第2話 天才的卑劣漢

萩原克彦(19歳)は根っからの悪党だった。


栃木県警に勤務する父親の次男ではあったが、子供のころから粗暴な性格で地元の宇都宮市の中学校に入ってから当然のように問題行動を起こし、100万円以上を恐喝する事件まで起こす。

中学卒業後は定時制高校に進んだが退学、鳶の会社で働き始めても無断欠勤を繰り返すなど仕事は不真面目。

その一方で地元の暴走族に加入して傷害や恐喝などの悪さを働き、逮捕されたこともある。


そのくせ実は小心者で立場の強い者の前では大人しくしているが、弱いと見た相手には徹底的に強気になるというわかりやすいくらい姑息な性格の持ち主である。

また、その立場の強い者の威光を巧みに利用して自身を大きく見せることに長けてもいたクズだ。


1999年9月23日、そんな萩原は中学時代の同級生・村上博紀(19歳)と宇都宮駅東口のパチンコ店を訪れていた。

目的は同じく中学の同級生だが、卒業以来付き合いのなかった梅沢昭博(19歳)に会うこと、そして梅沢から金を巻き上げることだ。

ケータイで連絡してここで会うことを約束していたが、当然その目的は隠している。

萩原は7月に鳶の会社を辞めてブラブラしており、今からやろうとしているように時々他人から金を脅し取っていたのだ。


パチンコをしている梅沢を見つけると、「おーう久しぶり」と当り障りのない声掛けをしたかと思ったら、「梅沢、テメー俺の悪口言っとるべが」といきなりドスを利かせた声で因縁をつけた。

恐喝の初歩である。


「いや、してないよ、してないって。誰から聞いたの?そんなわけないって~」

梅沢は必死に弁明して何とかはぐらかそうとしたが、萩原は次の手を用意していた。

「まあそれは置いといて。オメーに会わせてえ人アソコに居っからツラ貸せよ。村上も来い」

梅沢と村上を従えて向かった先にいたのはパチンコを打っている中年の男、それも見るからに暴力団組員風の男である。


「お久しぶりです〇〇さん。この二人、俺の中学校の同級生の梅沢と村上です。こいつらのこともこれから面倒見てやってもらえませんか?」


萩原が丁寧だがさも親しそうに話す相手は案の定暴力団組員。

暴走族時代に知り合って以来交際があった男だ。


「おう、そうか。何かあったらオメーらも連絡してこい」と渡された名刺には泣く子も黙る広域暴力団・住吉会系の組の代紋が印刷され、名刺を渡してきた手は小指が欠損している。

実にわかりやすい本物ぶりだ。


萩原はこのパチンコ店に入った時に、このヤクザがいることを確認するや即興でこの茶番を思いついたのである。

自分の背後にヤクザがいることを知らしめれば、後々何をするにもやりやすくなることをこの卑怯者は熟知しているのだ。


その姑息な企みは大いに成功していた。

梅沢は中学時代から万引きなどを繰り返し、高校時代は萩原とは別の暴走族に入っていたが中途半端な悪党だったので、本職を紹介されてその名刺を受け取ってからは深刻な表情をし始めている。

同じく中学時代から悪さを重ね、梅沢と同じ暴走族に入ったことで高校を退学になった村上も同じだ。

この年の4月に萩原と再会してその誘いで同じ鳶の会社で働いていたこともあるが、ガタイが大きい村上はケンカは自分の方が強いと思っていたらしく、これまでずっと対等な態度で接してきていた。

しかし、それが今や明らかに変わっている。


仕込みは万全だった。


その場で目的を果たそうとせず、絶妙な間を挟んだ翌日にすっかり自分の言いなりになった村上を伴って梅沢の家を訪ねた萩原は「金貸してくれ」と要求。

さらに「〇〇さんが俺らに金の都合つけろって言ってきてさ、今日中に用意しねえとまずいんだわ。オメーもサラ金でも何でも使って用意した方がいいぞ」と昨日の暴力団組員の名前を出したんだからたまらない。

梅沢は「言っとくけど、もうこれ以上無理だからね」とくぎを刺して消費者金融の無人契約機から借りた20万円を萩原に渡した。

むろん返ってこないことはわかっている。


そして、金を巻き上げる対象は梅沢だけではない。

「村上、オメーも出さねえとまずいんじゃねえか?」

「え?オレも?なんで?」

「昨日紹介してやった〇〇さんのご指名なんだわ。オメーにも金出させろって言われたんだよ」

などど、昨日のヤクザにビビっている村上からも同じく30万円ほどの金を巻き上げたのだから、半端ではなく悪知恵に長けた男である。

案の定その金はその後萩原自身の遊興費などで瞬時に溶けた。


そして、萩原はヒルのように一度食らいついたら離れなかった。

ほどなくして、また二人に金を要求したのだ。


「萩原君、もう無理だって。かんべんしてくれよ~!」

「借りれねえんだったら、誰か他の金借りれそうな奴連れて来りゃいいべがよ!」


萩原にとって他人は利用可能か利用不可の二種類しかなく、利用可能ならば徹底的かつ冷酷に利用し続けるのだ。

だから同級生のお願いだろうが知ったこっちゃない。


しかし、梅沢は荻原の「誰か金の借りれそうな奴」というワードを聞いてひらめくものがあった。


「あ、そうだ。俺の働いている会社にさ、俺のパシリがいるんだけど、そいつにしようぜ」


梅沢は萩原や村上と違って高校を無事卒業した上に無職ではなく、まんまと栃木県内の大手自動車会社の工場に就職していたから身分としては会社員である。

だが、入社後に起こした交通事故で負ったケガを理由に休職し、給付金を受け取ってブラブラ過ごしていた。


その会社とは日産自動車であり、配属されていたのは鋳造課。


「テメーにパシリ?フカシこいてんじぇねえ」

「フカシじゃないって。同じ課でロッカーが隣でさ、何でも言うこと聞いてくれる奴なんだよ」


梅沢も結構な卑怯者である。

恐喝の矛先を自分からそらすためだったら、他人を売ることを躊躇しないのだ。


「もう、ホントすっげービビりだから萩原君が脅せばイチコロだべよ」

「ホントだべな?なら、そいつ呼び出すべ。で、どんな名前?」

「須藤正和って奴」


この上なく極悪で卑劣な恐喝、残忍なリンチ殺人事件が軽いノリで始まろうとしていた。

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