「ふがっふがっ」

数学の授業がはじまった。元々授業を受けるつもりなんて、なかった(おい)。だけど授業の途中、私はかなりの爆音で音色を奏でていたらしい。で、山本先生が私の頭を教科書で叩いたのが数分前のこと。

「次寝たら親呼ぶぞ」

鬼短気教師、あ間違えた、山本先生がその言葉を言った瞬間に姿勢を正した私も、ものすごく単純で恥ずかしいんだけど。教室にいたクラスメートが爆笑していたのも恥ずかしかったけど、でもでも、ミウのためだし!スマホ第1!

「寝るなよ」

数式がずらっと並んだ黒板を見て早くもウトウトしはじめた私を呆れた眼差しで見る先生。呆れるなよぉ…。寝る子は育つって言うじゃんか…。


「さーゆーちゃん!次の授業移動教室だよぉ?一緒に行こう」

授業が終わってもなお睡眠を続ける忙しい女子高生に、ひとりの友達が歩み寄る。新しいクラスで仲良くなった、工藤くどう公美くみちゃんだ。

ホワホワした話し方と、たまに出る天然が可愛らしい女の子だ。バカで、天ってなんや!って言ってスベった私とは大違いだ。公美ちゃんの天然は狙ってるわけじゃなくて、ホントに素直な子だからそれもまた素晴らしい。食べたくなる(?)。

「さゆちゃん、また授業遅れたらお母さん呼ばれちゃうよ?」

公美ちゃんは可愛いだけじゃなく勉強も出来て記憶力も良い。私が怒られている時も、私が怒られていた内容を把握している。私なんて秒で忘れるのに(←突っ込まないでください)。

私は公美ちゃんのいやぁな1言(感謝しろ)で目を覚ますと、机の1角にもう教科書が置いてあった。多分公美ちゃんが置いてくれたんだ。なんて出来る子なんだ。

「さゆちゃんは、にゃ、のお世話しないといけないんだもんねぇ」

にゃ?なんの話だ?

ありがとう、と言って教科書を受け取って、2人で廊下に出ると、公美ちゃんが変なことを言った。

「なんの話??」

「え?スマホゲームの猫育てるゲームの、さゆちゃんの猫の名前」

わかった。そうだ、公美ちゃんは天然なんだった。私は笑いながら聞く。

「なんでにゃって名前だったか覚えてる?」

すると、公美ちゃんは笑った。

「うん!猫は基本ミウーって鳴くけど、さゆちゃんの猫ちゃんはニャーなんだよね!だからにゃ、なの」

「逆、ね」

「え?にゃ、の逆だから…やに?」

にゃ、を逆と言われて、やに、に変換できるのすごいわ。可愛い。

私が笑いながら訂正すると、公美ちゃんもにゃはは~と猫っぽい笑いかたをした。もうすんごい可愛い。

しばらく2人で話をしながらのんびりと移動教室に向かっていると、ドタドタと後ろから足音が聞こえてきた。私達に向かって聞こえてくる。横からふんわり甘い香りがのった風が来る。公美ちゃんが振り返ったのとほぼ同時に、私もくるりと振り返る(残念ながら良い匂いはしません。多分汗くさいです)。

「多分セーフ!!」

そんな言葉を発しながら走ってきたのは男子3人組。真ん中で走っているのは顔がかっこ良くて運動ができて面白いっていう、完璧な男の子、優希くんだ。サッカー部で活躍していて、THE・モテ男子。そう、凛音ちゃんの好きな人(多分ね)!

「さゆちゃん、私達も…急ぐ?」

公美ちゃんが朗らかにそう言ったから、私もうーん、と曖昧な返事を返した。え、走るのめんどくさいし。

「ねぇ優希くん。あと何分でチャイムなる?」

公美ちゃんが動揺せず、さらっと優希くんに質問をする。男子相手にすごいなぁと私が感心していると。

「あと3分!走ったら余裕!公美も急ごうぜ!」

呼び捨てぇっ!?たしか2人は中学校が同じだったけれど、それでもイケメンがさらっと名前呼びするのって…きゅんっ!

オタク気質の私が1人で妄想してニヤニヤしていると、気まずそうに優希くんがこう言った。

「えーと、名前なんだっけ」

公美の顔を見ながら言ったから、公美は自分のことを聞かれたのかと思って慌ててこう答えた。

「工藤公美です!」

「あっ、えっと、公美じゃなくて、こっちの子」

私を指差しながらそう言うから、疑問に思いながら私が答える。

「工藤公美です」

すると男子3人が揃って吹き出した。え?え?

「あはは、違うって。公美じゃなくて、こっちの子の名前教えてほしくって!」

笑いながら私を指差す彼の言葉に、彼が何を聞こうとしていたか気付く。一気に顔が熱くある。男子3人は公美ちゃんに私の名前を聞いていて、なのに私と公美ちゃんは公美ちゃんの名前を答えちゃったんだ。恥ずかしい。

「え、沿道さゆです!」

「数学でもめっちゃいびきかいてたし、沿道さん面白ろすぎ!」

なんで覚えているんだ、なんでそんなところで認識されちまったんだぁぁぁ!?心の中で自分の頭を抱える。

「覚えたわ、沿道さゆ」

イケメンが歯を見せながら私に向かってピースした。名前呼ばれて、こんな間近で笑ってくれる優希くん。ドキッとする。ファンサかよ。

「んじゃ、俺らと公美は先行くな!で、はい。鍵!」

ひょいっと投げられたものを受け取って見ると、2年3組、とデカデカと書いてあった。教室の鍵だ。男子2人は歩きはじめてるし、公美も不思議そうに私の顔と優希くんの顔を交互に見ている。なぜか私を置いて歩き出す優希くんに、ちょっと緊張しながら、なんでー?と問う。すると。

「ペットボトル、机に忘れてたよ?」

にぃーっと意地悪そうに笑った優希くん。その言葉を聞いて、ヒンヤリと冷たい汗が背中を伝った。今日の実験で1人1本ペットボトルを持ってこい、という教師の言葉が脳裏に浮かぶ。公美ちゃんが机に置いてくれていたはずだけど…今手元には、ない。そして授業開始するまで時間も、ない。

「持ってきてくれてもいいじゃんかぁぁっっ!」

移動教室と反対側に向かって走っていく私。現実のイケメンは性格が悪い、というのは本当だったのかもしれない。


ペットボトルを取って移動教室に戻ってくると、授業がはじまってから5分が経っていた。ヤバイ、と思いながらドアを開けると、案の定、生徒に嫌われるタイプのネチネチしたおばちゃん先生が大声をあげて私の前まで来た。

「ちょっと!何分経ったと思ってるの!?授業は5分前着席が基本でしょう!?」

この言葉を聞いたらいつも思うんだけど…。休み時間の時間が10分で、移動時間が5分以上必要なのに、どうしたら5分前に着けるっていうの?…まぁ、忘れ物取りに行って遅刻した私が悪いんだけどさ。

むぅー、と唇を尖らせていると、凛とした、よく響く声が聞こえてきた。

「先生」

先生はその生徒を見ると、なんですか?と睨みながら聞いた。その時チラッと見えた、ピンと手を挙げる男子生徒の顔を見て、驚く。


ゆ、優希くん!?!?


「沿道さん、今日朝から体調悪いらしくて。数学の時間も辛かったみたいで寝ちゃってて、それでもちゃんと学校に来てくれたんですよ。なので今日は、仕方がないんじゃないかなぁーと、思います」

話の内容を聞いて、さらに驚く。私のために、わざわざ嘘ついて、庇ってくれた…?


トクン、と心が揺れる音がした。意地悪したりするのに。イケメンは性格悪いのに。


「あらそうだったの?なら言ってくれたら良かったのに。じゃあ無理しないでね、沿道さん、席について」

先生の声をぼーっと聞いて、ぼーっと席に座る。なんだか胸がドキドキする。嬉しくって恥ずかしくって。ちらっと優希くんを見ると、同じタイミングでこっちを見てくれた彼と目が合った。私に気付いてニヤリと笑った優希くん。目が合っただけで先生の声が聞こえなくなってふわふわして、優希くんが意地悪な笑顔を見せてくれた瞬間になんだか頭が熱くなった。どうしよう、本当に体調悪くなっちゃったかも。どうしよう、変な魔法に、かかっちゃったかも。その時気付いた。


たぶん私、優希くんのことが、好きだ。



続く!


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いじめと恋の両立で、最高の高校生活を送る青春ダイアリー!! 夢色ガラス @yume_t

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