第1話 平凡な私と無視は切り離せない?
「はぁ…」
私は今日も、手に持ったテスト用紙を見て、ため息をついて机に突っ伏する。
ホント、逆に怖くなるよね。
さっき、担任の先生の高橋先生が言っていた。
「今回の社会のテストは、平均点80点だぞー。超えた人、おめでとーだね!」
私のテストも80点。
こんなの、もう何度目だろう。
それにしても、おめでとーだねって、なんか日本語少しだけおかしくなってる気がするけど、気にしない気にしない。これが高橋先生の通常運転。
両手を挙げて喜ぶ人もいれば、私のように落胆している人もいる。
ざわざわしているクラスを見て、もう一度ため息を吐いた。
私の名前は、岸野柚芽。小学5年生。
見ての通り、勉強は平凡。運動も平凡。図工も書写も家庭科も、賞なんて取ったこともない。
容姿だって、才能だって、何も目立つものはない。
そんな平々凡々な私でも、一つだけ、他の人と違うことがある。
それは、目が合った人の一番心の叫び、つまり悩みが聴こえること。
これを、私はハートボイスと呼んでいる。
今まで色々な人のハートの声を聴いてきた。
それのせいで、自分が傷ついて、もうこんなのいらない! って思った時もあった。
でも、それでも、ハートボイスは私の中に居続ける。
だからといって、この能力を使う術なんて無かった。
できるだけこの能力と距離を置けるように、色々な人と目を合わさないでいた。
そのうちにどんどん友達がいなくなって、最終的には休み時間に話す人さえいなくなった。
私は固まっているグループの中に入ろうとはしなかったし、入りたくなかった。
ハートの声を聴くより、一人ぼっちのほうがよっぽどマシだった。
だから、休み時間は一人で本を読むことが普通になっていた。
そんな私の希望のない人生に、一筋の光が射したのは、ある夏の日の体育の授業の時だった。
今日の3時間目は、体育の授業。
種目は、サッカーだった。
運動は平凡だけど、サッカーは大の苦手。
サッカーが苦手なのは、ほとんどの女子の平均だ。
同性で2つのチームに分かれて、A、B、C、Dの計4つのチーム。
私はCチームになった。
まずは同性同士、男子のAとB、女子のCとDで戦う。
時間的に総当たり戦は無理だから、その二つの戦いで勝ったチーム同士、負けたチーム同士が戦うことになった。
できるなら、女子だけの戦いで終わりにしたかったんだけどなぁ…。
でも、何故か私のチームのサッカーが苦手な人たちも、「○○くんに見てもらいたい!」とか、「○○くんと対戦していいとこ見てもらいたい!」言って、やる気が外へにじみ出ている。
それなら、みんなが勝てるように、頑張らないと!
ピーッ!
高橋先生の笛の合図で、試合が始まった。
今回は、A対Bの対戦。男子同士の戦い、ということもあり、周りの女子たちは綺麗に分かれて応援している。うちのクラスに、人気者の男子が2人いて、バラバラのチームになったから、Aにいる人推しの女子とBにいる人推しの女子が分かれてるんだろうな。
私はそういうのに疎いから、とりあえずクラスのリーダー的存在のあの人が推しに行っているチーム、Aチームにしておく。違う方にしたら、これまでよりもっとハブられるだろうから。
じゃんけんではAチームが勝ったから、まずはAチームの人がパスをした。
その相手は、このクラスで一番足の速い久我頼登くんだ。久我くんは、50m走7.2秒の、超俊足。運動会では、いつもぶっちぎりの一位。
端っこの方にいたおかげで、Bチームは久我くんの守りについていない。持ち前の足で、ぐんぐん相手陣地に攻めていく。
「キャーッ! 久我くん、頑張って~!」
叫んだ女子は、クラスのリーダー的存在、
私の苗字の始まりが『き』、久我くんが『く』、理央ちゃんが『け』。
こうして、久我くんのことを、出席番号順で私と理央ちゃんが挟んでいるのも気に食わないみたい。
出席番号順なんて運なんだから、本音を言うと私を恨まないでほしいなぁ。誰も悪くないし。
特に私なんて、地味で目立たない方がいいんだから、できることなら久我くんの隣にはなりたくなかった。
始業式の後、今もまだそうだけど、席が隣なせいで、4年生の頃よりもよくぶつかってきたり、文房具を隠されたりすることがあった。慣れちゃったから、半分どうでもいい感じ。
5年生にもなって、いじめとかバカみたい、って心底思っている。
でも、万が一口にでも出してしまったら、今度こそ完全な理央ちゃんの敵対象になる。それだけは絶対に避けたい。ただでさえ友達がいないのに、周りが全員批判視してきたら、さすがに精神が持たない。
だから、私は今でも理央ちゃんに一度も逆らったことがないし、むしろ適度に色々合わせている。今回のように。
そんな風に理央ちゃんとの関係を考えているうちに、いつの間にか久我くんがゴール近くまで来ていた。
「頑張れ~! 久我くん! 入れちゃって‼」
と希望に満ちた表情で、理央ちゃんが叫ぶ。
でも、あの状況じゃ、絶対に入らない。
守りがいないと焦ったBチームが5人、久我くんの周り1メートル以内についている。これじゃ、どこにもパスも出せないし、シュートなんてできるはずがない。
そんな状況も見ずに叫んでいる理央ちゃんに、正直呆れてしまう。
案の定久我くんはボールを取られてしまって、Bチームの4番はどんどん前へ進んでいく。
そして、その人はゴール前にいた1番、Bチームの人気者の
私は翠晴の幼馴染だから、アキと呼んでいる。
あー、アキに渡したら終わりだよ。アキは、運動の中でもサッカーが一番得意なんだから。
Aチームの人たちが守りに入る前に、あっさりとシュートして、入ってしまった。
「Bチーム、1点‼」
と、高橋先生が叫んだ。
久我くんを見ると、悔しそうに汗を拭っている。
久我くんとアキは親友だ。よく一緒にいる。
だから、久我くんが普段見せないこういう悔しさも、表に出てしまっている。
「久我くんっ、まだいけるよ! あと10分もあるもの! 諦めずに頑張って!」
と理央ちゃんが叫ぶ。
悔しいけど、その通り。
試合時間は15分の中のあと10分。
まだ、Aチームの勝ち目はある。
久我くんは、分かっている、とでも言うように、キッと前を見つめる。
私はアキと目が合った。口パクで、『やったぜ!』と言って笑顔になったのが分かる。
『まぁせいぜい頑張って。私はAチームの応援だから』と早口気味で口パクを返してやった。
その時…。
[もっと見てくれよ…]
というアキの心の声が聞こえた。
これが…アキの、一番の悩み?
誰に、何を見て欲しいんだろう?
鈍感で勇気のない私は、分からなかったし、聞く気もなかった。
その頃、Aチームは集まって、何やら話をしていた。
何故か、こっちをチラチラ、見ている気がした。
目が合いそうで怖くなり、急いで下を見た。
試合が再開して、今度は完全にAチームが有利になっている。
さっきの話し合いみたいなので、何か一致団結したんだろうか、チームワークが上がっている。
味方と視線を交わしてパスをしたり、ロングシュートと見せかけてまた走り出してパスしたり、まるでどんなことを考えているのか分かっているかのようなプレーだった。
さすがにこれにはBチームも対抗できず、Aチームが試合を制した。
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