第5話 熱湯コマーシャル
その拷問ばりの残忍な暴行は面白半分で始まった。
10月上旬になっても正和は解放されない。
萩原たちに連れ回されて友人知人に金を借りさせられ、その金を巻き上げた萩原らが風俗やパチンコ、キャバクラなどの遊興費で使い果たすとまた別の誰かに借金のお願いをさせるという最悪のループが始まったばかりだったのだ。
「こりゃ一生遊んで暮らせんじゃねえか?」
濡れ手に粟で大金をせしめるようになった萩原は上機嫌になり、巻き上げた金で宇都宮市内のスナックに飲みに行った際に梅沢と村上以外に一番の殊勲者である正和も同席させた。
そしてここでもお約束のように悪ノリする。
正和に焼酎の一気飲みを何度もさせて酔いつぶしたのだ。
しかしそれからが面倒だった。
完全につぶれた正和が倒れてしまったので、宿泊先として選んだラブホテルに担いで運ぶ羽目になる。
「世話焼かせやがってよ、うわ!コイツ小便もらしてやがる!」
酩酊するあまり失禁してしまったのだ。
「オイ!起きろ、須藤!起きろって!」と村上がビンタしても目覚めやしない。
梅沢と村上は仕方なしに体を洗ってやろうと正和から服をはぎ取り、浴室に運び込んでシャワーを浴びせた。
「起きろよ、早く。起きろってこの野郎」
浴槽に寝込む顔めがけて梅沢はシャワーをかけてもみたがやっぱりだめだ。
温度上げたら起きるんじゃねえか?
そう考えた梅沢がシャワーの温度を50度近くまで上げるとピクリとはしたがまだ反応は鈍い。
もっと温度を上げてやったらどうだ?
さらに高温にしてかけたところ、さすがに動き出して「アッチ!アッチ!あちちちち!!」と転げ回り始めた。
これ、おもしれえじゃねえか!
いたずらどころではない、深刻な火傷になりかねない極めて悪質な仕打ちにもかかわらず梅沢はその反応を面白がって続ける。
こいつは相手の痛みなどお構いなしな性格で、面白いと思ったら調子に乗ってとことんまでやり続ける野郎なのだ。
「なあ、これって殴るより効果あるんじゃねえの?」
喜色満面で萩原たちに提案するや、同じ人でなし二人も完全に同意。
「熱湯コマーシャル」と命名された。
「熱湯コマーシャル」とはかつて日本テレビ系列で放映されていた『スーパーJOCKEY』の名物コーナーである。
芸能人などの出演者が浴槽に入った熱湯に入り、浸かっていられた秒数だけ自分の宣伝ができるというものだ。
彼らにとってはそのコーナーのリアル版という位置づけのつもりのようだったが、リアルにやっていいものと悪いものがある。
現に熱湯を浴びた正和の皮膚は火傷したのか赤く腫れた部分が目立ち、問答無用で正気になってその部分に水をかけ始めていた。
だが、信じられないことにこの残忍な「熱湯コマーシャル」はこの一回で終わらなかったのだ。
その後何度も繰り返され、恐ろしいことに全身の皮膚がただれて膿を出し始めても続けられることになる。
ちょうど同じ時期、栃木県那須郡黒羽町の正和の実家では離れた会社の寮で暮らす息子の様子がおかしいことに両親である須藤光男と洋子が気づいていた。
正和は日産に勤務し始めて独身寮に入ってからも月二回は実家に帰省しており、9月には10月1日に帰ってくると言っていたので楽しみに待っていたところ、直前になって「会社の行事があるから帰れない」と伝えてきたのだ。
こんな直前にキャンセルしてくることはなかったのでその時は少々驚いたが、10月4日のまだ朝早い7時くらいの時間に「生活費を5万円ほど振り込んでほしい」という正和の連絡を受けてから何らかの違和感を感じた。
高価な服を買って金がなくなったからと電話では話していたが、正和は元来ファッションに無頓着だったし、それまで決して金を無駄遣いする息子ではなかったからだ。
「珍しいな。しゃれっ気がとうとう出たのかな」
正和の口座の預金通帳は須藤家にあったので、それを使ってATMで金を振り込んだ父親は出てきた通帳を見てより大きな違和感を抱く。
それまでコツコツ着実に貯まっていた残高が9月29日の時点でごっそり消えているのだ。
萩原らに貯金残高全額をとられ、連れ回されるようになった日である。
10月1日の「会社の行事がある」という電話も、朝の金の無心の電話も萩原の指示によるものだったが、この時点で父親は知る由もない。
そしてこの日のうちに両親は違和感どころか明らかな異変の発生を知ることになる。
午後2時、勤務先の上司である人物から電話があり、正和が先月の30日に家の用事で休むと伝えてきて以来出勤してこないことを知ったのだ。
学校だってめったに休まなかった正和が会社を無断欠勤?
どういうことだ?
行方を絶った息子を必死に探す両親の戦いが始まった瞬間であった。
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