第2話 繋がる友情

「お、テニス部か。」

 副顧問として弓道部に向かう途中、榎田の部活での姿を遠目に見つけた。

 榎田はしなやかなフォームと力強いサーブ&スマッシュが売りの選手だ。

「おや、古々本先生。どうしたんですか?」

「おー津藤先生。どうですか?榎田は。」

 津藤先生、テニス部の顧問で担当教科は英語だ。

「あぁ、榎田は前回の大会に出れなかったせいか、調子を崩さないか心配になるくらい練習をしてますね。まだまだこれからだから、無理はしないでほしいんでけどねえ。」

 前回の大会、丁度その日の初戦に怪人が現れ、家の都合と偽って戦っていた。

「そうですか。………分かりました。私も担任として声をかけてみます。」

「ありがとうございます。」

 榎田…………




 バシン!

 弓道部の生徒の一人、矢岸の自主練習を見ながら、私は榎田について考えていた。榎田にはせめて、ムーヴソルジャーの面々と問題なく話せるようになって貰いたい。

 バシン!

 連携でもそうだが、他の四人は仲良くなりたいと思ってる(聞いた)からな。だが、それよりも榎田がコミュニケーション等に対してどんな感情を持っているかが分からない。聞いて良いのかも分からないし、そもそもコミュニケーションに良いイメージを持っていないのに強制をすることはしたくない。

 バシン!

 やはり、時が解決するのを待つか?……いや、一年たってあれなのだから、少し干渉するべきか。私の授業は音楽ということもあって、皆からは楽しい授業と好評を貰っている。榎田も時々笑っているのを見ているから、そういうことに頓着が無いわけでもないだろう。

 バシン!




「先生、ちゃんと見てましたか?」

「ん?あぁ、見てた見てた。皆中おめでとう。」

「適当ですね……そうだ、先生も引きましょうよ!」

 矢岸は良いこと思い付いた!といった顔で提案してきた。

「えぇ?また?」

「はい!ぜひ見たいです!」

「的に当てるの苦手なんだよねぇ。」

「私は先生の引く動作の仕草や型を見るのが好きなんです!とても綺麗で、私もそういう風に引きたいなって。」

 ちょっと、照れるな。まさか前に一回見せただけでこんなに褒められるとは。

「でも、矢岸の動作も十分綺麗だぞ?」

「え……そんな!褒めても何も出ませんよ!」

 私は矢岸の声を背に受けながら準備をする。

 この際、考えすぎた頭を無心にするのもありかもしれないな。







 最初を少々省いて、矢をつがえる。一つ一つの動作に深呼吸をしてゆっくりと丁寧に身体の型を整えていく。肩甲骨と肘を使って引き絞る。

 バン!

 矢は真っ直ぐと的の真ん中に突き刺さる。


「フゥー……」

 残心を終え、大きく息を吐く。

「……………」

「?…矢岸、どうした?」

「やっぱりすごいです。しかも、前見せてもらった時よりも矢が真っ直ぐ飛んでいて、動きが更に洗練されていました………」

「お、おぉ、すごいな。ちょっと前から筋トレを始めてな、それのお陰だろう。」

「ほえー!私も頑張らないと!」

「ふふ、それ以上頑張るのか?」

「はい!今よりもっと努力すれば、少しでも上手くなるキッカケになると考えています!」

 キッカケ…か。そうだな。

「よし、そろそろ時間だ。片付けるぞー。」

「うえぇ?もう!?」











 キーンコーンカーンコーン………


「よぉし、皆集まってるな?休みは……無しと。」

 目の前にいる四十人の内、半数が船を漕ぐ。この学校は九十分四時間の授業で、今日の教科は生徒にムチと飴と呼ばれる日だ。何故なら、一限目に数学、二限目に室内プールの授業、昼食を挟んで三限目に国語。この三限目が特に眠くなるらしい。国語の教科を担当する棚橋先生の声がゆったりとした声だというのもあるだろう。そして、最後に私が担当する音楽。楽しいし寝ても怒られないから最高の飴だと好評だ。

 ……いや、寝てたら問答無用で評価は下げてるけどね。だか、今回ばかりは起きてもらわなければ困るのだよ。

「ピィィィー!!」

「う!?」

「ひゃ!?」

「どは!?」

 突然の音に生徒全員が驚く。これで眠気も多少消えただろう。

 鳴らしたのは体育の先生に借してもらった電子ホイッスルだ。

「よーし、起きたなぁ?今から抜き打ちテストを始める。」

「テ、テスト!?」

「マジかよ……」

「げぇ!?」

 生徒がざわざわと話し出す。

「はーい、聞け聞け。テスト、と言っても簡単な物さ。お前ら全員にこの壇上の上で歌ってもらう。歌うのは何でもいい。自分の好きな歌や一番自信のある歌だ。

 歌ったら、その歌を先生とここにいる皆で評価点をつける。必ず、全員に順位をつけなさい。参考に歌った後に質問タイムも設けるぞ。」

「えぇー!」

「むずっ!」 

「恥ずかしいー!」

「そんなのしなくて良いじゃーん!」 

 …非難轟々だな。だが、他の先生達を納得させたこの理由なら生徒も納得するだろう。……もし、納得しなくても秘策はある。

「必要はある。よく考えろ、お前らはいずれプロになる。その時、多くの記者やカメラに囲まれる日が来るだろう。そこで、しどろもどろにアタフタとしていたらカッコつかないだろ?

 それに、こんな数人の場で緊張しているようじゃ、大きな大会で良い結果が本当に出せるのか!?」

 私の言葉に全員が考える。あと一押しと言った所かな。元々、秘策は使うつもりだったから良いかな。

「それに、ここは完全防音室。クラスメート以外には聞かれない、空間。部活で忙しい皆が、擬似的であってもカラオケに行った感覚になれると思ったのだがなぁ???」

 私の露骨な誘惑に半数のストッパーが緩んだ。

「……た、確かに。」

「ここで、プレッシャーに強くなれば私も……」

「温めておいた俺の声………!」

「よっしゃー!皆、やってやろうぜ!」

「おぉぉー!」

 園上の一段とでかい声に、皆がつられるように前向きになる。

 ……榎田は…………右手で心臓を撫でている。心臓の鼓動を落ち着かせようとしてるのか。……だが、榎田の目はテニスをしている時のように、やってやるといった顔をしている。少しはうまく行ったかな?


「よし、全員紙は貰ったな?それじゃあスタート!」



 ……………

 安藤含む最初の三人が終わり、遂に榎田の番となった。因みに、安藤はどこかで聞いたアイドルの歌を歌っていた。

 榎田は私に耳打ちで歌のタイトルを告げる。

「それで良いのか?」

 私が聞くと、もちろんとばかりに頷く。

 そして、マイクを持って壇上に立つ。

 


「あ、榎田くん。」

「声聞いたこと無いんだよねー。」

「どんな歌歌うんだろ?」

「変な声だったりして?」

 む、今のは少し良くないな。榎田もさっきより、顔が暗く、少し震えている。

 これは止めるべきか?そう思ったとき。

「頑張れぇ!榎田ァ!お前の声響かせろォ!」

 園上が爆音で応援をぶつける。

「うわ!?」

「うるさっ!?」

「榎田!行けるぞ!」

 佐々礼も園上に負けない声で応援する。

 その二人の姿を見て、生徒全員が暖かく声を出す。

 なんとか、良い雰囲気にはなった。榎田もさっきの緊張が消えて、身体の震えも収まっている。

「抑えろー!榎田が歌えないぞー!」

 私が注意をして皆を落ち着かせる。

 榎田が私にアイコンタクトをして頷く。私も頷き返して、ピアノに触れる。

 ピアノを弾くと皆が驚いたように榎田を見つめる。

 伴奏が終わり、榎田が力強い声で歌い出す。

「え!?めっちゃ良い声!」

「んぁ、耳が孕むぅ……」

「すげぇ……」

 女子達は、うっとりしたように榎田の声に耳を傾ける。

「かっけ……!」

「俺の声と交換してくれ……ぇ!」 

「無理だろ。」

 男子達も綺麗な低音ボイスに感嘆している。

 私は担任ということもあって声を聞く機会が多かったが、度々歌ったらどうなるのかと考えていた。しかし、これは想定以上の美声だった。


「ぁりがとぉ、ござぃました。」

 歌ってた時とは打って変わって、か細い声を出す。

「それじゃあ、質問ターイム。」

 はい!はい!と荒ぶる手の挙げかたの女子生徒達。

「えーと、稲森。」

 私はその内の一人、耳が孕んでしまった稲森を指名する。

「なんで、そんな良い声なのに喋らないの!?」

「えっと……」

 すると、榎田は私に目を合わせる。私は榎田に耳を近付けて、話を聞く。

 ……どうやら中学の時に、声が低くて笑われたらしい。それで、声を出すのが嫌になったと。

「……そうか。でも大丈夫だ。見てみろ、目の前のこいつらはお前の敵か?お前は甘い球をスマッシュで返せない程根性無しか?」

 私はそう言って、元の位置に戻る。

 頑張れ、ここで踏み出せればお前は変われる。

「お、俺は……声を、バカにされて…それで喋らないように、した。でも、皆を見て、嬉しぃ、かった。褒めてくれ、て……ありがとう。」

「榎田くんの声カッコいいよ!」

「バカにした奴はセンスがねぇな!」

「これからはもっと話そー!」

 他のクラスメートの温かい声に、ホッとしたような、嬉しそうな顔をした。

「はい!」

「お、鷲尾。」

「どうして、国歌なの?」

 まぁ、それは私も気になっていた。他の生徒も気になっていたのか一斉に榎田に視線が注がれる。

「え、えっと……国歌なら、皆分かるし……将来にも、役に…たつかなっ、て。」

「おぉ……」

 その場の全員が感心したように声を出す。

 まぁ、私がカラオケと言ったから、真面目だなぁ、みたいな印象を受けたのだろう。

「よし、榎田戻って良いぞ。お疲れ。」

 私の声を聞いて榎田は壇上を降りた。これから少しずつ、友人も増えるだろう。

 榎田が戻ると、男子達に囲まれて嬉し恥ずかしといった表情をしていた。

 私が榎田を一瞥してから次の生徒の名前を読み上げようとした時、園上、安藤、佐々礼、保多の四人がサムズアップをした右手を私に向けていた。

 私はそれをウィンクで返して、授業を再開した。

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 前の話で言った通り見切り発車のせいで案が浮かばないため、話を書くのに時間が掛かると思われます。


 作者のお気持ちも今回で終わりなので、安心してください。

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