第14話 デート
胡桃と環奈ちゃんの面会は正午から。それまでは二人で街をぶらぶら歩くことになった。のっけからテンションの高い胡桃についていく。
「おっそいよ、お兄ちゃん!」
「ごめんごめん。お待たせ!」
「で、ちゃんと見つかったの?」
「あぁ、バッチリだ! SPAにあったよ」
「何、思いっきり誇ってんのよ」
「一発ゲットしたんだ。誇っていいだろう」
「元はといえば、お兄ちゃんが忘れたんだよね」
「たしかにそうだな。ちょっと誇り過ぎた」
「素直でよろしい」
「じゃあ、遅れを取り戻して……どこ行く?」
「それはもちろん、買い物だよ!」
「買い物? 何を買うつもりだ?」
「お洋服に決まってるでしょう」
「さすがはファッションのカリスマ」
「まーねー。さすがに制服じゃ、様になんないもの」
「何言ってんだよ。胡桃、私服じゃん」
急な呼び出しに動揺しながらも、オシャレは忘れなかった。家を出るのに5分もかかるほどだった。
「相変わらず鈍いね、お兄ちゃん」
「そっ、それは、どういう……」
「兄をコーディネートするかわいい妹。ここにありだよ」
僕は何度も胡桃に誘われてた。「お兄ちゃん、流行りのファッションでキメれば、絶対モテるって!」というのが胡桃の持論。妹の贔屓目というやつだ。
僕は当然、断り続けてきた。僕なんかがモテるはずはないんだ。実はすごいと思っていた兄が、やっぱり微妙なんてことになったら、胡桃の夢が壊れる。それだけは避けたかったんだ。半分は、面倒くさいというのも、ある。
だが、今日だけは断る気持ちにはならなかった。もう、どうにでもなれ!
「胡桃、普通が一番いいんだぞ、普通が」
お手柔らかに頼む。
胡桃には特技がある。ショップ選びだ。ほとんどのショップを素通りするのだが、立ち止まったショップでは必ずコレという品を手に入れる。短い時間に靴・パンツ・シャツ・バッグ・帽子を購入した。
「おい、胡桃。既に全身をコーデしてもらったと思うんだが」
「まだだよ、お兄ちゃん」
他に何があるというのだろう。今日は文句を言わないと決めていたので、黙ってついて行く。
「あった! ここっ!」
「胡桃、忘れたのか? 僕は裸眼でニ・〇だぞ」
「お兄ちゃん、知らないの? ここ、伊達メガネ専門店だよ」
「そんなものがあるのか。わざわざメガネをかけたい人が多いんだな」
「一応は、芸能人御用達だよ」
「なるほど、変装用ってわけか」
「もちろん変装用もあるけど、胡桃が見たいのはオシャレアイテムだよ」
「胡桃、メガネってオシャレなのか?」
ふと、思い出したのは美穂のこと。あの大きい黒縁メガネがオシャレだとは思いたくない。変装用であるはずもない。実用的であってほしいものだ。
「これだから、素がいい人は困るのよ」
何を言ってるのか、分からない。
メガネ選びには、さすがの胡桃も難航。三つくらいに絞り込んでから、ずっと固まって迷っている。その間、僕はひとりで変装用のメガネコーナーにいた。そこであるメガネを見つけてしまう。大きい黒縁メガネだ。確証はないけど、美穂がかけているのと同じものだ。
美穂は、伊達メガネなんだろうか? と、疑問が湧く。
「うん。これに決めた!」
胡桃の声を聞いて歩み寄る。選ばれたのは二つのメガネだった。
「胡桃、二つ以上は複数形。『これら』だって習わなかったか?」
「失礼ね。学校の成績は胡桃の方が上だよね」
「だったらどうして、二つも選ぶんだ?」
「お兄ちゃんのは一つだよ。メガネくらいお揃いにしたかったの」
よく見れば、二つのメガネの形はほとんど同じ。色は緑色と小豆色だ。
「で、どっちが僕のなんだ?」
「小豆色でどう? 胡桃が緑色をいただくよ」
最後にまさかのペアルック。ツーショットの自撮りを決めた。
環奈ちゃんの指定時刻まで、まだ間がある。ゆっくり歩くことになった。
「並んで歩くと、胡桃たちって恋人同士に見えるかな」
「いいや、美女と野獣じゃないか」
「お兄ちゃんは野獣なんかじゃないよ。紳士だよ」
「自分が美女なのは否定しないんだな。さすがはモデル」
「今日までかもだけどね! お兄ちゃん、アレ、乗りたい」
僕の心配をよそに、胡桃がはしゃぐ。もちろん空元気だ。今だって身体を震わせている。胡桃が指差す先を見る。
「げー、観覧車」
「デートの定番コースだね」
「僕たち兄妹なんだから、デートとは言わないだろう」
「胡桃は、デートだと思うけど」
普段なら頑なにお断りするところだ。けど、今日が少しでも胡桃の好きなようにしてあげたい。だから、これはデートなんだということにする。
「そうだな。デートってことで、乗るか!」
観覧車に乗り込む。
「なんだ、これ! 壮大な嫌がらせじゃないか」
「最近じゃ普通だよ、こういうのが」
観覧車の直径は約四十メートル。最高到達点は地上約五十二メートル。たしかに普通だ。大き過ぎず、小さ過ぎない。僕が嫌がらせと言ったのは、ゴンドラ。二十八台の全てがシースルーになっていること。
「下が丸見えじゃないか!」
「だから面白いんだよ」
冗談じゃない! 怖くてしかたがない。けど、本当に今、怖い思いをしているのは胡桃なんだと思う。こんなことで僕が怖がってはいられない。でも、怖い!
「お兄ちゃん。胡桃、思うんだ」
「どうした、急に」
「今日が胡桃の『最後の晩餐』だとしても、胡桃は後悔しないよ」
「…………」
「だってね、お兄ちゃんとのデートなんて、胡桃にとって最高の贅沢なんだもん」
「胡桃……」
「お兄ちゃん。胡桃、お兄ちゃんのこと大好き!」
「胡桃……僕だって胡桃のこと、大好きだよ」
「だったらうれしい」
観覧車はあっという間に一周してしまう。
ヴィラに向かう途中、神社による。チャリンと賽銭を鳴らし、神様にご挨拶する。胡桃の安全を祈願する。胡桃が何を祈ったのか、僕には分からない。御神籤を引き、魔除けの塩をいただく。名も知らぬ神様、どうか胡桃をお願いします。
ご利益かどうかは別にして、とても充実したデートだった。
約束の時間。約束の場所。胡桃は強い。いいはなしか、悪いはなしかは、行けば分かると、度胸がある。内心おどおどする僕とは大違い。負けじと虚勢。
「相手がたとえ環奈ちゃんでも、僕は胡桃の味方だぞ」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん」
胡桃が力士みたいに両手で顔面をパンパンッと叩いて歩き出す。僕には、見送ることしかできない。
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