来てるから、寮に来なさい」

「…今すぐは無理だよ。仕事にはちゃんと行くから、先に帰ってよ。そうじゃないと会社に戻れないから」

「何でだよ?」


理由も話さず、なぜかかたくなで訴えるような言い方だったが、この時両親は息子の言葉を信じて帰宅した。


そしてこの「先輩」とは梅沢のことであり、そのことは翌日に日産の総務課から聞かされて両親も知ることになるのだが、梅沢が親子の会話を聞きながら正和に何を答えるか指示を送っていたことまでは知らない。


その後、日産から連絡があって10月6日から8日まで出勤していたことが知らされ、両親はひとまず安心した。

しかしこの連絡の際、正和が眉なしのスキンヘッドで顔に殴られたような痕があったという肝心なことを伝えていない。

彼は萩原たちからすでに暴行を加えられ始めていたのだ。


土曜日に正和から連絡があり、今週は帰れないが来週は帰省すると伝えてきた。

父親は無断欠勤の一件をとがめることなく、「楽しみにしてるからな」とだけ答えたが、その後何度かかけてもずっと留守電であることが気にかかるようになる。


そしてその懸念は当たっていた。

週明けの12日の朝、「今日は体調悪いから自治大病院に行んで会社休む」とまたしてもおかしな電話をかけてきたし、14日には「今宇都宮に部屋を借りて彼女と暮らしてる」という怪電話があり、またしても金を貸してほしいと頼んできたのだ。

当然父親は「日産はどうするんだ?」などと詰問したりしたが、そういうツッコミに対しては口ごもって答えようとしない。

一方で金の無心に関してはあまりにも必死な気配を感じていたため、この時両親は金を振り込んだ。


10月18日、寄り合いに出席しなければならなかった父親に代わって母親の洋子が日産に行った。

先週にこの日に来るように言われていたからだが、この時驚くべき事実を知る。

何と、同僚の稲垣という社員が正和のために100万の金を借りて渡し、担保として免許証を預かったというのだ。


また、日産の社員はこの問題に関係したとして、すでに正和と梅沢の二人を呼んで事情を聞いて報告書をまとめていたが、二人の証言が食い違い、梅沢は質問にハキハキと滞りなく返答したのに対して正和はもごもごとしか答えられなかったために「須藤はウソをついている可能性がある」と締めくくられていた。

さらにここで母親は息子が頭をツルツルに剃られて眉がなかったことを知らされたのだが、日産の上司には「ウチの息子も悪いが、お宅の息子ほどじゃない」という暴言まで吐かれてしまう。

ウソを言っているのはどちらか明らかなのに、日産は本当のことを言わないように口止めされていた正和を悪者にしていたのだ。


母親はその後、日産の上司の勧めもあって最寄りの石橋署生活安全課へ正和の家出人捜索願を提出、日産から渡された正和と梅沢についての報告書も合わせて提出した。

その際は上司と警察退職後に日産の総務に天下った60代の警察OBも同行している。


翌19日、事情を聞いて事態がただ事ではないと感じた父親の満男も母親と再び日産を訪れ、稲垣から100万円を借りさせられた状況の説明を聞いた。

稲垣によると正和が車で事故を起こしてブロック塀を壊してしまい、修理代として100万円かかると言われたらしい。

その際、ガラの悪い三人の男と一緒であり、脅されているのではと思ったという。


正和は車を持っていないし、ガラの悪い三人というのも引っかかる。

おそらく中に梅沢も混じっているんだろうが、稲垣は梅沢の顔を知らないからだろう。


犯罪の臭いを感じ取った両親が再び石橋署を訪れて、会社を休んでいること、スキンヘッドにされていること、100万もの金を他人に借りさせていること、ガラの悪い男が周りにいることなどの事情を昨日と同じ生活安全課で説明したが、対応した刑事は冷淡であった。


「借金してんのは息子さんでしょ?なんだかんだ言って面白おかしく遊んでんじゃないかね。警察は事件にならないと動けないんだよ」


信じられない対応であった。

警察にこのように見放されたらどうすればよいのか?


だが、呆然としているヒマはまだなかった。

息子が作った借金を清算しなければならない。


夫婦は郵便局の簡易保険を解約して100万円を作り、22日稲垣に利息分もつけて返した。

その間ずっと留守電になっていた正和の携帯に「稲垣さんが借りた金は父さんが何とかするから、安心して家に帰って来いよ」とメッセージを入れたところ、正和から折り返しの電話が来て「ごめん、働いてちゃんと返す」と言っていたものの、いつ帰るかはまたもはぐらかした。

しかも、なにやら背後で笑い声のような声が混じってるのがひっかかる。


実は萩原が携帯電話の裏側に耳を当てて盗み聞きしており、父親らの動きは筒抜けだった。

そして、警察沙汰にはなっていないと判断してもいたのだ。


だが、どうしても不安になった父親はこの日また石橋署に相談し

たが、刑事の対応はまたも同じであった。


「なんか息子と話していると後ろで変な笑い声がするんですよ。監禁されてるかもしれないんです」

「息子さん19歳だよね?トイレとか一人になった時とかあるんだから、携帯で助けとか呼べるはずじゃない」

「いや、脅されてるとか。彼女を人質に取られてるとかかもしれないんじゃないですか?」

「憶測でモノ言わんでほしいな。金借りてんのアンタの息子でしょ?ひょっとしたらクスリやってるんじゃないか?」

「じゃあクスリの線でいいから捜査してくださいよ!」

「警察は事件にならないと動けないって言ってるでしょ」


話にならなかった。

日産も日産で、長期欠勤していることを理由に退職願の提出を求めてくるようになる。

これら一連の面倒ごとの元凶は正和と決めつけて、厄介払いしようとしているのが見え見えであった。


そしてその頃、囚われの正和の方は萩原たちから残忍な暴行を受けるようになっていた。

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