第2話 あの久我くんと私がタッグ?

 ピーッ‼

 もう一度鳴った、高らかな笛の合図で、キックオフした。


 じゃんけんで勝ったのは、Cチーム!

 幸先がいいなぁ。

 口元が綻んでしまい、あわてて真顔に戻る。

 誰かの視線を感じたような気がした。


 Dチームには運動もできる理央ちゃんがいるんだから、勝つためには真剣にやらないと!


 意気込んで臨んだサッカー。

 大っ嫌いだけど、Cチームのみんなが勝ちを望んでいるんだから、それには応えられるように頑張りたい。


 その一心で、ボールを追いかけて、取られた時にはすぐに守りに入った。

 そうしているうちに、Cチームからの視線が、普通の視線から好意のある視線に変わっていっているような気がした。


「岸野さんすごい!」

「頑張れ~!」


 という男子たちの声も聞こえる。

 すごいとか言ってるけど、気持ちだけね?


 実際動き回ってるだけで何回も転びそうになるし、ボールなんて一回も取れていない。取れたとしても、どうしたらいいかわかんなくなっちゃうし。


 そんなに活躍はできなかったけど、同じチームにいた運動神経のいい子が2得点入れてくれたおかげで、Cチームが勝つことができた。




「やった! 勝てたよ! 久我くんのチームと戦える!」

「岸野さん、いるだけで心強かった。ありがとう!」


 という笑顔でみんなから向けられる言葉。

 こんなことを言われるなんて、初めてだった。


 そういう風にみんなが私に優しく、好意的に見てくれているのに、私は目を合わせようとしない。みんなは、対等に話すことを望んでいるはずなのに。

 みんなの期待に応えられない私は、最悪だ。




 勝ったチーム同士の対決の方が白熱するからという根拠のない高橋先生のわがままで、先にBチーム対Dチームが戦っている。

 これの勝ち負けは、別に興味ない。


 さっきからずっと理央ちゃんは不機嫌な顔だ。負けたせいで、久我くんのチームと対決できなかったからかな?


 それでもどうしても勝ちたいっていう熱気にあふれた理央ちゃんは、さっきよりも機敏に動いて、男子に勝とうと奮闘している。

 その視線の先は…アキ?


 理央ちゃん、さすがに目移りは良くないよ?

 と思っていたけど、こっち側にいる久我くんのこともチラッチラッと見ているから、やっぱり久我くんが好きなんだなって思った。


 その久我くんが、何故か私の方へ近づいてくる。


「岸野さん、すごかったな! めっちゃ動いてたじゃん!」


 なんと、あの人気者でモテ男の久我くんが、私に話しかけてきたのだ。


「いや、全然だよ。サッカーなんて苦手種目だし。ボールも全然取れてなかったでしょ?」

「ううん、さっき女の子が言ってた通り、いるだけでみんなの支えになってたと思うよ。守りも入ってたしさ!」


 久我くんが、わざわざ私にそんなことを言ってくれるなんて思ってもいなかった。

 クラスメートなのに、一生話さないだろうなぁって思ってたくらいだ。


「ありがとう!」


 こんな経験なんて、絶対今後一切ない。そう思って顔を上げてしまった。

 ダメだ、目が合っちゃう。

 そう思っても、何故か久我くんが私の瞳を覗き込んでくる。

 どうしても、目が合ってしまった。


[――――]


 あれ…何も聴こえない?

 一番の悩みが無いの?

 そんな風に見えるけど、聴こえない、っていうより、ガードされてる感じがする…。


「…岸野さん」

「なに?」

「昼休みになったら、コンピューター準備室に来て!」




 コンピューター準備室は、コンピューター室で使うパソコンやタブレットがいっぱい置いてある。スクールカウンセラーさんが滞在していることが多いけど、今日は不在だった。


 昼休みになって、言われた通り久我くんのいる準備室に移動しようとした。

 でも、理央ちゃんがあからさまにこっちを見てくる。


「…?」


 睨まれたけれど、それ以上理央ちゃんは何も言おうとしない。

 もし、このまま普通に行って、久我くんと一緒にいるところを理央ちゃんに見られたら大変だ!


 そう思って、隣の隣にある準備室まで、階段を上り下りしてでも気づかれたくなかったから、学校を一周して向かった。




 コンピューター準備室に着くと、もうそこには久我くんがいた。


「ごめんね、待たせちゃったよね」


 そう言って、恐る恐る顔を上げて、目を合わせる。


[――――]


 やっぱり、何も聴こえないや。なんでだろう?


「岸野さん。悩み事ない?」

「へ? 悩み事?」


 急に突拍子もないことを言われて、びっくりしてしまう。


「なんでもいいよ! とにかく、言ってみて」


 真剣な顔でじっと見つめられて、これで答えないんじゃ悪い人すぎる、と思った私は、仕方なく口を開くことにした。

 でも、こんな悩み事を言っても、いつも友達に囲まれてて、笑顔で、元気な久我くんには分からないだろうな。


 ――私が平凡すぎて、人生に希望を持てない、だなんて。


「…聞いて呆れないでね?」

「もちろん! 人生に希望を持てないだなんて、俺だって同じだし」

「分かった。…って、」


 なんか、引っかかる。


 ――『人生に希望を持てないだなんて』


「えっ、何で知ってるの⁉」


 まさか、久我くんに知られているだなんて。

 顔に出てた? でも、私は昔から表情豊かな人ではない。


「あ、ごめん、言っちゃった。俺、目が合った人の一番の悩みが聴こえるんだ」

「えっ⁉」


 ――えーっと、ちょっと待って。頭の整理しないと今すぐにでも壊れそう。

 えっと、私と目を合わせていたのは、私の悩みを探るためで。

 つまり…。


「久我くんもハートボイス持ってるの⁉」

「ハートボイス? 何ソレ?」


 あ、そっか。ハートボイスは、私の固有名称だった。


「ご、ごめん。目を合わせたら、その人のハートの声が聞こえるっていう能力を、私も持ってて。ハートボイスって呼んでるの。心の声だから」

「えっ、岸野さんもこの能力持ってるの⁉」


 今度は、久我くんが驚く番。


「うん、持ってるよ。使おうなんて思ってないけど」

「そうなんだ…まぁ、話を終わらせてからにしよう。岸野さんは、色々平凡すぎて、自分の人生に希望が持てないんだよね?」

「う、うん…」


 改めて言われると、やっぱり少し傷つく。しょうがないけど。


「ごめんごめん。でもさ、みんな同じだと思うよ?」

「え?」


 みんな、同じ?


「俺だって、将来の夢なんて決まってないしさ。きっと、翠晴も同じだと思うよ」

「久我くんも、アキも…」


 本当に、そうなのかな?


「だから、岸野さんもそんなに気にしなくていいと思う。そういうのは、みんなで解決していけばいいじゃん」

「みんなで…」


 色々なことに驚いて、言われたことが心に刺さって、オウム返ししかできなくなってしまう。

 みんな同じだって思ったら、少し勇気が出てきた気がした。


 そうだよ、みんな同じなんだ。

 私だけじゃない。みんなで考えればいい。

 その言葉に、私は、救われた。


「だから、一つ提案! その…なんだっけ?」

「ハートボイスのこと?」


 まさか、私が分かりづらくなるからって勝手につけた名前を、久我くんに口にする日が来るだなんて。


「そうそう、ハートボイス! それを使って、みんなの悩みを解決していこうよ」

「――そっか…」


 そうだよね。

 せっかく、ハートボイスなんてすごい力を持っているんだもん。

 これを使わないなんて、もったいないじゃん!

 それでもし、自分が傷ついたとしても。

 久我くんみたいに、一人でもハートを救えたら、きっとそれが私の人生の希望になる。


「うん! 喜んで!」

「よっしゃ! よろしくな!」

「こちらこそ!」

「あ、面倒めんどくさいから俺のことは頼登でいいよ。俺も柚芽って呼ぶことにするから」

「えっ、私の下の名前覚えてたの⁉」

「驚くのソコ?」


 もしかしたら、私のおぼろげな人生に、ハートボイスが変化をもたらすかもしれない。

 今、キミが救ってくれたから。

 久我くん…いつか、ハートボイスで、あなたのことも救ってみせる。

 久我くんの言葉に、さっきまでハートボイスなんかいらないと思っていた自分が、「ハートボイスを使って誰かを救いたい!」という前向きな考えに変わっていることさえも信じるまでに時間がかかった。

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