第22話 返事

 僕はついに、橋本美穂に告白した。ちゃんと思いを伝えたんだ。あとは、美穂の気持ちを聞くだけ。当たって砕けてもいい。美穂の気持ちが聞きたい。


 僕はあることをきっかけにして気付いた。橋本美穂が中山環奈であることに。根拠は曖昧で、美穂と連絡が取れないから確かめる術もなかった。違ったらどうしようかと思っていた。


 それが、体育祭でダンスを踊って確信に変わった。美穂は間違いなく環奈ちゃんだって。足の歩幅、添えた手の圧、フレグランス、息遣い。どれ一つをとっても美穂は環奈ちゃんで間違いない。


 だけど、僕が付き合いたいのは橋本美穂。別に、おしゃれなんかしなくったっていい。長い黒髪に艶がなくボサボサでもいい。そばかすだらけの肌でもいい。大きい黒縁メガネをかけていたっていい。地味で結構。素顔のままで充分さ。




「何を言ってるの、宮崎君。そんなこと、急に言われても困るよ」


 美穂が動揺しているのが分かる。それでも僕は、後悔しない。僕は、中山環奈ではなく、橋本美穂が好きなんだから。


「困らせちゃって、ごめん」

「本当に、びっくりしたんだから。だって、私、学校やめようと思ってた」


「そんなに思い詰めないでよ。大きい黒縁メガネを取ってとは言わないから」

「えっ?」


 美穂が何故か冷静になる。それでも僕は突き進む。今日がよき日か悪しき日かは、分からないけど。


「そばかすを化粧で隠してとか、髪に艶を出してとも言わない」

「そう、なんだ」


「街中で無理矢理、中山環奈の格好してとは言わないよ」

「あー、そう。なんだ、気付いてたんだ」


「僕は、橋本さんと一緒に、普通の高校生活を送りたいだけなんだ」

「本当に、橋本美穂で、いいの? 地味だよ。格好悪いよ」


「橋本さんがいい。素顔の橋本さんと一緒に普通の高校生活を楽しみたい」

「そんなの、ムリだって。絶対にムリ。宮崎君、私の素顔を見れば気が変わるよ」


「大丈夫。たとえそばかすだらけでも、髪に艶がなくっても、大丈夫」


 僕は、お化粧した環奈ちゃんじゃなくって、そばかすだらけの素顔の美穂が、大好きなんだから。


「何よ、それ。じゃあ、そこの街灯の下にでも、行こうかしら」


 うん。行ってくれたまえ。




 怒っているのか、美穂の右手が僕のスマホをひったくる。左手には自分のスマホを持ち、ぶつぶつ言いながら、街灯の下に進み出る。両手を高くして、上からライトを当てながら、ゆっくりと振り返る。


「宮崎君。私の素顔、こんなだよ!」


 と、そこにいたのは環奈ちゃん。艶のある黒髪にキメ細かい肌。潤んだ瞳は大振り、ついでに胸も大振り。三六五日・三六〇度、いつどこから見ても完全無欠の美少女様だ。


「いやっ。それは環奈ちゃんでしょう。おめかしなんかしなくてもいいんだ」

「違うよ。私の素顔は、こっちだよ!」


 えっ、うそ。僕は環奈リスト。中山環奈の大ファン。画面に映る環奈ちゃんが好き。直ぐ近くにいてくれたら、もっと好き。けど、仮初の姿でステージにいる環奈ちゃんより、素顔の橋本美穂が好きだって思ったんだ。


 それが、あべこべだった。美穂の素顔がテレビで見る環奈ちゃんだったんだ。


「そばかすは?」

「ドーラン」


「髪に艶がなくってボサボサなのは?」

「整髪料。最近は艶消し用があるんだよ」 


「大きな黒縁のメガネは?」

「あー、あれは伊達」


「うそーん。なんで、わざわざ地味メイクしてるの?」

「こんな顔で、学校行ったら大騒ぎになる。街を歩いたらパニックになる」


「で、ですよね。今日、ここまで来るの、大変だったでしょう」

「それは大丈夫。周囲を封鎖してもらってるから、今日は誰も来ないよ」


 封鎖って、スゲーッ! 国家権力を味方につけてるの、カッケーッ!


「なるほど。見られなければ、騒ぎにならないもんね」

「封鎖は滅多にはできないから、一緒に行ける所は少ないよ」


「ですよねぇ。遊園地とかは、一緒に行けないよね」

「遊園地はむしろ大丈夫な方で、ショッピングとかはムリだね」


 基準が分かり難い。


「橋本美穂なら、どこへ行っても大丈夫! 誰も振り向かないから安心!」

「ですよね」


「だから、うれしい。美穂でもいいって言ってくれるの、うれしい」

「そりゃ、もちろん。僕は美穂が好きですから」


 本当は、ちょっとだけ思う。わざわざ化粧しなくても、素顔が百倍好きだって! でも、それは封印する。そんな僕の気持ちを知ってか知らねか、美穂。


「告白してくれてありがとう。宮崎君、私も宮崎君のことが好き!」

「橋本さん!」


 うれしい。悩んだ末に告白してよかった。


「ううん。お互いにパートナーでしょう。美穂って呼んでよ、勲君!」

「美穂! じゃあ、僕たち!」


「うん。一緒に住もう!」


 えっ?


「なんで、そうなるの!」

「だって、私たち、パートナーでしょう」


「パートナーって言っても、恋人の方だって」

「分かってるよ。新婚気分を味わいたいとかじゃないの」


「じゃあ、どうして? 恋人同士なら、一緒に住まなくってもいいじゃん」

「別居だと、素顔の私を見てもらえる機会が極端に少ないでしょう」


「学校でも街中でも、美穂メイクしてることになる。僕はそれでいいけど」

「それじゃあ、私が困る。私は、素顔を勲君に見てほしいんだから」


 なんですとぉ! 素顔の美穂、環奈ちゃんと一緒にいられるのか。しかも、よく考えたら眠ってるところも見られたりする。同居って、素晴らしいじゃん。でも、それはできない。


「僕ん家には、妹がいるから。胡桃をひとりにはできないよ」

「大丈夫。勲君の家に住むから」


「それだって、胡桃が何て言うか、分からないよ」

「胡桃ちゃんが私の言うこと、断るはずないよ」


 すごい自信だ。さすがは完全無欠の美少女様だ。環奈リストの胡桃が断るはずがないのはたしか。美穂が続ける。


「あっ、あとひとり、同居してもらう人がいるから」

「だっ、誰?」


「帰ったら分かるよ。私たちのお家に!」

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