第5話 オレンジとホワイトのストリング付ボーダー
四月二十七日、土曜日。午前十一時四十分ころ。天気はくもり。
自分の部屋。
環奈ちゃんは今日、サプライズイベントがニ回にテレビ生出演が一回と忙しい。イベントには縁がない身の僕は、テレビ観戦に力を注ぐ。
リビングに行きテレビを点けようとしたとき、スマホが鳴る。ライナーだ。「なんだ、美穂か」とつぶやき、音声通話をON。
『ダンスの解説動画を送ったから』
『送るって、メールじゃないんだから』
『動画を観て練習すること。自撮りして四十分以内に送り返しなさい』
『ちょっと待ってよ。今、忙しいんだ』
『ウソ。どうせ大したことないでしょう』
『決めつけんな……って、切れてらぁ』
なんてせっかちなんだ。それに、一方的過ぎる。僕の都合というものを全く考えない女王様気質には困ったものだ。
美穂とはたしかに約束した。僕がキレッキレのダンスを踊れるようになる。美穂は協力するって言ってくれたけど、ライナーを通してとは思っていなかった。
あー、かったるい。練習なんかしたって、キレッキレのダンスを踊れるようになるとは限らない。優勝なんかできるはずがない。ムダじゃないか。
それに、僕は今、本当に忙しいんだ。あと二、三分ではじまるお昼の情報番組に、環奈ちゃんが生出演する。高機能スマホのタイアップ企画だけあり、環奈ちゃん初の水着姿お披露目ではと巷で噂になっている。僕には、この番組を生で見届ける義務がある。美穂には悪いが、ダンス練なんかしている暇はない。
リビング。胡桃が先にテレビのスイッチを入れて待ち構えている。高機能スマホのCM映像が流れる。ほとんどが環奈ちゃんの自撮り。いかにカメラが高性能でも、映っているものがショボかったら意味がない。その点、環奈ちゃんの笑顔が映り込んでいるCMはサイコーといえる。
番組がはじまる。いつもとは違う演出だ。ドアタマから環奈ちゃん。ただし、噂されていた水着姿ではない。淡いピンクの部屋着姿。全身もふもふだ。これはこれで需要あり。お家デート中みたいでいい。環奈ちゃんなら何でもいい!
『こんにちは、中山環奈です。みなさん、私が今、どこにいるか分かりますか?』
おっ、クイズ形式か。自宅? あるいはどこかのホテル? 今日のサプライズイベントは福岡だから、きっと福岡の高級ホテルだろう。
環奈ちゃんの映った画面が小さくなる。代わりに大きく映るアナウンサー。
『みなさん、こんにちは。今ご覧の映像は、環奈さんがスマホで撮影しています。環奈さん、アナウンサーの十日市場です。もう少しヒントをください』
そんなことはどうでもいい。環奈ちゃんを大きく映せと言いたい。
『そうなんです。一昨日発売のスマホです。この映像を既に体験した方も多いのではないでしょうか。ヒントですね。じゃあ、ぐるーっとまわってみますね』
手を振る環奈ちゃんを中心に、文字通り世界がまわる。全体的に白と木目を基調としたデザインの空間だ。どこかのホテルの一室のよう。広い部屋の真ん中に年代物の大きいCDコンポがポツンと置かれているのが不自然。
やがて、窓の外が映し出される。遠くに青空。綺麗だけど、環奈ちゃんには負ける。近くには小ぶりながら室内プールが見える。水着姿の期待を膨らませる。
『実は環奈さんは今、一人旅の真っ最中というわけで、居場所はスタッフも聞いていないんですよ。視聴者の皆さんはどこか分かりましたか?』
なるほど、そういうシチュか。環奈ちゃんのいる部屋には、たしかに誰もいないようだ。ぐるーっとまわっても誰も映らない。
『そうなんです。私、今、ひとりきりなんですよ』
一体、どこ? 勿体振らずに教えてくれ!
『一人旅の体験もこんなに鮮やかに共有できるようになったんですね、環奈さん』
スマホの性能なんてどうでもいい。本当に要らないから。僕はただひたすら環奈ちゃんの映像だけが観たいんだ。
『はい。皆さんと体験を共有できたなら、とってもうれしいです』
僕もうれしい。体験の共有、めっちゃうれしい。
『みなさん、正解は番組の最後に発表ということです。環奈さん、それまで一人旅の続きをお楽しみくださいね』
『はーい。また、のちほど』
小さい画面が消える。環奈ちゃんと一緒に。
番組が通常の進行に戻る。環奈ちゃんの次の出番は十二時半過ぎ。胡桃がテレビを切って自室に戻る。僕も急激に暇になる。ダンス練でもしようかな。
ライナーで美穂とシェアした動画を見る。こっ、これは!
ダンスの要点を解説しながら実演してくれてる。専門的な用語ではなく、分かり易い言葉が選ばれてる。ダンスの解説動画としてはかなりの秀作。しかも!
「ちょっと、エロい!」と、思わず口走るが、誰にも聞かれてなくってセーフ。
美穂はどういうわけか水着姿。オレンジとホワイトのストリング付ボーダービキニだ。ビキニからは二本の色白の脚が伸びている。ドアップで映し出されても肌質がいいのが伝わってくる。そばかすだらけで地味な美穂とは思えない。映えてる。
これが、高性能カメラの画質というやつか!
でも、何でまた、水着なんか着て踊ってるんだろう。サービスし過ぎだぞ。ひょっとして、僕に気があるのか? いや、そんなはず、ない。あり得ない。美穂はどう考えたって、他人に興味を示すようなガラじゃない。きっと何かウラがあるに違いない。
エロい気持ちを捨てて動画を観ているうちに、僕は、あることに気付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます