7.曽田さん
その次の日、ぼくは曽田さんの家に三度目となる訪問をしていた。
挨拶をして早速純菜の部屋に向かったけれど、声をかけても扉は開けてもらえなかった。昨日来なかったことは曽田さんから伝えられていたと思うけれど、なぜか彼女はむくれていた。
「要君は私のことなんて、どーでもいいんでしょ?」
「どうでもいいなんて思ってないよ」
「絶対思ってるよ。だって口だけならどうとでも言えるもん。みんな嘘つきだしみんなバカ。今日は絶っ対、要君には会わないんだから!」
その後何度か粘ってみたけれど結局扉は隙間も開けてもらえず、門前払いを食らった。一旦諦めてリビングに戻ると、曽田さんが申し訳なさそうな顔で待っていた。
「ごめんね、御蔵島君」
「ううん」
ぼくは首を横に振って、その意を伝える。曽田さんにはこの頃謝られてばかりいる。なるべく早くこの件をどうにかしなければ、曽田さんの精神衛生上にもよくないように感じた。でもこればっかりは、ぼくが一人で空回りしてもどうにもならない。
曽田さんに誘われてリビングでお茶をご馳走になる。正面に座った曽田さんはまだ困った顔をしていたけれど、少し表情を変えてぼくに話しかけた。
「……御蔵島君、あのね、純菜、怒ってたように見えたと思うけど本当は違うと思う」
「え?」
「昨日御蔵島君が来ないことは伝えてあったんだけど、純菜はちょっと待ってたみたい。純菜なりにカフェでのことを気にしてたみたいで、多分謝りたかったんだと思う」
「……そうなんだ」
「それにね、少しだけど純菜の様子が変わってきてるような気がする。純菜も本当はもっと歩み寄りたいと思ってるんだろうけど、素直にそう言えない性格だから、いつもそうじゃないことばかり口にしちゃうんだよね……損な性格だなって……」
曽田さんの妹に対する見解をぼくは黙って聞いていた。ぼくは人に言えないことは口にしないだけで、そうじゃないことは口にしたりはしないから、その気持ちは分からなかった。だけど分からないからと言って切り捨てる気にはならなかった。
「御蔵島君、実は私、反省してる」
「えっ? 何を……」
「御蔵島君にこんなお願いをしてしまったこと。そんなに口を利いたこともなかったのに急にこんな頼みごとなんかして、どうしてあの時あんなお願いができたんだろう……図々しいってあの時も自分で言ったけど、本当に私って図々しい……」
急な曽田さんの悔恨にぼくはちょっと困ってしまった。頼まれたこと自体は別に構わなかったし、やりながら困惑もしているけれど、最初のきっかけを否定されるほどでもなかった。
「あの、曽田さん……」
「ごめんね……今更言われても御蔵島君が困るだけだものね。私って、どうしてこうなのかな。こんなことを言っても困らせるだけなのに……」
続けてそう告げられ、どう返せばいいか分からなくて困惑を通り越して少し面倒だなと思ってしまう。けれど複雑怪奇そうな彼女の感情の動きを体感することは、いつもぼくの周りにいる人達からは得られない感じであるから、新鮮だなぁとも思ってしまう。
曽田さんはうつむいたまま黙り込んでしまった。普段体感することのないこの状況に呑まれてしまって、ぼくは妙な感情でどぎまぎする。でもだからとこの隙につけ込んで彼女をどうこうしようとか、どうこうなるとか、どうこうなるかも? とかはとても考えられなかった。この現状をどうにかしなければと思案しつつも、慣れないどぎまぎ度はやはり上昇した。
「御蔵島君!」
「は、はい!」
些か邪な感情で頭を埋めていると、曽田さんが急に立ち上がってぼくの手を握った。
「私、とっても感謝してる、御蔵島君に。それに私、御蔵島君が可奈子のことを……」
曽田さんはそこで言葉を止めて、下を向いた。
曽田さんの手は柔らかくて小さかった。
彼女が言い淀んだその先を聞きたいような、聞きたくないような、でもどちらにしても少し身が震えるようなそんな感覚を、彼女の手の感触と一緒に味わう。
「ごめんね……」
けれど曽田さんはまた謝って、ぼくの手をそっと離した。
離れていく彼女の手を見つめながら、これはなんだろう? とぼくは思う。未だときめく場面のような気もするけれど、彼女にぶんぶんとただ振り回されているような気分にもなる。でもどちらにしても被害は被っていない気はするからまぁいいかな、と思うことにする。
その後、結局彼女の妹には口を利いてもらえなかった。明日また来るからと約束をして、ぼくは家に帰った。
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