第3話 私の決意は揺るがない



私と幹也は昔ながらの少し急な階段をゆっくり登って上の階にあるおばちゃんの家へと向かった。


一段登るごとに小さくキシキシと鳴る階段の音が、やけに大きく聞こえた。


階段を登り、まずは右側にある扉を開けるが誰もいる様子はない。


なんの変哲もないおばちゃんの自室だ。


部屋の真ん中に敷かれたままの布団があり、横には時計が一つ。


余計なものが何も置かれていないこの部屋はすごくシンプルで、寝起きするだけの部屋だとわかる。



その部屋の扉を閉め、その奥にある扉も開けるがそこも無人だった。


先ほどの部屋とは違い、書類や本などが山積みになっている。


きっと仕事場屋なんだろう、机の端に98円と書いてある値札シールも積まれている。


ギギッ…ギッ


その部屋の扉を閉めようとするが、立て付けが悪いのか閉まらなくなってしまった。そのまま開けておく事にする。



ふと、階段の正面にある扉に目をやると、少しだけ扉が開いていることに気づいた。


…その扉の隙間にスリッパが挟まっている。おばちゃんがいつも履いている花柄のスリッパだ。


私は急に高鳴り出した心臓の音を聞きながら、その扉へと近づいてゆく。


おばちゃんのスリッパは右足だけが扉に挟まっていて、左足のスリッパはその周辺には見当たらない。



ギィイ…



扉をゆっくりと開いてゆくと、小さく音が鳴った。その音が今はとても不気味に思える。


部屋の中を目線だけで見回すと、食卓机の奥の方で動くものがあった。


「そ、そんな…。」


後にいる幹也が何か呟いたのだが、私の心臓の音が大きすぎてよく聞こえなかった。


背が180を超える幹也の方がきっと私よりも見えている範囲が広いのだろう。




一歩ずつ、ゆっくりとそれに近づいてゆくと、それは一匹のゴブリンだと気づいた。


そのゴブリンはこちらに背を向けて床にしゃがんで何かをしているようだ。


「…。幹也?あれ、何してるかわかるか?」


どうしてか、私の声が震えている。



ビュンッ



幹也は私の言葉に返事をしないままに、氷の魔法を発動させた。


魔法はいつも通り、ゴブリンの頭に命中した。


何の言葉を発することもないまま、そのゴブリンは絶命し倒れ込む。




…。




そのゴブリンの体の下に何かあった。



そのゴブリンへとさらに近づいた私が見たものは…今まで見た物の中で一番悍ましいものだった。



血と臓物にまみれたおばちゃんだったものがそこにあった。



おばちゃんが死んでいる。ただ、その一言が私の胸を強く抉った。


「ハッ…ハッ…ハッ…」


私の口から絶え間なく酸素が吐き出されてゆく。



おばちゃんのその身体は服を着ていなかった、全身血まみれで肉が手足と顔にしかない状態だった。


「オエッ…グッ…クソッ。なんで…だよ。」


遠くの方で幹也が嘔吐してる音が聞こえるが、私はその音がひどく遠くから聞こえる。


私は酷く動揺していた。


何だかんだと魔物を怒りに任せて倒していたが、その逆があるなんて考えていなかった。


いや、考えたく無かったのかもしれない。



そりゃそうだ、そんな事を考えてしまったら恐怖で家から出られなくなってしまう。




私は大切なたった一人の家族の為に強くならないといけないのだ。




『特殊条件クリア。恐怖耐性を取得しました。』



脳内でまた意味のわからないアナウンスが流れてきた。


そのアナウンスを聞いたと同時に、耳に音が戻ってきた。


あぁ、幹也は大丈夫なんだろうか?


チラリと横目で見るが、ガクガク震えながらシンクを支えに立っていた。


その後ろ姿が、いつもは大きいのに今はやけに小さく見えた。




おばちゃんを外に埋葬してあげたいなと思い、体にかける布を探す。



ふと、横に目をやるとそこにはおばちゃんがいつも愛用していた割烹着が置いてあった。


真っ白な割烹着のポケット部分には、私と妹で一生懸命刺した四葉のクローバーの刺繍が付いていた。


私は少し考えた後に、それを優しくおばちゃんの体にかけた。


白い割烹着が真ん中からじわじわと赤く染まってゆく。


私はその割烹着から目を離せないままつぶやいた。



「なぁ、幹也。」


「な゛…何かな゛?」


幹也は真っ青な顔をして台所で口をゆすいだ後に返事をした。その瞳には吐いたせいなのか、涙が伝っている。


「私な、おばちゃんに育てられたようなものだったんだ」


「奇遇だな、俺はおばちゃんのご飯でこの体は作られたようなもんだ」


「なぁ幹也。おばちゃんは私達の身内だよな?」


「そうだな、血は繋がってなくともおばちゃんは身内だな」



私達はこの村にいるゴブリンも、他の場所にいるゴブリンも全て根絶やしにしてやるとお互いに強く心に決めたのだった。


お互いがそう言い合った訳じゃない。


ただ、お互いに同じ思いだと感じただけだ。




私達は、おばちゃんに身内がもういないことを知っているので、形見としていくつかおばちゃんがよく使っていたものを貰い受けることにした。


そして、おばちゃんを毛布に包んで店の横の花がたくさん植えてある花壇の近くに埋葬することにした。


穴を掘り、そこへおばちゃんを入れた後に幹也の炎で焼き、埋めた。



…焼かれてゆくおばちゃんを見ている、それがただ…ただ、とても悲しかった。




一階にあるスーパーのスコップなどはおばちゃんに謝った後にもらう事にした。


この先困っている人がいたときにその人たちを助けるために使おうと思う。


きっとその方がおばちゃんも喜ぶはずだ。



そして私達は次の場所へと向かう事にした。


私たちはお互い何も無かったかのように振る舞う。



「とりあえず、手前の方から寄っていこうと思うがいいよな?」


「そうだな、一つずつ見て行った方がいいだろうな」



さっきまでとは打って変わって静かになった私たちの移動は重苦しいものになっていた。




この村には人が住んでいる家は8つ。私と幹也とおばちゃんの家を抜いたらあと5つだ。


そして、公民館である。それ以外に建物はないのだ。


二人で歩いているとゴブリンが見えたので、私は走ってそのゴブリンに飛び蹴りをして馬乗りになり、取り出した包丁で何度か突き刺した。


なんだか最初よりも包丁の入りが良くなった気がした。


(走った感じや飛び蹴りの感触もなんだか以前とは全く違っているような…?)


もしかしたらこれがレベルアップの恩恵なのかもしれないと考えていると、幹也が来ていない事に気がついた。


(一人で倒しに行くなと言われていたのに、勝手に突っ走ってしまった)


自分がいかに冷静さを欠いていたのか気付かされることになった。



いつまでも来ない幹也の方に目を向けると、ゴブリンを魔法でやっつけているところだった。


どうやら私がいる場所とは反対方向にも何匹かいたようだ。



幹也は淡々とゴブリンを魔法を使って倒していた。



怒ってる様子もなければ怖がってもいないし、…気持ち悪がってもいない。


ただただ無心で魔法を使っていた。




私達がこの村を出るまでに、あと何回こんな気持ちになるのかとふと頭によぎったが、考えなかったフリをした。




この突然始まった訳のわからない現象を絶対に突き止めてやる。


妹を取り戻し、また以前のような心安らげる毎日を過ごす。


これが私の目標であり、この世界で生き抜く理由になる。



誰に何と言われようが私は進みつづけるし、皆におかしいと言われようが倒し続ける。



私は絶対にこの世界で強くなってみせる。



私が妹も幹也も全員…死んでも守ってやる。



『カチッ。カチッ。カチッ。特殊クエストクリア、クリア条件不明。

魔物を屠るモノを入手しました。

ノーマルクエストクリアしました。クリア条件は親しい相手と行動を共にし魔物を倒す事。

チームを組めるようになりました。

特殊クエストをクリアしました。クリア条件不明。

個体名、澤田幹也と相互回復できるようになりました。』




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