気付いたときに、あまあまな生活がはじまる
世界三大〇〇
美少女鑑賞者
第1話 眠れる教室の美少女
僕こと宮崎勲は美少女鑑賞者。話さない、嗅がない、触れないの、美少女鑑賞三箇条を掲げ、日々、美少女鑑賞に勤しむ。
今のお気に入りはうしろの席の橋本美穂。長い黒髪に艶はなく、肌はそばかすだらけ。おまけに大きい黒縁メガネをかけた地味な少女だ。それでも僕が美穂を鑑賞するのは寝姿が美しいから。授業中にプリントをまわすコンマ数秒が僕の鑑賞タイム。
はるうらら、四月の二十二日、月曜日。
体育祭の応援合戦はペアダンスだと発表された。
「ダンスは各自、動画で覚えて。ペアは希望を募ります。明朝、用紙を提出して」
誇らしげな学級委員長の一言に、教室は騒然となる。みんな知っているのだ。彼がなぜ誇らしげか。先日、華々しく卒業したからだ。冗談じゃない!
「ペアなんか、作れないに決まってんだろ」
「ダンスなんか、ムリでしょ」
「体育祭なんか、テキトーでいいじゃん」
クラスメイトがポーカーでいうロイヤルストレートフラッシュ並みに完璧な役をぶつける。やれ、やれ! みんな、もっとやれーっ!
それでも学級委員長は織り込み済みとばかり、全く動じない。
「自分で悩み、自分で決断。本当のペアはそうして生まれると僕は信じる!」
何とさわやかな理論。何が『信じる!』だ。爆発しろ! リア充様の発想は恐ろしいが、救済策も忘れない。
「自力で組めない人は明日の放課後、くじ引き会に参加してもらいます」
そこでチャイムが鳴り、学級委員長に押し切られるかたちで学活が終了。同時に僕に翌日の予定が入った。くじ引き会、楽しそうじゃないか……。
翌日を迎え、僕はくじ引き会に参加するため指示通り自分の席で待っていた。結果的にくじ引き会は行われず、さわやかリア充学級委員長様から宣告された。
「提出しなかった宮崎君と橋本さんでペアを組んでもらうよ」
なんと! あれだけブーブー文句を言ってたクラスのみんながペアを成立させ、できなかったのは僕と美穂の二人のみという。恐ろしい。
「ついでにグランパドドゥも引き受けてもらいたい」
グランパドドゥとは、ペアダンスをセンターで踊ること。もっと恐ろしいことに、そんな大事な役目をあまり者のペアに押し付ける。
そして、もっともっと恐ろしいのは、言い終わった学級委員長が僕たちを置いてカノジョと帰宅してしまったこと。しかも仲良くおててをつないで、鼻歌なんか歌って。期待されてないにしても、酷い。酷過ぎる!
取り残され憤る僕に、美穂が強烈な一言を放ったんだ。
「ごめんね、宮崎君。諦めて」
美穂の声を聞くのは、これがはじめて。イメージ通りにのんびりで、伸びやかで、やや高く、思ったよりボリュームがあり、よく通る。
面と向かうのもこれがはじめて。どう見ても地味。
それでも僕は美少女鑑賞者で、美穂は僕の鑑賞対象。席に着き机の上に突っ伏して眠るときの美穂は美少女。ゆるい弧を描く背中のカーブは猫のようで撫でたくなる。
美穂は、言い終わるや何事もなかったかのように机の上に突っ伏して眠る。僕は美少女化した美穂を見続ける。こうしてゆっくり眺めていられるなんて、考えようによっては学級委員様様だ。ポジティブに思考しないとやってられない。
美穂の魅力に誰も気付いてない。美少女鑑賞者としては鼻が高い。美少女を独占できる。撫でたくなるのを我慢するのに苦労するが、見ているだけで充分に幸せ。いや、見ているだけだから幸せで、深く関わらない方がいい。
不意に妹からメッセージが入り、スマホを取り出す。
「撮影はご遠慮ください。プライベートなもので」
美穂だ。
「ごっ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんだ」
慌ててスマホをしまう。美少女鑑賞者の僕が写真だなんてもっての外だけど、紛らわしい行動だったと素直に反省。もう一度、美穂を見る。背中のカーブが堪らない! 誰も知らない、いつもの、僕だけの眠れる教室の美少女だ。
あれ、今の寝言? 美穂はたしかに眠ってる。スーッという寝息も聞こえる。なんて寝言だよ、まるで芸能人。どんな夢なんだろう。僕には関係ないけど。
僕は再び眠れる教室の美少女鑑賞モードに突入する。
しばらく。
美穂は目覚めると、秒で荷物をまとめ、立ち去る。地味な立ち姿や癒しの寝姿からは想像もできないほどに速くて、無駄がない。蝶が舞うように優雅でさえある。普段から一番に帰宅する実績は伊達じゃない。何かの運動をしている証拠。何かは分からないけど。
教室の片隅にとり残された僕は慌てて美穂を追う。廊下には既に美穂の姿はなく、階段まで行っても足音が聞こえるだけ。諦めずに追いかけた結果、玄関で靴を履き替えているところにやっと追いつく。
「待ってよ、橋本さん。諦めてってどういうこと?」
なぜか、聞かずにはいられなかった。
動作を続ける美穂から意外な一言が返ってくる。教室の片隅で聞いたのとは違い、早口なのも意外。
「廊下を走るのはやめなさい。そんなことが聞きたくて待ってたの?」
応えに困り黙って笑うと、美穂は外履きで歩き出し、続ける。
「そのまんま。私、体育祭には出ないから。サボるの」
「なるほどーっ。そりゃ、諦めるしかないかぁ。って、違ーう。何でサボんだよ」
言いながら靴を乱暴に履きかえ、美穂を追う。美穂はこっちにはお構いなしといった感じで、速度を変えずに歩き続ける。それでも律儀に返答をくれる。
「違わない。目的もなく身体を動かして何になる? 日焼けするのがオチ」
眠れる美穂からは想像できないほど動作はキビキビで、思考はサバサバ。蜂が刺すように鋭い。日焼けを気にするなんて想像してなかった。
「もっ、目的は優勝だよ、優勝。体育祭の!」
「宮崎君ってそんなキャラだった?」
いや、違いますよ。どちらかというと内向的。もし、何かに一生懸命になるとすれば、美少女鑑賞のためか、妹の絡むときくらい。友達とか思い出を作るためにムダな汗をかいたりは絶対にしないタイプ。
もっともなことを言って応戦。若干、声が上擦ったが、噛まずにすむ。
「高二の体育祭は、今年しかないだろう」
借り物の言葉が響くはずないけど、なぜか美穂には効いた。足がピタリと止まる。
「たしかに一度きりね。順番次第では出場できるかもしれない」
蜘蛛の糸だった。どんなに細くとも手繰り寄せなきゃいけないって思った。
「で、出場可能な順番は?」
「そうね。二時にはここを出たいの」
サボると言ったが、何か予定があるようだ。今は気にしてもしかたない。
「だったら一番。出番が午後イチになったら、橋本さんも出場可能だな」
「もう一つ。ダンスをキレッキレに仕上げて。協力はするから」
上からくる。ダンスに絶対の自信がないと言えないことだ。
「あー、仕上げるさ。橋本さんは随分な自信だね」
「当然!」
美穂の足がまた動く。余計なことに使った時間を取り戻そうとしているよう。今まで僕が鑑賞してきた眠れる教室の美少女とは別人に思える。
うしろ姿に見惚れていることに気付いたのは、立って見送るだけの僕の視界から、美穂が消えたときだった。
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