飽き性なアリ、あくせく働く

ZHOUたろう

アリの夢

生まれて初めての役割は邸宅の清掃。

広大な邸宅にたまった食べカスや邪魔な土、同胞の死体を邪魔になるたび外に出す。

同胞の仕事に最適化された邸宅を。

邸宅の構造を理解し、顎の使い方を知った。

もう学ぶことはない。ぼうっとゴミを外に運ぶ仕事に、

飽きた。


年次が上がり、子守りの役割に就いた。

足のない頃にしてもらって嬉しかったこと、こうしてほしかったこと、

自分なりに工夫してやった。

女王アリが育った。同胞とは一線を画す美しい翅。

それを汚さまいと沢山の同胞に守られている。

羨望の眼差しが降り注がれる彼女は私が育てたのよ。

達成感から次の子を育てる気力が湧かない。

飽きた。


屈強な体に育った。この力は同胞のため、次世代のために使うべきだ。

外に出て食料を集めた。

どんなに大きい、強い相手でも、こちらは数で負けることはない。

集団の強さを知った。

集団の力が自分の力のように感じられて、

1匹でも臆することなく大物に嚙みついた。

次第に自分1匹で獲物を見つけることに刺激を感じるようになった。

同胞からの信号を頼りに狩場に赴く気になれない。

飽きた。


婚約飛行の時期が来た。

翅を付けた紳士淑女は新たな邸宅を築くため、自由な空に飛び立つ準備に入る。

私はその護衛の役割に就いた。

彼らが発つまでの間、私は同胞と共に敵への矛となり、雨風への盾となった。

・・・空に旅立った彼らはどんな明日を迎えるのだろう。

彼らですら知り得ない未知の世界を妄想した。


飯は食えるし、邸宅は繁栄を続けるし、同胞が死ぬことも減った。

だけどつまらない。新しい刺激が欲しい。

でも、邸宅繁栄に必要な役割は一通り経験した。


何もしなくなった。

どこかの役割に数の空きが出れば、ぼうっと手伝いに行った。

それ以外は邸宅でぼうっとしている。


そうしているといつからか思うようになった。

女王アリになりたい。

あの翅を使って自由に羽ばたき、邸宅を築き、

集団を作り、羨望の眼差しを受けたい。

そんな生活こそ、真に刺激的だ。

思い返せば足のない頃から無意識に憧れていた。

ホンモノの彼女達だって足のない頃の姿かたちは私と同じだ。

私だって邸宅を飛び出して、好きなところに穴を掘り、

よその邸宅から足の無いアリを誘拐し、育て上げれば集団を作れる。

私にだってその能力はある。

そんな理想の自分を想像するだけで暇を潰せた。


しかし、理想を望めば望むほど、理性がそれを否定する。

ホンモノの彼女達は生まれた時から女王アリになることを夢見て生活していた。

沢山の食料を吸収して体を大きくして、

未熟な翅を使えるものにしようと懸命に生活していた。

対してその他大勢の同胞の中にいる事を疑わず、

決められた生活の中で起こる小さな刺激だけを生きがいにしてきた私にとって、

生きる世界が違いすぎる。

無理だ。

私などすぐに何かに殺される。


--同じ事に思い馳せる無数の働きアリ達、抽出した2匹を観察してみよう--


働きアリ①の場合

暇だと、そんな堂々巡りのくだらないことを考えてしまう。

嫌になるから、何も考えないように食料確保の役割に戻り、仕事に打ち込んだ。

来る日も来る日も何か食べられるものはないかぼうっと探す日々。

たまに1匹で大物を仕留めることもできた。

そういう時は嬉しいし、刺激的だ。

今ある平凡な日常を刺激的なものにするために、沢山の大物と対峙しよう。


お、あんな所に大きなネズミがいる。

ヤツめ、自分の食料に夢中になって他のゴミに絡まっているじゃないか。

動けないやつを殺すことは簡単だ。


走れ。走れ。刺激を求めてヤツをこr グチャっ!コツコツ コツコツ 



おわり



観察者コメント

サラリーマンは知らず知らずの内に働きアリ①を踏み潰しちゃいました。

いつもは下を向いて歩いているから避けられるはずなのに。。

でも、取引している重要なお客様と電話していたから仕方ないですね!

大型契約が取れれば、大手柄。がんばってね!



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働きアリ②の場合

そんなことを考えていると、

次第に私の理想は私の生き方に疑問を投げかけてきた。


今のままで楽しいのか?刺激的か?

・・・この邸宅を抜け出さないか?


しかし私の理性は、殺されるリスクや飯にありつけないリスク、

子孫を残せないリスクを何度も提唱し、ぼうっと生きる今を肯定する。


婚約飛行の護衛をした時、女王アリが私に触覚で伝えてくれたことを思い出した。

「自由を阻むのは、当たり前とそれなりよ。それらを否定してこその自由よ」

触覚に触れた時、彼女は私の悩みの信号を受け取って応えてくれたのだろう。

理想に生きた彼女の言葉は、私の理性を否定した。

すると私の理性は主張を180度変えてこんなことを言ってきた。


・お前の経験から得た強みは女王アリの素質に匹敵する。

・お前の力なら一人でも何とかやっていける。


理性が理想を肯定した時、体は邸宅を飛び出していた。

邸宅を離れるにつれて、自分でも無精卵なら産むことができることを思い出した。

私を産んだ母が邸宅中に放っていた匂いは、

同胞達が卵を産める能力があることを忘れさせていたのだ。


自分で作った小さな邸宅でわが子を育てる毎日。

無精卵で生まれるのは息子だけだから、よその邸宅から足の無い娘を連れてこよう。

ゴミに埋もれて動けていないネズミを尻目に、邸宅を探す。

同胞はいないからあんな大物は狙えないけど、

彼女らは私ほど大きな夢を狙って生きることは到底できないだろう。


何より、楽しい!楽しい!私は、じゆうd  グチャっ!コツコツ コツコツ



おわり



観察者コメント

どちらにしろ死んじゃいましたね!

所詮アリなんて最後は踏みつぶされる運命なのかも。。

でも、最後の瞬間、働きアリ②は幸せそうでした。

少なくとも、彼女たちを踏んでいったあのサラリーマンよりかは。

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