第2話 もの食う美少女
「お兄ちゃん、考えごと? おかしいでしょ」
四月二十三日、火曜日のおやつどき。
不意に妹の胡桃に言われ、パンケーキを落としてしまう。表面はサクッ、中はふんわりもちもちの逸品。笑えないけど、今の僕にそっくり。
救いは落とした先が取り皿の上だったこと。胡桃特製のパンケーキを粗末にしたなんて知れたら大変だ。嫉妬深いクラスメイトから石つぶての飽和攻撃を覚悟しないといけない。フォークで刺し直して口に運ぶ。
胡桃が言うように、僕は考えごとをしている。
一、応援合戦の出番が午後イチになるようにする。
二、キレッキレのダンスが踊れるようになる。
細い蜘蛛の糸を掴んで尚、僕の頭の中を支配していたのは美穂の残像。寝姿ではなく、歩くうしろ姿なのは自分でも意外で、笑えない。僕は、美穂とペアダンスを踊りたいんだろうか。そんなはず、ないのに。
美少女は、ただ鑑賞するためのみに存在する。手で触れるものではない。ましてや一緒に踊るなんて、あり得ない。突っ伏して眠る姿をプリントをまわす隙に覗き見るだけで充分に幸せじゃないか。美穂は眠れる教室の美少女なんだから。
ふと、美穂の顔を思い出す。黒髪には艶がなく、そばかすだらけの肌。大きい黒縁メガネも手伝い地味で覇気がない。おまけに何に対しても無関心といった表情。クラスのみんなが言うように美少女的要素は皆無。眠ってるときを除けば。
パンケーキをフォークで切り分けながら言う。
「考えごとをしていたのは認める。けど、おかしいは失礼だろう」
「だって、おかしいんだもん」
「どこがおかしいんだ?」
「いつもはずっと胡桃の食べるところ見てるじゃん」
僕は美少女鑑賞者。他の誰も気付いていない、その人の最も美しい瞬間を見逃さない。胡桃はもの食う美少女。摂食シーンが絵になる美少女だ。
さすがに妹となると、こうしてはなすことは多い。胡桃とはなすとき、いつもは考えたことをそのまま言葉にしているのに、今はなぜか頭の中に美穂がいるのを胡桃から隠そうとしてしまう。胡桃の側はいつも通りで、何の遠慮もない。
「そうだろうか」
「はっ、はーん。恋のお悩みだね。しょうがないなぁ。胡桃様が相談に乗るよ」
「僕のどこに恋愛要素があるんだ? 僕は美少女鑑賞者だぞ」
「あるよ。だってお兄ちゃん、高二だし」
「なんだそれは。新種の病か?」
「高二病。進路をとるか、青春をとるか、恋愛をとるか。はたまた世界平和?」
「世界平和はなしにしても、他の一つだって難しい」
「そんなことないよ。胡桃はこのルックスで全てを手に入れたんだよ」
否めない。
僕たちがまだ小学生のころ、胡桃が豪快に蕎麦をすすっているところを写真に撮ったことがある。コンクールに応募すると、大賞を受賞。それがきっかけで、胡桃はモデルとしてデビュー。中高生の人気者になり、現在に至る。
「あれは悪かったよ。ちょっと悪ノリしちゃっただけなんだ」
「いーの、いーの。結果オーライってやつ。胡桃はむしろ感謝してんだから」
「なら、いいけど」
「だーかーらー。お兄ちゃんの力になりたいんだよ。特に、恋愛方面では」
「なんでそっち方面って決めつけるんだよ!」
「じゃあ、違うの?」
「違うとも。じつは!」
二枚目のパンケーキをそっと切り分け、二本の蜘蛛の糸についてはなす。美穂が女子だとバレると面倒だから、しっかり伏せて。胡桃は終始真剣そうな顔で僕のはなしを聞いてくれた。
「と、いうわけだ」
「なるほど。つまりその人と一緒に体育祭に出場したいんだ」
「まぁ、そういうことだ」
「そうしたらお兄ちゃん、その人と付き合えるかもってことだね」
「なんでそうなる? その人が女子だなんて言ってないよね!」
「まさか、男子! 胡桃はうん、それでも応援するよ」
「違うよ。女子だよ、女子。決めつけんなって言いたいだけ!」
「よかったーっ。あーは言ったけど、さすがに覚悟を決めるのに時間要るから」
「僕は純粋にみんなで体育祭に出場したいと思ってるんだ」
「お兄ちゃんってそんなキャラだった?」
違いますとも。何かに一生懸命になるとすれば、美少女鑑賞のため。成り行きで二本の蜘蛛の糸を手繰り寄せることになっただけ。ダンスは練習すれば何とかなるにしても、順番決めは運頼み。悪足掻きするしかない。
「体育祭、頑張ろうと思っているのは本当。蜘蛛の糸を手繰り寄せてみせるよ」
「しかたない。順番決めるのくらいは協力するよ」
「胡桃って、祈祷師なのか? 一緒に祈ってくれるのか?」
「何で神頼みが前提なの? こう見えて、胡桃は体育祭の実行委員なんだから」
「なるほど。順番を決める全権があるってことか」
「そこまではないけど、少なくとも会議には出る」
「すごいじゃないか。順番は頼んだぞ」
「まっかせなさい!」
胡桃が胸を張る。ぺたんこだ。
「で、何がのぞみだ?」
「写真撮って!」
僕は滅多に写真を撮らない。美少女鑑賞者となってからは特に減った。胡桃だって知っているはずなのに。
「そうきたか」
「事務所の先輩と交換する用。大者だよ、中山環奈!」
中山環奈というのは元子役で歌って踊れるアイドルにしてチューバーでライバーでインフルエンサー。艶のある黒髪にキメ細かい肌。潤んだ瞳は大振り、ついでに胸も大振り。三六五日・三六〇度、いつどこから見ても完全無欠の美少女。
そういえば、明日は環奈ちゃんがCMをしている高機能スマホの発売日。A4ポスターのおまけ付き。抽選でサプライズイベントも当たるらしい。イベントはムリだとしても、ポスターだけは入手したい。胡桃に頼めないか。
「おい、胡桃。環奈ちゃんと知り合いなのか!」
「明朝、はじめて会うんだ。そのときに写真の交換を持ち掛けるつもりだよ」
「なるほど。かなり盛らないといけないな」
「失礼だよ、お兄ちゃん。胡桃だって一応はモデルなんだから」
「そういえばそうだった。普段を知っているからつい忘れるんだ」
「兎に角、明朝、一緒に仕事。野外撮影」
「そのときにA4ポスターをもらってくるんだな!」
「えっ?」
「さらに仲良くなって、この家に連れてくるんだな!」
「えっ?」
「くるんだな!」
「そうそうそう。それもこれも、お兄ちゃんの写真次第だね」
僕はパンケーキを美味しくたいらげたあと、渾身の写真を撮るのだった。
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