泡沫にリシャール

有理

泡沫にリシャール

「泡沫にリシャール」


鷹場 希枝 (たかば きえ)

鷺原 晴翔 (さきはら はると)


伊川 朱夏(いがわ しゅか)


※他作「Ivy」と被る部分あります

※最後のセリフは鷹場・鷺原のどちらかがお読みください




晴翔N「ぶくぶく溢れる泡に夢をみた」

希枝N「全てがくぐもって聞こえる耳には何も理解できなくて」

晴翔N「遠のいていく意識は幸せだった」

希枝N「ただ、あなたと」


晴翔(たいとるこーる)「泡沫にリシャール」


朱夏「きえちゃん、来てくれたんだ。嬉しい」

希枝「ねー。私やっと来れたんだよ?なのに被りばっかりなんてさー。つまんないよ」

朱夏「ごめんね。今日に限って忙しくてさ」

希枝「あといくらでラスソン取れる?」

朱夏「4あれば多分」

希枝「じゃあ、エンジェル。金額合わせてよ。」

朱夏「え、いいの?」

希枝「何のために稼いできたのよー。朱夏くんに会うためだよ?」

朱夏「ありがとう、きえちゃん。」

希枝「うん!たくさん乾杯しよ」


希枝N「私はここで夢を買う。愛に似た夢を、自らの体を売ったお金で買う。喧しい店内とチカチカする照明。隣で笑う担当だけが私を見てくれてるんだ。」


希枝N「だから、私は。生きてこられた。」


____


晴翔「お疲れーす。」

朱夏「ハル、お疲れ様。今日からこっちなんだ。」

晴翔「新店舗繁盛してるみたいで、代表も喜んでましたよ。」

朱夏「うん、みんな頑張ってくれてるからね。」

晴翔「伊川朱夏の取り合いだって聞いてますけど?」

朱夏「それは大袈裟。」

晴翔「今日だって、イベントでもないのに卓被りまくってるし。」

朱夏「たまたまだよ。」

晴翔「謙遜ー」

朱夏「ハルだって姫連れてきてくれたんでしょ」

晴翔「いや俺内勤だから。」

朱夏「え?VIP1席ハル待ちだって聞いてるよ」

晴翔「あー、」

朱夏「僕ヘルプ付くよ」

晴翔「朱夏さんの姫に刺されます」

朱夏「ハルは大事な仲間なんだから、挨拶くらいさせて。」

晴翔「はは、ありがとうございます。」


晴翔N「ホストクラブ。大金と酒が湯水の如く流れる場所。俺はここで夢を売る。器用なキャストにはなれなかったが、内勤として働いている。」


晴翔N「No. 1の座を誰にも譲らない男、伊川朱夏は今夜もまた高額な伝票を叩き出していた。」



朱夏「お待たせ。」

希枝「おそーい。ラスソン取れた?」

朱夏「きえちゃんが頑張ってくれたからね。」

希枝「わー!嬉しい。」

朱夏「コールする?」

希枝「コールいらない。朱夏くん満喫させてよ。」

朱夏「アフターは?」

希枝「行きたいんだけどさー。また出稼ぎしなきゃここ来られないし。」

朱夏「今日くらいおやすみしたら?」

希枝「うーん」

朱夏「最近よく行くシーシャバー、特別に教えようか」

希枝「え、被り行ったことない?」

朱夏「ないない。僕の癒やしの場所だからさ」

希枝「そんなこと言って、みんなと行ってるでしょ」

朱夏「本当だって。ね?行かない?」

希枝「じゃあ、ちょっとだけ」

朱夏「店終わるのあと少しだけど下で待っててね」

希枝「うん」


希枝N「他の卓から聞こえる罵声も、彼との時間を勝ち取った私には囀り程度にしか聞こえなくて。」


希枝N「この快感のために私は」


男「ナツミちゃーん。今日はオプション付けちゃった」


希枝N「今日も私を売る」


_____


晴翔N「非日常が日常に変わり始めて、数ヶ月が経った。最近明らかに伊川朱夏の出勤が減っていた。」


朱夏「ん?」

晴翔「だから、最近どうしたんすか?休みも多いし引も悪いし」

朱夏「そろそろ潮時かなーってね」

晴翔「いや、この前までバンバン売ってた人が何言ってんすか。なんか、あったんでしょ?」

朱夏「相変わらずハルは鋭いなあ」

晴翔「朱夏さん、」

朱夏「僕、神様見つけちゃったんだ。」

晴翔「へ?」

朱夏「道端で偶然出逢ってさ、今一緒に住んでる。」

晴翔「え、いや、あの。」

朱夏「美耶ちゃんって言うんだけどさ」

晴翔「朱夏さ」

朱夏「可愛くて仕方がないんだ、このね、腰のあたりに3つほくろが並んでてね、笑うと目がくにゃってなって、僕はみゃーって普段は呼んでるけど僕のことは朱夏くんって優しく呼んでくれてさ、でも僕本名何回も教えてるし本名で呼んでって言ってるのに一回も呼んでくれないからさ改名しちゃったよついこの間、伊川は元々僕の苗字だったから夏巳なんて名前捨てちゃった。戸籍の上でも僕、朱夏になったんだよ、これでみゃーに本当の名前呼んでもらえるってことだし生まれ変わったような気もするしみゃーにもそれって素敵だねって言われたし僕さ」


晴翔N「瞳孔の開ききった彼は息継ぎも曖昧に羅列する」


朱夏「幸せじゃんって。今がいま、今1番僕幸せなんだよ1000万プレーヤーって言ったって大した幸福感なかったのにさ、今なんてみゃーがコンビニのおにぎり頬張って美味しいねって言ってるだけで僕幸せだし生きててよかったって思えるし、あー、あれ美味しかったな。同族嫌悪なんてしてないでもっと食べたらいいのにさ。好きな人だったからなのかな、いやきっとみゃーだからだったのかも、美味しかったんだー。みゃーったら手紙なんか書いてくれてさ、僕と二人きりになればなるほどたくさん話してくれるんだよね。今までよりもっと密着してくれてぎゅーって感じだしみゃーさえいてくれるならホストなんか辞めちゃおうかなって最近ようやく思えてきて」


晴翔N「それでも出勤すれば伊川朱夏は指名客だらけであまりの被り卓の多さに内勤も他のキャストも対応に明け暮れていた。」


___


希枝「え?朱夏くんまたいないの?」

内勤「そうなんですよ。最近出勤少なくて、希枝さん連絡取ったりしてないんですか?」

希枝「連絡、してるんだけどさ。全然返ってこないから。」

内勤「あー。」

希枝「え、何?あーって。」

内勤「内緒ですけど、どの姫もそうなんですよ。」

希枝「え?」

内勤「今までなら遅くても返信あったのに今全くないからって心配した姫達が何人もこっちに連絡してきてて。」

希枝「…」

内勤「こっちも全然分かってないんです。」

希枝「いつ来るかも分かんないってこと?」

内勤「来たら連絡しましょうか」

希枝「…でも。」


希枝N「カバンに入れた500万は使われたくてうずうずしているのに。使う相手が一向に店に来ない。」


晴翔「ごめん、伝票溜まってるから、…鷹場?」

希枝「え、…鷺原…?」


晴翔N「キャッシャー前で立ち尽くす女の子に近付くと、昔の面影もない幼馴染がそこにいた。」


希枝N「奥から出て来た内勤さんは、私の苗字を口にした。ふと目線を上げると懐かしい顔」


内勤「あれ、お二人知り合いでした?」

晴翔「あ、いや昔の。」

希枝「…」

晴翔「朱夏さんの姫?」

内勤「そうです。よく狙い撃ちしてくれる、」

晴翔「あー。もう帰る?」

希枝「…どうしようかなって。」

晴翔「キャストのやらかしは店の責任でもあるからさ、少し話さない?」

希枝「鷺原、キャストなの?」

晴翔「いや俺は違うよ。よかったら部屋あけるから」

希枝「…うん。」


希枝N「言われるがままに通されたのはやけに静かなVIPルームで。フロアとは違う落ち着いた雰囲気のソファーとローテーブルが並ぶ広い個室だった。」


晴翔「びっくりしたよ。ずいぶん雰囲気変わったな」

希枝「鷺原も。こんな仕事イメージなかった」

晴翔「俺就職失敗してさー。たまたまスカウト頼ってここ来ただけだし、本当に偶然。」

希枝「そうだったんだ。」

晴翔「鷹場は?今何してんの?」

希枝「…まあ、いろいろ?」

晴翔「…てか家、出られたんだ。よかったな。」

希枝「はは。うん。縁切った。」

晴翔「そっか。」

希枝「…なんか、飲む?」

晴翔「いや、俺キャストじゃないからさ。俺なんかに金使わなくていいよ。なんだったら誰か付けようか?」

希枝「ううん、朱夏くん以外のキャストには使わないって決めてるから」

晴翔「…一途なんだな。」

希枝「…うん。」


晴翔「朱夏さんと連絡取ってる?」

希枝「最近、返信なくてさ。心配で今日来てみた。」

晴翔「うちも連絡取れなくてさ。フラっと来てザザザーって稼いでいくよ。本当、どうしちゃったんだろ」

希枝「…」

晴翔「朱夏さん一本なんだ。」

希枝「他のホスクラも私、行ってないから。」

晴翔「そっか。」

希枝「でも、私不細工だからさ、そんなに沢山稼げなくてさ。貯めて貯めてここで朱夏くんに使うって決めててさ」

晴翔「うん。」

希枝「使えないからお金は溜まる一方なんだけどさ、発散できないと、なんかモヤモヤするっていうか」

晴翔「ごめんな。俺朱夏さん探すから」

希枝「ううん。鷺原のせいじゃないし、きっと何かあったんでしょ。」

晴翔「…」

希枝「まあ、いいや。」

晴翔「鷹場、それ」

希枝「あ。」

晴翔「リスカの痕?」

希枝「ずいぶん前だよ。まだ学生の時」

晴翔「転校した後だよな」

希枝「…」

晴翔「…」


晴翔「こんなとこで話したくないよな。ここは夢を買う場所なんだからさ。」

希枝「…」

晴翔「これ、名刺。俺の。」

希枝「内勤にもあるんだ。」

晴翔「業者に渡す分だからふつーだろ?」

希枝「本当。フツー」

晴翔「裏にID書いてるから、連絡して。」

希枝「…」

晴翔「朱夏さん来たら俺すぐ言うし。」

希枝「ありがと。」

晴翔「…今日は帰る?」

希枝「うん。ごめんね」

晴翔「こっちこそだよ。気をつけてな。」


晴翔N「重い扉を開けるとたちまち騒がしくなる。コールの声と笑い声、遠くに聞こえる罵る声。」


希枝「じゃあ、また。」


晴翔N「小さく手を振る彼女の手首の凹凸のある傷痕と茶色くくすんだ火傷がやけに目にチラついた。」


_____


晴翔「朱夏さん。」

朱夏「あー。ハル。久しぶり」

晴翔「何やってたんすか。連絡も全くつかなくてみんな心配してたんですよ。」

朱夏「うん、ごめんね。」

晴翔「いやごめんねじゃなくて。」

朱夏「うん。」

晴翔「…朱夏さん。」

朱夏「僕ね、忘れ物しちゃってさ。」

晴翔「忘れ物、」

朱夏「リシャールの空ビン。」

晴翔「ああ、唯一朱夏さんが入れた…」

朱夏「これに昔願掛けしててさ。」

晴翔「…」

朱夏「幸せになりたい、って。」

晴翔「朱夏さ、」

朱夏「昨日インタビュー受けてて、そういえばって思い出してさ。」

晴翔「いや、それより姫が」

朱夏「持ってきて?ハル。リシャール。」

晴翔「…」

朱夏「ああ、そう。これ。懐かしいなあ」

晴翔「朱夏さん。いい加減に」

朱夏「叶えてもらったらちゃんと供養してあげなきゃね。」


晴翔N「フロアに鳴り響く壊れた音は、彼の何かも一緒に終わったような気がした。」


希枝「あ、」

朱夏「あれ?きえちゃん」

希枝「朱夏くん、手…」

朱夏「空ビン落としちゃって切れちゃった。」

希枝「…心配してたんだよ。」

朱夏「うん。ごめんね。」

希枝「ごめんねじゃなくて、」

朱夏「ねぇ。きえちゃん。僕ね、僕。本当の名前も朱夏にしたんだ。」

希枝「…へ?」

朱夏「だから、もう、きえちゃんの痛みを分かち合えなくなっちゃう。夏巳は捨てちゃったから」

希枝「な、んで?一緒に頑張ろうって、だから私」

朱夏「うん。ごめんね。」

希枝「いや、だから、ごめんねじゃなくてさ」

朱夏「僕ね。覚めない夢なんてないって思ってたけど」

希枝「ちょっと、待って」

朱夏「見つけたんだあ。僕の夢」

希枝「朱夏く、」

朱夏「だから」


朱夏「バイバイ、きえちゃん」


希枝N「歩道橋の階段をリズミカルに登っていく彼に追いつくには、6センチのヒールは高すぎて。その背はすぐ、見えなくなった。」


__________



朱夏「いただきます。」


朱夏「ん。あ、これ美味しいね、みゃー。好きでしょこういう甘い味付け。僕は苦手だったなー。みゃーのおかげで最近は食べられるようになった。うーん、このカボチャも甘いね。あーあすっかり秋だよ。あ、そういえばね駐車場のイチョウ、色がついてきたんだよ。気付いてた?」


朱夏「うん。美味しい。コーヒーは許してよー。朝はブラックで飲みたいんだ。夜飲むときは甘くしてあげるからさ。」


警察官「伊川 朱夏。」


警察官「殺人および死体遺棄の容疑で逮捕する。」


朱夏「死ぬまで覚めない幸せなんてこの世にあったんだね、みゃー。」



希枝N「ふと、偶然付けたテレビから、見慣れた顔と聞きなれた名前が流れて来た。」


アナウンサー「倫理に反する事件ですね。」

コメンテーター「全くもって人としてあり得ないことです。どういう教育を受けてきたのでしょうか。」


晴翔N「伊川朱夏、殺人容疑か。WEBニュースに高らかに載る同僚の名前と顔。朝からひっきりなしになる店の電話。そして、」


希枝(メッセージ)「鷺原、ニュース本当?」


晴翔N「鷹場希枝からの最初で最後のメッセージ。」


_____


晴翔「鷹場、」

希枝「…鷺原。きたんだ。」

晴翔「そりゃあ。」

希枝「朱夏くん、人殺しちゃったんだね。」

晴翔「…な。」

希枝「それも、食べちゃったんでしょ。その人」

晴翔「そう、らしい。」

希枝「…知ってた?」

晴翔「…いいや。」

希枝「…そっか。」


晴翔「鷹場、お前」

希枝「転校してから何があったのか、聞きたかったんだっけ?」

晴翔「…」

希枝「お母さんのギャンブル中毒?治すためにさ、そういう施設があるところに行って、通わせて、また元通りに暮らせるようにって、1年間。頑張ったんだ。」

晴翔「うん。」

希枝「頑張ったけど、ダメだった。」

晴翔「辞められなかった?」

希枝「ううん。呆気なく死んじゃった。」

晴翔「え」

希枝「その日ね、喧嘩したの。お母さんが私にさ、きえちゃんはいいね、買いたいもの自分で買えてって。ただのボヤキだったんだよ。今思えばね。でもさ、堪えてた何かがプツって切れちゃって。」

晴翔「うん。」

希枝「怒鳴っちゃった。初めて。」

晴翔「…」

希枝「どこがいいんだよ、あんたのせいだろって。こんなんじゃ、生まれてこなければよかったって。」

晴翔「うん。」

希枝「そしたらさ、なんてこと言うんだって打たれて、私も殴り返しちゃって。家飛び出してさ。」

晴翔「…それで?」

希枝「帰ったら、家の周りパトカーが囲んでて。」

晴翔「…」

希枝「お母さん、新聞括るビニール紐で死んでた。」

晴翔「…」

希枝「…はは。」

晴翔「鷹場。」

希枝「それからは学校も辞めて、とりあえず上京した。なんか変わるかなって、思ってさ。でも、なんも変わんなかった。親戚が渋々用意してくれたワンルームと月8万の仕送り。たったそれだけじゃさ、何にも変わんなかった。」


希枝「金出してやってんだから、こんな真似すんなって、この腕のことね。おじさんもおばさんも怒るんだ。でもさ、前も後ろも真っ暗で苦しくてさ。耐えらんなくて、死にたくて生きてる理由が欲しくて、分かんなくなって、確かめたくて何回も、切った。」

晴翔「…そうだったんだ。」

希枝「…そしたら、さ。スーパーのレジ打ちのアルバイトしてた時に知った女の子がさ。ホスクラにハマってる子で、息抜きに行かない?って誘ってくれて。」

晴翔「それで、朱夏さん。」

希枝「まだ、売れてなくてさ。朱夏くん。指名客もそんなにいなくて、でもなんか、寂しそうでさ、私と似てるなって思ってさ。」

晴翔「それ、俺の知らない朱夏さんだ。俺の知ってる朱夏さんはもうNo. 1だったから。」

希枝「またくるね、って言ったら、満面の笑顔で嬉しい、って。言ってくれて、」

晴翔「…」

希枝「一緒に頑張りたいって、なった。」

晴翔「育てたんだ。朱夏さんを」

希枝「力になってたのかは、分かんないけどね」

晴翔「…」

希枝「ホスクラってやっぱお金沢山必要じゃん。でも私にそんな稼ぐほどの価値なくて。最初にしたのはパパ活。ある程度稼いで顔を変えた。二重埋没と目頭目尻切開、鼻はフルで変えたし、口角も上げた。だから、よく分かったねって思ったよ。面影もクソもないのにさ、私。」

晴翔「…わかるよ。」

希枝「今はもう、若さだけじゃ売れないからさ。風俗。パパに貰うお金より、私を売って稼いだお金の方が強い気がして。朱夏くん売るためにはそっちの方が念籠ってていいような気がしてさ。ある意味こっちの店ではエース。稼ぎ頭だよ、私。」

晴翔「…」

希枝「…全部、朱夏くんの為だったから、頑張ってこれたのにな。」

晴翔「鷹場…」

希枝「あーあ。また、何にもなくなっちゃった。」


晴翔「あーあ。」

希枝「…」

晴翔「俺さ、就職失敗したって言ったじゃん。だからホストクラブの内勤なんかしてるってさ。」

希枝「うん。」

晴翔「俺今まで順風満帆で生きてきてさ、初めての挫折だったわけ。入りたかった就職先に一次から蹴られてさ。お祈りメールもそれが1通目。仕方ない、そんなことザラだって周りに言われてさ。でもなんかポキって折れちゃって。辞めた、就活。早すぎて笑えるだろ」

希枝「…」

晴翔「遅くきた反抗期?的な。イライラして遊びまくって悪い先輩とつるんでさ。親泣かせて上京した。やることなくてつまんなくて、チャラついて。ヤクザの手前で芋引いて逃げちゃった。そんな、つまんない男でさ。」

希枝「ダサ。」

晴翔「だろ?でも俺、今、今が1番情けないよ。お前はこんなに自分を傷つけて必死に生きてきたってのに、俺、俺、何やってたんだろうな。」

希枝「…」

晴翔「鷹場、笑えよ。」

希枝「ダサすぎて笑えない」

晴翔「はは、笑いにもなれない俺の人生って。」

希枝「…」


晴翔「お前、どうすんの。これから」

希枝「わかんない。」

晴翔「…」

希枝「とりあえず死のうかな。」

晴翔「…とりあえず、か。」

希枝「うん。」

晴翔「また、別の夢に賭けてもいいんじゃない?」

希枝「別のホストってこと?」

晴翔「それでもいいし、そうじゃなくてもいい。」

希枝「もう、要らない。」


希枝「覚める夢なら、もう二度と見ない。」


晴翔N「ガタン、と。駐輪場の駐められた自転車が横転した。」


晴翔「…そっか。」


希枝N「遠くでカラスが鳴く。かぁ、かぁと高らかに私に死ねと言う。」


晴翔「なぁ、昔やった遊び。覚えてる?」


______


朱夏「何?それ。」

晴翔「やんなかったですか?昔浴槽潜って」

朱夏「やったことないな」

希枝「蓋閉めて、こう、向かい合ってね」

朱夏「それ、苦しくないの?」

晴翔「苦しいっすよ。我慢比べ、的なノリで」

朱夏「それで?」

希枝「先に息した方が負けなの。負けた方はアイス奢るっていう」


朱夏「子供じみた、可愛い遊びだね」


………



晴翔N「ぶくぶく溢れる泡に夢をみた」

希枝N「全てがくぐもって聞こえる耳には何も理解できなくて」

晴翔N「遠のいていく意識は幸せだった」

希枝N「ただ、あなたと」


希枝N・晴翔N「あなたと、」



「先に息、止めた、◯◯の負けだね。」

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泡沫にリシャール 有理 @lily000

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