あまあまな生活
第24話 ルール
ものすごい勢いで激辛カレーを食べる聖子さん。環奈が続く。
「あーん、もぐもぐもぐ。そういえば、いさぽんのご両親はいつ戻るの?」
「それ、私も気になる。勲君の嫁としてちゃんと挨拶したいもの」
なんだ、この幸せ! 推しに認知されてるだけでうれしいのに、名前呼びされるだけで舞い上がるのに、嫁発言って、僕はどうすればいいんだ! 胡桃のツッコミで我に返る。
「お兄ちゃん、何、一人で幸せを噛みしめてるのよ。鼻の下が伸びてるよ!」
「ごめん。つい、うれしくって! あー、両親とも海外赴任中なんだ」
「そう、なんだ。じゃあ、この家には今……」
「男はいさぽん、一人だね。襲っちゃおうかな!」
どっちが! なんてツッコミは入れない。僕は襲ったりはしない。
「セーちゃん、お兄ちゃんのこと揶揄うと、ご飯抜きにするよ!」
「ひえーっ。ごごご、ごめんなさーいっ」
強いのは胃袋を掴むことのようだ。
「なぁーんだ。私、すっごい緊張してたのに」
「ごめん、ごめん。隠すつもりはなかったんだ」
説明する機会がなかっただけ。
「でも、近いうちにちゃんと紹介してよね」
「もちろん、必ず紹介する!」
そのときはハッキリと僕の嫁と紹介できたらうれしい。なんて考えてると、顔がニヤけてしまう。胡桃は聖子さんのお代わりをよそいながら、つまらなそう。
「まー、二人ともあと二、三年は戻らないと思うけど」
「そんなにーっ! だったら、会いに行きましょうか」
「焦らなくてもいいと思うよ。そのうち機会が巡ってくるだろうから」
今はまだ自信がないのを隠して言う。
「あっれー? いさぽんったら待ちの姿勢。自信がないんだー」
聖子さんに見透かされる。普段ちゃらけてるのに、こういうときに限ってまともに返してくるから、天然娘には困ってしまう。
「そうじゃないけど、その前に、したいことが一杯あるんだよ」
と、テレを隠して、真顔で言う。環奈がファイティングポーズをとる。胡桃は呆れ顔。
「そうよね。私たち、はじまったばかりだし!」
「っかーっ! 妬けちゃうわよ、お兄ちゃんもミーちゃんも」
妬いてくれて、一向に構わないんだ。
聖子さんが気になることを言う。
「はじまったばかりと言えば、新ユニット。三人で頑張ろうね!」
「新ユニットって?」
どういうことだ? 怪訝な表情をみんなに向ける。
「あっ、言ってなかったっけ、お兄ちゃん」
「私たち、アイドルユニットを組むんだよ。メンバー募集中だよ」
「今日、ライブで発表したんだ」
道理で胡桃が同居を違和感なく受け入れるわけだ。
「三人が仲良くしてくれるなら、何よりだよ」
「そんなこと言って、本当はいさぽん、仲間外れにされて不満なんじゃない?」
ギクッ! そんなことないって。ないはずだって。これだから天然娘は困る。
「大丈夫。私が仲間外れにはしないし、させない!」
ありがとう、環奈。
聖子さん、その天然ぶりには頭が痛い。一緒にいると、僕までおかしくなりそう。環奈や胡桃に悪影響を及ぼしそうなのも困りもの。
「ごちそうさま。もう、お腹いっぱーい。あとはゆっくり寝るだけだね」
言いながら、するすると音をたてる聖子さん。衣服の擦れる音だ。イヤな予感がして、振り向くと、思った通り。
「ちょっと、聖子さん。なんで脱ぐの!」
僕が言い終わる頃には、聖子さんはもう下着姿になっている。男の僕がいるのを忘れて脱ぐだなんて、とんだうっかりさんだ。
聖子さんはわるびれる様子もなく、ブラジャーの背中ホックに手をかける。以前、ホテルで着ていた前ホックのブラジャーだったら、今頃はたわわなものが、あらわになっていたことだろう。
「えっ? だって私、ここに住むんだよ。つまり、ここが私の家だもの」
だから、脱いでもいいとはならないでしょう!
「初日から寛いでくれるのはうれしいけど、寛ぎ方が問題!」
教育上、よろしくない! ハッキリ言えば、けしからん!
「何が問題なの? 自分の家なんだし、脱ぐのが普通でしょう」
「一人暮らしじゃないんですから、常識を守ってください!」
「そうですよ。あまり、お兄ちゃんを揶揄わないでください」
胡桃、ナイス! 絶対に僕たちが正しいと思う。ところが、押し問答を続ける僕たちを冷静に、痛烈に諌めたのが環奈。
「セーちゃん、いい加減にして! 勲君も、常識って人によるよ」
違いない。頭ごなしに自分の常識を押し付けてはダメ。ルールが必要なんだ。
こんなことまで決めないといけないのは辛いが、いきなり脱がれるよりマシ。僕たちは、家の中の服装について、話し合うこととなった。
「それでは、服装についてのルールを決めたいと思います」
みんなが順に意見を言う。
「はい、はーい。脱ぎたい人は脱ぐ方向で!」
「セーちゃんはもう充分に大きいでしょう。今更、脱ぐ必要ないわよ」
「えっ、そうなんですか? 大きくするのに、ブラって邪魔なの?」
胡桃の目がギラギラと輝くのを見てか、聖子さんが畳み掛けてくる。
「そうだよ、くるちゃん。締め付けてると、大きくならないよ」
「こればっかりは、セーちゃんの言うことに一理あるのよね」
「なっ、なるほど。そうなんだ……」
「そうそう。大きい方が、いさぽんもよろこぶよ!」
「私は、あと少し。Gまでは育てたい」
「Gかぁ。夢のまた夢だ。私は、憧れのCカップだよ」
まずい。このままでは同居人全員が裸族になりかねない。こんな方法、とりたくなかったが、仕方ない。僕にはもう、この手しか残ってない。
「僕は、部屋着を着用すべきだと思う。賛成の人はコレを手に取って!」
並べたのは、麦茶牛乳だ。
「はい、はーい! 部屋着は着用すべきだと思いまーす」
「私も公共の場ではそうした方がいいと思うわ」
「お兄ちゃん。ちょっとずるいよね。ありがたくいただくけど」
三人ともグラスに手を伸ばす。卑怯とは思うが、こうするしかなかったんだ。結局は部屋着着用ということに決定した。ちなみに、下着は部屋着とは認めないことにもなった。これで、僕は目のやり場に困らなくてすみそうだ。
環奈と聖子さんを二階に案内する。
「余ってる部屋から好きなのを選んでくださいね」
「セーちゃんは衣装持ちだから、クローゼット付きのこっちにしたら」
「うん。そうするよ。私、衣装持ちだから!」
どうして、衣装持ちが脱ぎたがるんだ! 僕が聖子さんのことを知るまでには、時間が必要なのかもしれない。
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