第6話 橙色と白色の横縞紐パンツ

 同日、正午過ぎ。天気はまだくもり。


 リビング。


 僕は僕なりに真剣に美穂とシェアするダンス動画の撮影に取り組んだ。ちょうど終わったところに、胡桃が入ってくる。


「おっ、お兄ちゃん。いつから変態になったの?」

「なんで僕が変態なんだよ。胡桃でも許さないぞ」


「じゃあ、どこに土曜の昼からリビングで水着を着てる紳士がいるの?」

「いるだろう、ここに。ただ水着を着ているわけでもないしな」


「じゃあ、なんで水着なのかしら」

「撮影だよ。ダンス動画の撮影」


「やっぱ変態じゃん。お兄ちゃんでもさすがに引くよ」

「水着だと、普通の服を着てるより筋肉の動きが分かり易いだろう」


「なるほど。理由があってよかったよ。危うく変態の妹の烙印を押すとこだった」

「自分で押すのか?」


「十字架を背負うとも言うわね。かわいそうな、かわいい胡桃ちゃん」

「自分で言うのか!」


 スマホを操作。美穂とダンス動画をシェア。なんとか指定時間に間に合う。


「おっ、お兄ちゃん。ひょっとして動画を誰かとシェアしたの?」

「うん。前にはなした橋本って子にリクエストされたんだ」


「水着で踊れって?」

「そういうわけじゃないけど」


「だったら、水着はやばいんじゃない。変態の烙印を押されるよ」

「その心配はないな。向こうも水着だったんだ」


「まじか。ペアで変態だったとは」

「まとめて押すな!」


「まぁ、でも。たしかに水着だと筋肉の動きが分かり易いかも」

「見るか、今シェアした動画」


「辞めておく。まだ変態にジョブチェンジしたくないから」

「いずれするのか!」


「予定はないよ。あっでも、橋本先輩の動画、観たいかも」

「おい、胡桃。世間的には百合も変態の一部じゃないか?」


「今の時代はセーフ。胡桃と環奈ちゃんのカップリングとか需要、多そうだし」


 胡桃は厄介にも環奈ちゃんにはじめて会った日から、僕と同じくらいの環奈リストになったんだ。ちなみに環奈リストは環奈ちゃんの大ファンへの敬称。胡桃のファンはくるみーごというらしい。


「おいおい。幾千万人の環奈リストを敵にまわすぞ」

「くるみーごはきっと、よろこんでくれるよ!」


 どうだか。




 胡桃に美穂のダンス動画を見せる。


「おっ、お兄ちゃん。これは思ってた以上にあれだね」

「なっ、なんだよ」


「ちょっと、エロい!」

「そういう目で僕のパートナーを見るな!」


「パートナー? ずいぶん重い言葉を選んだね、お兄ちゃん」

「そうかぁ。ペアでダンスを踊るんだ。妥当な言葉じゃないか」


「いやいや。普通、パートナーって配偶者とか恋人を指す言葉だって」

「そんなつもりないよ。言い直す。ダンスパートナー。これなら文句ないだろ」


「まぁ、たしかに。でも橋本先輩がパートナーでも胡桃はいいけど」

「だ、か、らー。単なるダンスパートナーだって言い直したろう」


「どうだか。言霊は消えないっていうしね。胡桃は応援するって約束したし」

「単なる勘違いだろう。僕にその気はないよ」


「それに……」

「そっ、それに?」


「橋本先輩、気になる」

「なんで?」


「ちょっと、エロい!」

「二回も言うな!」


 言霊は消えないという胡桃の言葉が僕の中に残っていた。体育祭で優勝したいと美穂に言ってしまったが、あれも言霊だろうか。だとすれば僕は愚か者だ。優勝はおろか、キレッキレのダンスを踊ることさえ拒絶しかけた。能天気な妹まで巻き込んで。美穂は美穂なりにこんなに頑張っているのに。




「んー、でも、なんだろう」

「どうした、胡桃?」


「いやね、この水着、どこかで見たんだけど、思い出せなくって」

「どこにでもある水着じゃないのか、ボーダー柄なんて」


「正直、オレンジとホワイトの組み合わせも珍しくはない」

「やっぱり、ありふれたデザインだろう」


「ちょっと黙ってて!」


 怒られた。胡桃は集中力を高めるとき、こうして人を黙らせる。


「オレンジ、ホワイト、ボーダー、ストリング、ビキニ、パンツ、トップス……」


 そして自分はブツブツとつぶやくんだ。いつものパターンだと、そろそろ何かにひらめくころあいだ。


「……白、紐パン、水着、橙……橙色と白色、横縞紐パンツ、ビキニあっそうだ!」


 ほらきた。


「なんだよ。何か、思い出したのか?」

「いいや、思い出すには思い出したけど、ますます分からない」


「どういうことだよ」

「橋本先輩が着ている水着。一昨日、環奈ちゃんが選んだ水着と一緒なんだ」


「環奈ちゃん、水着! おいっ、まさか胡桃は環奈ちゃんの水着姿を拝んだのか」


 悔しいけど、先を越されたか。


「そんなことしたら、目が潰れてるよ」

「だよな」


「元々、他のアイドルやインフルエンサーと比べて肌の露出が極端に少ないし」

「だよな」


「顔面の造りだけで全てを持っていく。完全無欠の美少女だよ」

「だよな」


「肉付きもいいし、水着姿なんてもはや第二形態。キュン死者続出だろうね」

「だよな」


「環奈ちゃんだって、最初はカレシに見せたいだろうし」

「だっ、だよな」


「でも、そんな環奈ちゃんが印象深いことを言ったんだ」

「なんて?」


「『この橙色と白色の横縞紐パンツのビキニ、かわいー』って」

「それのどこが印象深いんだ?」


「普通『オレンジとホワイトのストリング付ボーダービキニ』とか言うでしょ」

「そっちの方が分からないよ。どっちでもいいんじゃないのか?」


「天下の中山環奈だよ。言葉も洗練されているはずなんだ」

「たしかに。専門用語ってほどでもないしな」


「水着を手に取った時点でスタッフさんは大慌てだった」

「そりゃ、普段は水着を着ないって言うしな。ん? 普段? 水着?」


 僕と胡桃は同時にあることを思い出す。


「お昼の情報番組!」

「環奈ちゃんの水着姿!」


 このあと、二人してテレビにかじり付いた。

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