第3話 極上のカモ

1999年9月29日、日産の工場勤務を終えた正和は同僚の梅沢に呼び出された。

梅沢は同期入社の同じ鋳造課でロッカーも隣同士だった男で、長いこと交通事故のケガが原因で休養しているらしく、会うのは久しぶりである。

と言っても、顔を合わせていたのは一か月くらいだし、なんとなく威丈高でガラが悪いところのある男だったから特に親しいわけではない。

しかし他人の頼みを断れない正和は、何の要件も言わず「とにかく会おう」という梅沢の呼び出しに応じたのだ。


待ち合わせの場所で数か月ぶりに会った梅沢はケガで休んでいるとは思えないくらい元気そうだったが、友達と思しき二人の見知らぬ男と一緒にいた。

なんとなくヤカラっぽいおっかない感じの二人である。

自分と同じくらいの背丈の小デブとでっかい体の大デブだったのだが、小デブの方は目つきがかなり悪く、その目がこちらを向いた時は思わずひるんで目をそらす。

梅沢はそれを尻目にペラペラと一方的に呼び出した要件を語り出した。


「いや、実はヤクザの車と事故っちまってさ、めちゃくちゃ修理代請求されてやべーんだわ。だから金貸してほしくってよ」

「え?いくら?」

「なるべくたくさんがいい。オメーしか頼める奴いねーんだ」

「わかった」


これは小デブもとい萩原が考案して梅沢に言わせたセリフだったが、まさかこんなに簡単にうまくいくとは荻原自身も思わなかった。

この須藤って奴はとんでもないお人よしだ。

いや、断る根性が全然ないんじゃないか?


「助かるぜ!お前を知っててよかったぜ!」


そう、助かった。

これで自分たちが荻原にたかられることはなくなりそうだ。

梅沢と村上は、そうほくそ笑んだはずだ。


だが、予想外のことが消費者金融の無人契約機まで一緒に行ってまとまった金を引き出させようとした時に起こる。

大企業・日産自動車に勤めて無駄遣いをしないはずの正和が審査で落ちてしまったのだ。


すると、後ろで無言でひかえていた萩原が「オイ!どういうことだコラ!テメー!!アン?」と、なぜかものすごい剣幕で梅沢にからみ始めた。


「いや、その、おかしいな…。なあ!須藤!お前貯金いくらある?」

「えと、7万くらいかな」

「じゃあ、とりあえずその7万引き出して貸してくれ!」


これも萩原が仕組んだものだ。

ドスを利かせて梅沢を脅すところを見せて、見るからに気が弱わそうな正和をビビらせたのである。


その目論見は当たった。

正和は顔をひきつらせて一切ごねることなく、銀行から貯金全額の7万円を引き出して渡したのだ。


優しすぎるにもほどがある、というわけでは決してない。

正和は人一倍善良であったと同時に、他人と争うことを徹底的に避ける男であり、とんでもない要求をされてもこんな怖そうな連中に逆らうことができなかったのだ。

だが、それはこの二足歩行のダニたちに対して一番やってはいけないことだった。


「これじゃあ足りねえからよ、明日会社休んで別のサラ金で金借りてくれ」


萩原がさも当然のように無茶苦茶な要求をしてきた。

だいたい金が必要なのは梅沢なんじゃないか?なぜさっきからこいつがしゃしゃり出てくるんだ?

などという当然のツッコミも臆病な正和にできるわけがない。

「わかりました」というようにうなずいた。


こりゃサイコーにしゃぶりつくせそうな奴見つけたぜ。

どうりで梅沢程度の奴のパシリにされるわけだ。


萩原はさっきちょいとガンを飛ばした時の正和のビビりようから予想はしていたが、それ以上のカモであることを確信した。

こんな滅多にいないくらい極上のカモは逃がしてはいけない。


正和は実家ではなく日産の独身寮で暮らしていたが、萩原たちは寮に帰らせなかった。

代わりにひとまず向かったのは近くの公園。


「オメー髪長げえな。俺は美容師だから散髪してやるよ」


萩原の悪ふざけである。

あまりにも目的がうまく果たせたことで調子に乗り、先ほどコンビニで買ったハサミとバリカンで公園のベンチに座らせた正和の頭を刈り始めたのだ。

正和は深刻な顔をしてはいたが抵抗せず、刈られたいだけ刈られて頭がみるみるスキンヘッドになっていく。


おいおいマジかよ!

こんなことされてんのにナンもしてこねえぞコイツ。


さらに悪ノリが高じて眉毛も剃ったが、それでもされるがままだ。


こりゃ長い付き合いができそうな奴だぜ。


顔を邪悪にほころばせたのは萩原だけではない。

一緒に正和の髪の毛や眉毛を剃って笑い転げる梅沢と村上もだ。

矛先が自分たちからそらされただけではなく、自分たちもカモることができそうな奴が手に入ったのだから。


長い監禁生活はこうして始まった。

しかし、本当の地獄はこれからである。

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