第21話 告白
五月二十六日、日曜日。
僕は美少女鑑賞者。話さない、嗅がない、触れないの、美少女鑑賞三箇条を掲げ、日々、美少女鑑賞に勤しむ。だけど僕は、ひとりの女性が好きになってしまった。鑑賞するだけでは満足できなくなった。
今日が僕の人生最高の日となるか、最悪の日となるか。分からないけど、僕は今日、告白しようと思う。相手は橋本美穂。僕の同級生。うしろの席の人。長い黒髪に艶はなくボサボサ。そばかすだらけの肌。大きい黒縁メガネ。どこから見ても地味なクラスメイト。
机の上に突っ伏して眠るとき、美穂は美少女になる。眠れる教室の美少女だ。一日に何回かのプリントをまわすときが、僕にとっての至福のときとなる。つい、この間まではそうだった。
体育祭で優勝を手にした僕は、美穂と会う。約束の時間、約束の場所で僕は美穂を待つ。
数分後、美穂がやってくる。環奈ちゃんのステージ衣装を着ていると、シルエットで分かる。ピンクなのかオレンジなのかは、暗くてよく分からないけど。そういえば、今日はサプライズライブの千穐楽公演だったはず。
「お待たせ。で、何?」
美穂、単刀直入過ぎる。
「そんなに待ってないけど、少し、歩こうよ」
「それじゃあ、そこの公園に行きましょう」
美穂が指差すのは、とても暗いので有名な、通称、告白公園。
「大丈夫。こういう機能もあるのよ、このスマホ。便利でしょう」
美穂が言いながらスマホのライトを点ける。たしかに便利だ。二人で公園の暗がりをゆっくりと進む。歩きながらの方が言い易い。だから僕は言ったんだ。
「本当は、聞きたいことがいくつもある」
「それはダメ。一つという約束だから」
「そうだよな。いくつもなんて、欲張りだよな」
「代わりに、私が自主的にしゃべる」
「え?」
美穂の方に振り向く。ライトが眩しくて、表情とかはよく見えない。
「宮崎君が聞きたいことかどうかは、分からないけど」
「いいよ、それで!」
「じゃあ、まずはセーちゃんのこと」
「うん。すごく気になってたんだ!」
「大丈夫よ。ちゃんと立ち直ったから」
「そうなんだ。よかった」
「セーちゃん、すごくかわいいし、宮崎君のこと気に入ってるよ」
「そうなんだ。光栄だよ」
「セーちゃんの方が歳上だけど、今、告白したら、絶対にOKだよ」
「そう、なんだ」
「よかった。じゃないの?」
本当に光栄だ。けど、聖子さんが僕を気に入ってるのは、僕が美穂のダンスパートナーだから。決して僕自信じゃないんだ。
「素直にうれしいよ。町田さんが毎日手を振ってくれたら、どんなに幸せか」
「手を振る美少女。十年前は誰も気付いてないと思ってたわ」
「僕は、気付いていたさ。ずっと憧れてた。恋焦がれてさえいたんだ」
「当時より今の方が、パワーアップもしてるんじゃないかしら」
聖子さんが手を振れば胸が弾む。僕の心も弾む。たしかにパワーアップした。
「でも、僕が一緒にいたいのは、町田さんじゃないんだ」
「ふーん。そうなんだ」
美穂が不満げに続ける。
「じゃあ、麦茶牛乳のこと。ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした。今でも、作る練習してるの?」
美穂が立ち止まる。
「それが、聞きたいこと?」
「違う違う。はなしの流れじゃん!」
美穂が再び歩き出す。
「だったら、自主的にいうけど、練習はやめたの」
「ふーん」
「えっ、それだけ? 理由は聞かないの?」
「聞きたいよ」
「そう。じゃあ言うわ。宮崎君のこと、師匠って呼ぶのに飽きたの」
「そう、なんだ」
「体育祭が終わったら、私は宮崎君のダンスの師匠じゃなくなるのよ」
「そうだね」
「それなのに、私だけが師匠と呼び続けるのは不本意だわ」
「橋本さんが、麦茶牛乳を作るのが上手になればいいじゃん」
「それはそれで、困るのよ」
「どうして?」
暗くて見えないのに、美穂がニヤリと笑った気がする。慌てて訂正する。
「どうして困るのか、気になるなー。聞きたいことじゃないけど」
「もう、遅いよ!」
美穂が言いながら、僕の腕に絡み付く。
身体のやわらかさが、容赦なく伝わってくる。触れてはいけないものに触れている、背徳感が半端なーい。
本当に聞きたいことは別で、告白して返事が聞きたいと思ってるのに、こんな質問が採用されてしまうんかーい。
二つの意味で動揺する僕を完全無視して、美穂が続く。
「私が困る理由は、高校生活が退屈に戻ってしまうから」
「えっ、それって?」
「高一のときは退屈だった。誰ともはなさず、誰にも気付かれずに過ごした」
「橋本さん、他人を警戒し過ぎというか、遠避け過ぎなんだって」
美穂が力を込めて僕の腕を握り直す。嫌なこと言っちゃったかなと思うのも束の間、美穂の声色は明るい。
「かもねっ。それにも理由があるんだ」
「聞きたいな、その理由」
「だーめ。聞きたいことは一つって約束でしょう」
「ダメなの? どうしてもダメなの?」
「でも安心して。聞かなくても分かるから。私の顔を見てくれれば分かるから」
たしかに分かる。もはや見なくても分かる。このフレグランスを僕が嗅ぎ間違えるはずがない。だからこそ、僕は聞きたい。告白して、返事が聞きたい!
「ねぇ、橋本さん。僕は言うよ!」
「ダメ。ルール違反よ」
困る美穂を無視して続ける。
「橋本さん。好きです。僕のパートナーになってください!」
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