第27話 大袈裟!

 五月二十八日、火曜日。朝。

 

 正門へと続く登り坂のふもと。


 美穂と手を繋いで登校する僕に、近寄ってきたのは学級委員長だった。昨日とは違い、カノジョと手を繋いだままだ。


「やぁ、二人ともおはよう」

「おはようございます。宮崎君と橋本さん」


 幸せそうに微笑む学級委員長のカノジョに、僕はちょっとだけグッとくる。


「おっ、おはようございます。学級委員長と、えっと……」

「……あれ? 宮崎君は私のこと知らないの? 成瀬満里奈だよ」


 と、僕の言葉を遮って、笑顔を振り撒く。僕が知らないなんて、そんなはずないの、分かってるだろうに。だって、僕と満里奈は小学生のころ、付き合っていたんだから。スッと出なかったのは、どう呼ぶかを迷ったから。


 満里奈はたしか、アイドル志望だった。小学生のころのことだから、今は違うのかもしれないが、環奈リストを自称する程度にはアイドル好きのはず。目の前にいるのが中山環奈だって知ったら、たまげるだろうな。


「あー。成瀬さん、おはよう。こっちが橋本美穂です。よろしく。あはははは」


 なんで僕が美穂を紹介してるんだろう。自分で言っといて、途中からおかしくなって笑ってしまった。


「まっ、学園一の美少女の満里奈の前で緊張する気持ち、僕には分かるけどね!」


 フォローのつもりか、学級委員長。対して満里奈は美穂を煽る。


「そんなことないよー。宮崎君の妹の胡桃さんの方が、かわいいよ」


 胡桃の知名度を改めて思い知る。この国の中高生にはとても人気だ。アイドルデビューが公表されたからよけい。学級委員長が美穂に気を遣った様子で言う。


「昨日、二人ではなしてたんだ。ダブルデートとかできないかなって!」


 と、美穂が僕の手を握る力を強める。何に反応したんだろうか。


 ダブルデート、僕は気が引ける。小学生の頃のことだし、満里奈のことを引き摺ってるわけではないけれど、満里奈と一緒にいるのは苦手だ。


「学級委員長、橋本さんの前ではなすの、失礼でしょう」

「あっ、いや。僕は正直、宮崎君の横にいるのが誰でもいいんだ」


 満里奈は僕と胡桃をダブルデートに誘うつもりなのか。


「えー、でも。橋本さんじゃあ、ねぇ。デートとか、したことなさそうだし」


 失礼な! 僕も手に力を込めてしまう。お構いなしに、学級委員長と満里奈。


「体育祭でのグランパドドゥは見事だったじゃないか」

「たしかに。ダンスだけは環奈ちゃん並に上手だったわ」


 本人ですから。


「二人は似合いだよ。デートしてても不思議じゃない」


 ちょっと照れる。また、美穂が僕の手を強く握る。何に力を入れてるのか、相変わらず見当がつかない。満里奈も同じ。


「冗談。こんな地味な子が勲とお似合いだって言うの!」


 勲? 満里奈のヤツ、口を滑らせやがった。学級委員長の頭の上に『?』マークが並ぶ。それでも平静なのはさすが。


「あー、宮崎君のこと。そういえば、二人とも沢松小だったね」


 沢松小というのは、僕の出身小。よくご存知で。さすが学級委員長だ。おかげで満里奈が僕を名前呼びするのを怪しまれずに済んだ。やましいことは何もないが、僕も満里奈も今は互いに好きな人の前にいるんだから、波風が立たないに越したことはない。


「兎に角、ダブルデートするなら胡桃ちゃんの方がいいって!」

「分かった、分かった。もしそうなったら、頼むよ、宮崎君! 橋本さんもまた」


 と、言いながら学級委員長は満里奈を連れて行ってしまう。


 満里奈のヤツ、美穂より胡桃の方がいいだって? 冗談じゃない。僕が今、大好きなのは、何事にも一生懸命で負けず嫌いの努力家で、普通に平穏な高校生活を送ることを望んでいる、美穂なんだ。本人を前に失礼なのは、学級委員長じゃなくって、満里奈じゃないか!


 文句を言おうと思ったが、美穂に制される。僕の手をギュッと握ったんだ。おかげで僕も冷静でいられた。




 僕たちは再び歩き出す。


「あー、もう。なんなのよ、あれーっ!」


 と、美穂が大声で叫ぶ。イライラする気持ち、分からなくはない。


「みかん。落ち着くんだ」

「これが落ち着いていられる? 学級委員長は、素晴らしいアイデアマンよ」


 なんでそうなる?


「どういうこと?」

「デートよ、デート。私たち二人に必要なもの」


 たしかに、デートの話題ではあったけど。僕の認識では、美穂はコケにされたんだ。カップリングの問題なんじゃなかろうか。素晴らしいアイデアだろうか。


「僕は、あの二人とダブルデートなんて、したくないよ」

「当たり前。ダブルである必要なんて、ハナからないでしょう」


 言われてみれば、その通りだ。いつ・どこから見ても完全無欠の美少女である中山環奈が、わざわざ地味メイクをして橋本美穂として平穏な高校生活を送ろうとしているのは、こういうイベントのためじゃないか! 素顔のままだと、街中がパニックになるだろうから。


「行こう、デート! 明日がいいかな。学校が早く終わるし!」


 と、僕は前のめりに言いながらも、計算は欠かさない。女の人はいろいろと準備があるだろうし、今日じゃない方がいいと思ったんだ。


「やったー! どこ行く? 封鎖の段取りを急がないと。準備に忙しくなるわ」


 封鎖って、準備が大袈裟! 僕たちのデートは、どうなってしまうんだろう。

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