第4話 卑劣極まるタカリ

翌9月30日、正和は仕事を休んで萩原の車に乗せられて消費者金融回りをさせられた。

会社の上司には「実家の急な用事で休みます」と伝えており、これが萩原の命令であることは言うまでもない。

彼にとって初めての欠勤であった。


昨日は審査ではねられてしまったが、今日回った他の消費者金融二社は首尾よく審査が通り、それぞれ15万円づつ合計30万円を借りることに成功する。

その金の大部分は萩原の懐に入り、梅沢と村上にもおひねり程度の分け前が与えられた。


だが、強欲ダニ野郎の萩原がこれで満足するわけはない。

消費者金融の限度額いっぱい借りさせた後は正和の友人知人から金を引っ張り始めたのだ。

それも例のごとく「ヤクザの車と事故って修理代を請求されている」などの口実である。

また、そのやり方は悪辣かつ卑劣なものだった。


正和が会社を休まされた30日の午後5時ごろ、早番を終えて会社の寮でくつろいでいた同期の同僚・香田孝(仮名・19歳)のケータイに正和から着信があった。

香田はただの同期ではなく、正和の出身高校の同級生でもあり、その縁もあって実際に仲のいい友人である。


「おう須藤、今日休んでたろ?寮にもいねえしさ。どうしたんだよ」

「いや、ちょっと遊びに行ったんだけど、帰る足がなくなっちゃってさ。悪いけど、迎えに来てくれないかな?」


正和は寮からやや遠い宇都宮市にある国道四号線沿いにあるレンタルビデオショップにいることを伝えてきたため、マイカーを持っていた香田はその場所に迎えに行くことにした。

彼にとって正和は友人であるし、以前に無理な頼みを聞いてもらったこともあるからごく自然に「それくらいなら」と思ったのだ。


だが、そこにいたのはずっと前に事故を起こしたとかで会社を休み続けている札付きの不良社員、梅沢一人のみである。

「須藤はちょっと先行ったトコにいっからよ。車出せや」と勝手に車に乗り込んできた。

香田は最初から正和のこの手の頼みは珍しいと思っていたが、なぜ梅沢のような不真面目な奴と一緒にいるのか理解に苦しんだ。


とはいえ、さっさと正和を拾って帰ろうと思って梅沢の指示する場所に向かった香田は仰天することになる。

何と長髪だった頭がスキンヘッドにされているだけではなく、眉毛も剃られていたからだ。

しかも一緒にいるのが正和には似つかわしくないヤカラそのものの二人である。

そして正和は「ヤクザの車にぶつけちゃって100万円請求されてる。頼むから金を貸して欲しい」と泣きそうになって頼んでくるではないか。


香田は理解した。

こいつらは最初から金を巻き上げるつもりで正和をダシにして自分を呼び出したんだと。


それが証拠にヤカラの小さい方は「貸すのか貸さねえのかはっきりしろよ」と語気鋭く香田を脅してくる。

さらにはデカい方などは「テメーの頼み方がわりーんだよ!」と正和を殴った。

これ以上金を払わないと友人をますますひどい目に遭わせるというパフォーマンスである。

人質をとったも同然の卑劣なやり方だ。


屈した香田は結局消費者金融の無人契約機から20万円の金を引き出させられて、その金は正和に貸すという面目で梅沢が受け取ってヤカラ二人とともに正和を自分たちの車に乗せたまま消えた。

そして、同じように萩原たちは香田以外の友人からも金を借りさせることを繰り返すようになる。


正和は萩原にとっていい金づるだったが、その待遇は人質どころか奴隷そのものとなっていく。

「てめえオレの車のシートに焦げ跡つけやがったな!50万払え!!」「オレのサングラス壊したべが!100万すんだぞコレ!!」とか無茶苦茶な言いがかりをつけて殴り、金を借りる先を探させるような扱いになったのである。


昨日から続くおっかないことこの上ない奴らによる怒涛の悪意に、ケンカをしたこともなければ他人に強気に出たこともほとんどない臆病な青年の心は凍り付き、ヒビが入り始めたことだろう。


だとしても、怖がるあまり反抗することが無理であったにしろ、逃げる勇気くらいは持っているべきだった。

萩原たちは正和を見張りもなしに車に残し、借りさせた金で風俗店に行ったりしてたからチャンスが全くなかったわけではないのだ。


「神は自ら助くる者を助く」という言葉があるが、自ら助かろうとしなかった者は助けないことが多いらしい。

神に全く背かず、愛されて然るべき性格と生き方をしてきた正和も例外ではなかった。

ばかりか、天罰にしてはやりすぎな仕打ちが待っていたのだ。


少しも助かろうとしなかった彼には、間もなくこの世で萩原ら鬼たちによる地獄が待っていた。

「熱湯コマーシャル」という地獄である。

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