4.田舎の祖母に会いに行く/行ってはいけない場所/地獄は地続きの場所にある
1.旅の始まりと駅弁どれだけ食べられるか耐久選手権!
ぼくは駅のホームにいて、そこから旅立とうとしていた。
周囲には同じく、列車に乗ってここからの移動をしようとしている人達がいる。
隣には時雨がいる。
向かいには見送りに来た可奈子と凛太朗がいて、笑顔でいる幼馴染みに対して男友達の方は、若干困惑しているような心配顔をしていた。
「なんだよ、その顔」
「いや、別に……」
指摘すると凛太朗はそう言って言葉を濁す。そのやり取りを見ていた可奈子がすかさず挟んだ。
「鈴木君は要が連休にいないから寂しいのかな? 仲いいもんね、二人」
「何それ。そんな気持ち悪い理由絶対ありえない」
可奈子の言葉に凛太朗が即答する。もちろんぼくも表情がゲテモノを食わされた時のように何とも言えない状態になって追随しようとするけれど、反論の言葉は凛太朗に先越されてしまったので出なかった言葉が喉の奥に詰まって、もやもやだけが残った。
「そんなことより要、忘れ物はないか?」
隣の時雨が見上げながら訊ねる。
ぼくは気を取り直して、小ぶりな鞄を持ち上げて見せた。
「大丈夫だよ、それに三泊四日なんだし、もしあっても同じ日本だよ。向こうで買えばいいと思うけど」
軽く答えると、時雨の残った方の右の瞳がスッと細められた。
「要、忠告だ。便利さは人を愚鈍にする。必要な物はきちんと持っていけば同じ物を買い足す必要はない。労力と金銭面の合理性に於いてその軽々しい行為は……」
「だ、大丈夫だから、時雨。忘れ物はないし、それにもっと気楽な感じでいいからね」
時雨の重い講釈が続きそうになってぼくは即座に取り繕う。今はとりあえずなんとかなったけれど、先行きに僅かな不安を感じる。
「なんかさ、すごく遠くに行くような気ががするな……」
友人がぽつりと呟く。先程から心配顔だったのはそんな理由かららしい。でも多分、そう呟いたのはぼくを心配しているのでも、先程否定したキモい理由が実はあるからでも何でもなく、ただ単にぼくが今から行く場所についてそういった感想があるからそう言っただけだった。
「そんなに遠くはないよ、さっきも言ったけど外国でもないし」
「日本海側の方って、想像もできない……」
「あのさ……そんな未開の地みたいな言い方しないでよ……」
ぼくと時雨が今から向かう場所は日本海側に位置する県だった。
中央アルプス北アルプス山脈を越えた向こう側には何もないような気がしている。ぼく自身も普段はあまり考えることもない、そこら辺りの土地についてちょっとそう思わないこともない。けれどそれはあまりにも失礼に思う。ちゃんと歴史もあるし文化もあるし、コンビニもある。それにぼくの母親の生まれ故郷でもある。
「気をつけて行ってきてね。あと、おみやげも忘れないでね」
「うん」
ぼくは終始笑顔の可奈子に頷く。
十月の三連休を利用して、ぼくは母の実家に行こうとしていた。せっかく行くということで学校は一日休んで三泊四日にした。同行者は時雨。ぼくと彼女はある理由があって、遠く離れている訳にはいかない。学校や同じ都内くらいなら構わないけれど、太平洋側と日本海側ほど離れてしまうと、どうやら駄目らしい。
「いってらっしゃーい」
可奈子と凛太朗に見送られて列車に乗り込む。時雨の持ち物は黒い革のトランク一つで、「貸して」と言ってそれを受け取って荷物棚に乗せると、時雨は「ありがとう」と言った。
座席に座ると、窓越しに見送りの二人の姿が見える。列車が動き出しても、可奈子は最後まで手を振っていた。彼女の姿が後方に消えて見えなくなってから、ぼくは隣にいる相手に目を移した。
いつもと変わらない気もするけど、少し表情が和らいでも見えるその姿は楽しそうでもある。ぼくは窓の外の景色に目を移して、そこにいる相手の中身のことを考えてみた。
言動は少女らしくなく、時に屈強な男の姿になることを思えば、中身はそっちの方に近いのかもしれない。けれど可奈子の母親である裕子さんに料理を習っている姿や、こうやって小旅行を楽しんでいるようにも見える姿を目の当たりにすると、ぼくが今見ているそのとおりの少女がそこにいる気もする。
「要」
「なに?」
「駅弁、食うか?」
現在午前十時で、朝食は八時頃済ませたし昼食にはまだ早い。そうなのだけれど時雨はトランクとは別にもう一つ持っていた駅弁入りの紙袋を、ぼくの目の前に翳した。
「駅弁って、今?」
「今だ。駅弁は旅のお供だからな」
「うん……まぁそう言うなら付き合ってもいいけど、それなら今買ったものじゃなくて、これから行く土地のものを買って食べた方がいいんじゃないの? せっかく遠出するんだし」
「あのな、要。そちらの方を誰が食さないと言った? これも食べるがもちろん土地のものにも挑戦するつもりだ。到着まで時間はある。いくつ食べられるか楽しみだ」
「いくつって……一体どれだけ食べるつもり?」
「できるだけ挑むつもりだ。だが要のお祖母さんが用意してくれているはずの食事を食べられなくなっては困る。それを鑑みつつ、そうだな、七つは挑戦したい」
「そ、そっか……まぁ、がんばって……」
楽しみの方向性がぼくが考えていたのとはちょっと違う気もするけど、彼女が楽しそうではあるので、それはそれでいいかと思う。
ぼくはもう一度窓の外に目を移すと、後ろに流れていく景色を見ていた。
こうやって母の田舎に行くのは六年振りだった。
秋の連休に里帰りするのは母の毎年の慣習だった。ぼくも小学五年生までは一緒に行っていたけれど、それ以降は行かなくなった。その理由は単純なものだった。祖母の家に母と行くことが子供っぽいと思ってしまったからだ。
だから母の母親、ぼくの祖母である
母の父、つまり祖母の連れ合いは十五年前に亡くなっていて、ぼくは祖父がどんな人か知らない。父方の祖父母はそれよりもっと前に亡くなっていて、ぼくにとっておじいちゃんおばあちゃんと呼ぶことができるのは彼女だけだった。
「どうした? 食べないのか」
時雨が食べかけの弁当を手にぼくを見ていた。
「これはうまいぞ」
そう言って差し出されたぼく用の弁当を受け取って、隣の楽しそうな少女を見る。
六年振りの祖母との再会に不安はある。けれど手渡された焼売弁当はおいしそうだし、曖昧な先行き不安を感じているより期待の方がずっと上回っているとは思う。
ぼくは楽しそうに食事を続ける少女から目を戻すと、弁当の包みを開いた。
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